第7話 僕の新生活の始まり

「それじゃあ、今日から宜しくね、七瀬さん」

「こちらこそ、宜しく。南雲くん」


 僕たちの契約を見守って、康介さんは帰っていった。

「エッチするときは避妊するんだよ」

 と僕に言い残して。余計なお世話ですよ。僕にそんな事できる度胸がある訳が無い。それに今の体では難しいだろう。一人でするのも難しいのに……。 


「じゃあ、この部屋か隣の部屋を自由に使っていいから」

「へえ、結構広いわね。10畳くらいかな。畳じゃなくてフローリングなのね」

「大体そんなくらいだと思うよ。前にリフォームした時に2階は全部フローリングに変えたんだ」

「私はこの部屋でいいわ」

「置いてる家具は使ってもらっていいよ。母さんが使って物だから、嫌だったら新しくして貰ってもいいよ」

 5年前に死んだ母さんの物は捨てずにそのままにしている。綺麗好きだったので、とても状態が良かったのと捨てるのが何となく嫌で残しておいたのだ。この際、どっちでも構わない。もう5年も放置していた物だ。そろそろ区切りを付けても良い頃合いだろう。

「ううん。このまま使わせて貰うわ」

「布団はあっちの収納にあるけど、暫く使って無いから干さないと使えないかな」

「干せば使えるんなら、全く問題ないわ。早速干してしまいましょう」

 七瀬さんは収納をバンと音が鳴りそうなくらい勢いよく開けると圧縮してある布団を出し始めた。勝手知らざる他人の家なのに全く物怖じしないのは陽キャ故か。遠慮の欠片もない。

 まあ、使って良いんだけどね。誰もこの先使う予定は無いから。


「南雲君の布団も一緒に干しちゃおう。半年以上使って無いんだから、干した方が良いわよ。部屋は何処?」

「あ、ああ、こっちだよ」

 余り見せたくないな。絶対引かれるに決まってるし……。

「いろいろ物があるけど、引かないでよ」

「へー。どんな物があるのか楽しみね。まあどうせ、フィギュアとかでしょうけど」

 ギクッ。そのとおりです。何で分かったんでしょうか。僕の趣味はアニメ鑑賞とラノベを読むこと。まさに典型的な陰キャだ。お小遣いを溜めて一番くじを引くことが楽しみの高校生だ。

 カラオケに行ってもアニソンしか歌えない。まあ僕が一緒にカラオケに行くのは、同じ趣味を持ったあいつ等としか行かないから、それでいいんだけどね。

 ちょっと待って、勝手に入らないで……。


「へー、綺麗にしてるわね。あまり掃除のし甲斐は無さそうね」

 七瀬さんはずかずかと僕の部屋に入って、観察を始めた。

「それに、こういったのが好きなんだ。ふーん」

 ちょっと、ミリアたんを素手で触らないで。指紋が付いちゃう。

 ミリアたんは僕の好きな異世界系ラノベに出てくるお猿さんの獣人の女の子だ。アニメ放送も欠かさず見ていたのに、事故で最終回を見れていない。アマプラで有料になる前に視聴しないといけない。

「七瀬さん、何をしてるの?」

 七瀬さんが、机の引き出しを開けたりし出したので訊ねてみた。

「ん。エッチな本とかないかなと思って」

「無いから止めてくれるかな」

「仕方ないわね。じゃあPCの中見せてみて」

「それは絶対にダメ」

 これの中は見せられない。至急パスワード強化しておかないと。


「じゃじゃーん。このノートは何かな?」

 うわ。これは見られたら恥ずかしい奴じゃん。

「七瀬さん。それは駄目。返して」

「返してと言われて返す人はいないでしょ」

 そう言って、中をパラパラとめくって読みだしてしまった。

 あー。遅かった。

 七瀬さんは少しだけそのノートを読んで、パタンと閉じた。

「返すわ」

 止めて、その可哀そうな子を見る目は止めて。それは中学生の頃に書いたものなんです。僕のあふれ出る異世界への憧れが書かせたものなんです。ちなみに似たようなノートが他にもあります。なぜ、捨てなかった僕よ。こんな黒歴史は灰にしておくべきだろ。


「さて、布団を干しましょうか」

「僕も手伝うよ」

「いいから、いいから。南雲君は退院したばかりなんだから、無理しないの」

 そうだね。手伝うと言っても、布団なんて持てないからね。結局頼むしかないか。

「七瀬さん、頼みます」

「いいのよ。そういう契約なんだから」

 やっぱり契約してよかったな。助かるわ。これで何とか生活できるな。


 七瀬さん、そんなに一気に運んだら危ないよ。上の方の布団ぐらぐらしてるよ。

「危ない!」

「きゃ」

 グラついていた七瀬さんを助けようとしたのがいけなかった。気持ちに体が付いて行かず、足がもつれて、彼女を押し倒してしまった。幸い運んでいた布団がクッションになって、倒れた衝撃は大した事無かった。

「ご、ごめん。大丈――」

 汗が噴き出してきた。不味い。これは不味いぞ。僕の手が彼女の胸部を揉んでいた。

「ち、違くて、これは違うんだ」

「さっさと離しなさいよ、このスケベーーーー」


「ゴン」

「痛っ」

 押し倒した体制で固まっていた僕を七瀬さんが突き飛ばした。突き飛ばされた僕は仰向けに倒れ、頭を打った。

「揉んだわね」

「違う。あれは事故なんだ」

「いーえ。触るまでは事故だとしても、揉んだのはわざとでしょ」

「違うって。わざとじゃない。それに僕の右手はそんなに動かない」

「いえ、揉んだわよ。触られるのと揉まれるのは感覚が違うから分かるのよ」

 ほうほう。そう言うものなのか。揉まれたことないから知らなかった。

「でも、わざとじゃないんだ。それに、突然のことだったから、何も感じなかったし」

「そう。それなら今回は許してあげるわ。次は無いわよ」

 ふう。助かった。ホントはめちゃくちゃ感触覚えてます。めっちゃ柔らかかった。暫く忘れられそうにない。

「で、揉んでみてどうだった?」

「めっちゃ柔らかかった」

「そう。しっかり覚えてるみたいね」

 し、しまった。脳内で想像していたら、口に出してしまった。

 か、肩の骨が砕ける。メシメシいってるから。

「さあ、お前の罪を数えろ」

 ひえーー。それは某仮面バイク乗りヒーローが悪党を倒す時の決め台詞。七瀬さん。特撮もの見るんですね。

「ごめんなさい。謝ります。でも、決して、誓ってわざとではないんです。ほんとです」

「今度は本当でしょうね」

 ううう。七瀬さんも怖いよ。水瀬さんといい、七瀬さんといい。どっちの怖すぎる。


「今回は初犯という事で許してあげましょう」

「はい。ありがとうございます」


 僕と彼女の二人暮しはこんな感じで始まった。

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