第5話 僕の平穏を脅かす契約

 水瀬さんと悪魔の契約を締結してから2か月。いよいよ僕の退院の日がやって来た。

 この2か月、マジで大変だった。何が大変だったかって、リハビリよりも水瀬さんと七瀬さんが鉢合わせしないようにするのが大変だった。


 あの日の翌日、つまり僕が目覚めて3日目、あの二人が鉢合わせした。と言うよりも水瀬さんがマッサージを受けている最中に乗り込んできた。

「貴方が七瀬さんね。私の彼に触るの止めてくれるかしら」

 にこやかな笑顔をしているが目は笑っていないブラック水瀬さんが登場された。

「あっ、南雲君、彼女いたんだ! 意外ね」

 なかなか辛辣ですね。七瀬さん。まあ、そう言われて当然なんですけどね。

「彼女さん、では替わって貰っても良いですか? リハビリで無理した筋肉を解してるんですけど、私がするよりも彼女さんがした方が良いと思うんで……」

「そうね。私がすれば、貴方なんかが手を出す必要無いものね」

 そう言って、七瀬さんと替わり、水瀬さんが手のマッサージをしてくれた訳だが……。

「いだだだ、痛い。止めてー」

 水瀬さん、マッサージをして欲しんであって、拷問をして欲しい訳じゃないです。

「何してるのよ! 貴方、本当に彼女なの。信じられない。こんな跡が残るくらい強く押したら、逆に筋を痛めちゃうじゃないの。マッサージはこうするのよ」

 そう言って、七瀬さんが見本をみせてくれる。うん、気持ちがいい。これだよ。これ。

「分かったわ。ありがとう」

 見本をみた水瀬さんに再度替わる。

 もう大丈夫だよね。

「ギャーー。止めて。死ぬ」

 先ほどまで受けていたリハビリの数倍の激痛が僕を襲った。水瀬さん、貴方の握力はどうなってるんですか。リンゴ握りつぶせるんじゃないですか?

「貴方には任せておけないわね。このままだと南雲君の体が壊れてしまうわ」

 そうしてください。限界です。

「何よ。練習すれば大丈夫よ」

「いや、水瀬さん。もう勘弁してください」

「優弥、瑞樹って呼んでって言ったわよね」

「急には無理だよ。昨日から付き合いだしたばかりじゃないか」

「ふーん。そういう事。まあ、南雲君が誰と付き合おうが別にいいんだけど、マッサージは私がするわよ。早く治って貰いたいからね」

「駄目よ。私がいるのに、他の女には触らせないわよ」

「新米の彼女が何を言ってるの。彼の事が大切じゃないの? 私がやらないと誰がするの?」

「それは……。優弥のご家族とか……」

「水瀬さん、僕は……」

「南雲君にご家族は居ないわよ」

「えっ。そ、そうなの。何で貴方がそんな事知っているのよ」

「私は毎日ここに来てるもの。新米彼女の貴方とは年期が違うのよ」

「ぐっ――これで勝ったと思わないでよね」

 捨て台詞を吐いて、水瀬さんは帰ってしまった。

「勝った」

 いや、勝ったじゃないよ。何を争っているのさ。

「南雲くん。貴方が誰と好き合おうと構わないけど、彼女は止めておきなさい。貴方の身を滅ぼすわよ」

 僕も出来ればそうしたいんだけど、いろいろと事情がありまして。


 と、まあこんな感じでこの二人は相性が最悪で、会えば喧嘩ばかり。僕の病室が個室で良かったとこれほど感謝した事はございません。部屋の手配は康介さんがしてくれた様です。助かりました。


 この2か月の頑張りのお蔭で、歩くことは問題なく出来るようになった。長距離は無理だけど、十数分程度であれば大丈夫。学校まで歩いて行くのはちょっと不安が残るから、退院してからも暫く訓練しないといけない。

