第6話 僕の日常をぶっ壊した契約

「聞いてない。そんなこと聞いてないよ」

「うそ。康介さんから聞いてないの!」

「うん。聞いてない」

 うお、危ない。七瀬さんは僕を軽くふっ飛ばして、荷物を降ろしてくれている康介さんの所へ駆けて行った。怪我したらどうするんだ。気をつけてくれ。


「康介さん、南雲くんにここに私が住むこと言ってないんですか?」

 七瀬さんが、康介さんと口論している声が聞こえてきた。

「えっ、僕はてっきり七瀬くんが話しているもんだと思って何も言ってないよ」

「私も康介さんが言ってくれてるものだと思って、何も言ってません」

 うん。二人共、大事なことなんだからきちんと説明して欲しいものですね。僕抜きで勝手に決めないで貰いたい。

「康介さん、一体どう言うことですか? 彼女がここに住むって聞いたんですけど……」

「あ、ああ。説明して無かったみたいですまない。話せば長くなるんだが、彼女をここに置いてあげてくれ」

 いや、説明短いですね。ほとんど一言だけじゃないですか。

「というのは冗談で、彼女はあまりお金がない。かと言って16歳ではそれほど仕事もできない。だから、住む所を探すのも大変だったんだ。そこでだ。優弥くん、君はその体では家事は大変だろう。家政婦さんが居ればいいと思わないか?」

 なるほど、康介さんの思惑が読めてきたぞ。

「つまり、康介さんは別々に管理するのは面倒だから同じ所に二人を固めてしまえと思っているわけですね」

「ギクッ。ってそんな訳無いじゃないか。皆がハッピーになれる最良のアイデアの筈だよ。あははは。優弥くんの考えすぎだよ」

 いや、康介さんの事だから、それくらいの事は計算している筈だ。

「女の子を一人暮らしさせるには何かと物騒だからね。優弥くんは身の回りの事をして貰える。七瀬くんはただで住む場所ができる。そして僕はここだったら直ぐに来ることが出来る。ほら皆ハッピーだろ」

 話を聞くと良い事の様にも聞こえる。だが、こういった場合、メリットだけを見ては駄目だ。きちんとデメリットも考えておかないといけない。

 今回の場合のデメリットは何であろうか。ちらっと七瀬さんを見る。とても綺麗だ。そしてデカイ。

 困ったぞ、デメリットが何も無い。こんな綺麗な子と一緒に住める上に、家事も全部やってくれる。

 僕が長考しているとどうするか悩んでいると思ったのだろう。当人の七瀬さんが、ダメ押しの一手を打ってきた。

「南雲くん、ここに住まわせてくれたら、毎日マッサージもしてあげるわよ」

「よし、住んで貰いましょう」

 その言葉を聞いた僕に反対意見など出せるはずは無かった。僕はあのマッサージ無しでは寝られない様にされてしまったのだ。まさに麻薬の様な常習性。七瀬さんは恐ろしきゴットハンドの持ち主だった。


「じゃあ、きちんと契約書を交わしておこうか」

 康介さんが弁護士らしいことを言ってくる。そして、なぜ契約書が出てくる。準備が良すぎないか? 

 康介さんが作ってきた契約書の内容としてはこうだ。

 一つ、甲(僕)は乙(七瀬さん)に住居として、一室を無償で貸与する。また、共用物(お風呂や洗面所など)についても無償で使用することを許可する。

 一つ、乙は上記の対価として、本物件(僕の家)の清掃及び甲の身の回りのお世話(家事)を実施すること。

 一つ、乙は甲のリハビリテーションの手伝いをすること。また、その一環として甲にマッサージを提供すること。

 一つ、甲、乙双方共に、お互いを尊重し、公序良俗に違反する行為を行わないこと。

 一つ、本契約は双方の合意をもってその一部、又は全部を解除することができる。

 

 こんな感じだ。これを最初から準備していたということはこういう話に持っていくことが決まっていたと言うことだ。恐らく前もって僕に言わなかったのもワザとだろう。じっくり考える時間を与えない様にするためだろう。

 やり手の弁護士は流石だね。一手どころか何手も先を見ている。


 まあ、僕に損は無いからいいや。と簡単に考えて契約してしまったこの時の僕をぶん殴ってやりたい。お前は分かっていない。女の子と一緒に住むことの大変さを。そして水瀬さんの恐ろしさを……。

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