第12話 奈菜SIDE 一人ぼっちの私
この子がお父さんのせいで死にかけた子か。
私が優弥を初めて見たのは、お父さんの葬儀が終わり、二月ほど経った後だった。
お父さんが死んだ日、私は普通に学校に登校していた。トラックの長距離ドライバーをしているお父さんは大体週に1回しか帰ってこない。いつも1DKの部屋で一人で食事をとり、お風呂に入り、寝て、学校に行く。ただこれの繰り返し。
それでも、男手一つで私を育ててくれたお父さんを尊敬していたし、好きだった。でもお父さんは私を残して死んだ。お母さんも私を残して死んだ。私はもう一人だ。
お父さんの妹、つまり私にとっての叔母さんが私を引き取ってくれたけど、環境は最悪だった。お父さんが残してくれた遺産とお母さんの形見の品を全て奪われてしまった。
叔母さんは、私が成人したら返すと言っているが信じてはいない。車を新調したり、家をリフォームしているのをみれば、使い込んでいるのが分かる。恐らくもう残っていないだろう。
ここにいては駄目だ。
そう決意した私は叔母さんの家を出た。これまでのバイトで貯めたお金が数十万ある。これだけあれば、バイトが見つかるまでは凌げるだろう。そう思い、決断した。
見通しが甘かったと言わざるを得ない。実際に仕事を探しても親の同意書が無いと仕事が出来なかった。住む場所も同様だ。16歳の私では契約できないのだ。
仕方が無いので、ネット喫茶を渡り歩いて寝泊まりし、たまに入るモデルのバイト代で食いつなぐしかなかった。
そして、基本的に暇人になってしまった私は、寝泊まりしているネット喫茶で、お父さんの起こした事故の事を調べてみた。そこで優弥の存在を初めて知った。犠牲になった男の子。しかも私と同じ16歳。
その記事には被害者の男の情報は年齢くらいしか載っていなかったが、今はいろいろと便利な時代になったもので、個人で撮った写真などを探していくと、被害にあった男の子の学校が分かった。
ここまで分かれば後は簡単、足で捜査すればいいだけ。実際に学校の前に行き、適当な学生を捕まえて調査する。3人目で彼の名前を知っているクラスメイトを捕まえられた。しつこく迫られたので、力づくで黙らせたけど、漸く彼の名前を知ることができた。
南雲優弥君、お父さんの起こした事故の被害者で重体と報道されていた。先程捕まえたクラスメイトからも学校は休学扱いになっていると聞いた。
会って謝らないといけない。お父さんの代わりに私が……。
翌日からは近隣の救急病院を回り、彼女を装って彼が入院していないかを調べる。こちらは大方の予想どおり、事故現場から一番近い病院に入院していたので、一発で探し当てられた。
「君が南雲優弥君、私は七瀬奈菜。貴方をこんな体にしてしまった男の娘です」
眠っている彼に告げる。
「ごめんなさい」
ふふ、無意味な謝罪ね。
「また、明日も謝りに来るわね」
どうせ暇な毎日だ。ここを訪れるくらい訳ない。
暇な私はあれから毎日、南雲くんの病室に見舞いに来ている。担当の看護師さんとも大分仲良くなった。最初に彼女だと嘘を付いたのがよかったのか、私が部屋にいても咎められる事は無かった。
私は気になっている事を看護師さんに聞いてみることにした。
「南雲くんのお見舞いに誰も来た形跡が無いんですけど、ご両親は来られていないんですか?」
南雲くんがこんな状況なので、まずがご両親に謝罪しようと毎日時間をズラして来ていたのに、誰とも出会わないし、彼の病室には見舞いの品なども一切無いのだ。
「あら、貴方知らなかったの? 南雲くん、ご両親は他界されているのよ」
えっ。彼も私と同じ……。
「知りませんでした。教えてくれて、ありがとうございます」
「いいのよ。南雲くんのお見舞いに来てくれるのは、貴方と弁護士の先生と貴方と同じ位の高校生の女の子くらいよ」
たった、3人だけ。もう一人の女の子が気になる。本物の彼女だったら、その子にお詫びしないといけない。いつか合うことがあれば謝罪しよう。
「南雲君、貴方も私と同じだったのね」
貴方も一人。私も一人。
南雲くんの手を初めて握ってみた。温かい。
ああ、彼はまだ生きている。冷たかったお父さんの手とは違う。生きてるんだ。
「あの、私が彼の為に何かできることはありますか?」
看護師さんに聞いてみた。
「そうね、普通はご家族の方がやってくださるんだけど、南雲くんにはいないから私がしてたんだけど――」
そう言って、南雲くんの体制を変えて、マッサージをし始めた。寝たきりの患者の場合、時折こうしなければ、細胞が壊死してしまうらしい。
点滴の針を外さないようにするのと、うつ伏せにしないという2点に注意する様に教わった。マッサージは背中のコリを解せば良いということなので、ゆっくり優しくしてみた。
「そうそう。上手ね。後は体を拭いてあげるくらいかしら」
えっ。体を拭くの。それはハードルが高すぎるんですけど。自慢じゃないけど、お父さん以外の男性の裸なんて見たことないんだけど……。
「簡単だから大丈夫よ。汗をかきやすい首と脇と股をこのタオルで拭くだけだから」
そう言って、見本を見せてくれる。
首と脇は百歩譲っていいですけど、股は……。
看護師さんは何でも無いかのように、彼のズボンの中に手を入れるけど、それは無理があるような。
「彼女なんだから大丈夫よ。今のうちに見て慣れておきなさい。いざという時の為になるわよ」
いざという時なんて無いです。私、嘘彼女なんです。
恐る恐る、ズボンの中に手を入れる。ひ~。何か温かいものが当たってる。
看護師さんは私の様子を見て笑っている。
あれから二月が経った。彼はまだ目覚めない。
朝と夕方の新聞配達のバイトが決まったので、彼の所には、面会開始時間の9時に来て昼前に帰る生活を繰り返している。
南雲くんの体は段々と痩せていっていった。看護師さんは病気ではないという。寝たきりになると筋肉が落ちていくから仕方がないらしい。
徐々に痩せていく彼を見ていると涙が溢れてきてしまう。
「南雲くん、ごめんね。お願いだから早く目覚めて。動けなくなってしまうわ」
少しでも筋肉の衰えを無くすために、全身をマッサージすることにしている。毎日1時間以上かかるけど、こんなのは苦痛でも何でも無い。少しでも彼の衰えを緩やかにするためだ。ずっとしていたっていい。
南雲くんは痩せていくのに、私は大分筋肉が付いた気がする。特にマッサージしている腕は。皮肉なものね。
更に二月が経った。彼はまだ寝ている。お寝坊さんで困るわ。私の気分はもはや母親である。中々起きない我が子の為に今日もマッサージする。
「早く起きてね。南雲くん」
ふー。疲れた。ちょっとだけ休憩しましょ。
あれ、ちょっとだけのつもりが寝ちゃったみたいね。
さて、マッサージを再開しないとと思い、彼を見ると、彼と目が合った。
彼が起きてる!
「南雲君、目が覚めたの、意識があるの!?」
彼からの返事はない。先生を呼ばないと!
彼の枕元にあるナースコールを押す。
早く来てよ。はやる気持ちが溢れ連打する。
「なんで、泣いてるの?」
「だって、だって……」
やっと起きてくれた。涙が止まらなかった。
「どうしたの、七瀬さん!」
ナースコールを受けた看護師さんが部屋に飛び込んできた。
「南雲くんが、南雲くんが起きたんです。うっ、うう。やっと起きてくれたんです」
「ちょっと見せてね」
私と場所を変わり、南雲くんの様子を確認する。
「また、眠ってしまったみたいね。でも次は直ぐに起きるはずよ。七瀬さん、長い間、頑張ったわね」
良かった。南雲くんがやっと起きてくれた。今度はきちんと謝罪しないといけない。
許してくれるかな。
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