 学校は休学扱いになっているので、もう一度、1年生の3学期から通う事にした。後、3か月以上あるから、それまでには間に合うだろう。運動は出来ないだろうけどね。

 足の方は結構順調なんだけど、手の方がやはりどうしても、芳しくない。左手はまだマシで、物を握ったり持ったりは出来る。握力はそれほど無いのでコップやペットボトル程度は持てる。ペットボトルの蓋は開けられない。これをどうにかしないと日常生活が危ぶまれる。お茶をきちんと沸かすしか無いかなと思っている。

 利き腕の右手の方が症状は深刻で、まだ指をゆっくりと動かすことしかできない。物に触ることはできても、持つことはできないレベルだ。学校に戻ってもノートも取れそうに無い。困ったもんだ。左手で書く練習をすべきか、リハビリとして右手で頑張るか、判断が難しい所だ。

 それでも、今日で退院できるから長かった病院生活ともお別れだ。今日から一人暮らしに戻る。この体でどこまで出来るか不安だが、やるしかない。

 料理は無理だから、コンビニとスーパーに頼るとして、洗濯はギリギリ大丈夫だと思う。掃除は掃除機を軽いもの変えればいけるかな。


「宮家先生、お世話になりました」

「いえいえ。リハビリお疲れ様でした。君はなかなか優秀だったと療法士の先生方も褒めてましたよ」

 そうですね。リハビリよりも苦痛なものを経験したんで、リハビリ自体はそれほどでも無かったです。

「今後も定期健診にはきちんと通ってくださいね」

「はい、分かってます」

「それと、これは年長者からの忠告なんだけどね」

 はい。なんでしょうか。

「避妊はちゃんとしようね」

 何の忠告ですか。そんな行為したことも無いです。

「それと、二股は駄目だよ。誠実であれ」

 それこそ誤解です。そんな事考えてもいません。僕の顔面偏差値でそんなのは無理です。

「と言うのは冗談で――」

 冗談だったんですか。

「――どっちが本命なの」

「……」

 お世話になりました。無言で立ち去ることにしました。

「ねえ、どっちなのー」

 まだ言ってるよ、あの先生。


「終わった?」

 宮家先生との話を終えて、病院の外に出ると、七瀬さんと康介さんが待っていた。

「うん。七瀬さん、今日までありがとう。無事、退院できました。康介さんもご迷惑をおかけしました」

「そうね。取りあえず良かったわね」

「退院おめでとう、優弥くん」

「ところで、七瀬さん、その大きなスーツケースはどうしたの」

「ああ、これ。着替えとか、お父さん達の形見とか。全部取り返すことができたのよ」

 康介さんと詰めてたあの件ですか。

「無事取り返せたみたいで良かったね」

「うん。康介さんのお蔭よ。康介さん、ありがとうございました。これからもよろしくお願いします」

「ああ、任せてくれ。僕の仕事でもあるからね。しっかりやらせてもらうよ」

 康介さんは彼女の後見人も引き受けたみたいだね。儲かって何よりです。そんなに儲かる仕事でも無いな。康介さんの事務所の仕事からしたら、微々たるものだろう。慈善事業みたいなものだ。良い弁護士さんだよね。ホントに。


「それじゃあ、送るから乗ってくれ」

 康介さんが僕の家まで送ってくれるらしい。

「ありがとうございます」

 僕の荷物は既にトランクに積まれている様だ。

「ありがとうございます」

 七瀬さんも送ってもらう様だね。


「はい、到着」

「康介さん、ありがとうございます」

「荷物は僕が運ぶから、鍵を開けて貰えるかな」

「はい」


 車から降りて、ポケットに入れておいた鍵をだそうとするが、上手く取れない。

「もう、何してるのよ」

 ちょっと、急に止めてください。七瀬さんが痺れを切らしたらしく、僕のポケットに手を入れてきた。

「あった、あった。これね」

 見事に鍵を奪われてしまった。そのまま、鍵を開けに行ってしまった。

「結構、立派なお家ね」

「古いって正直に言っていいよ」

 築50年を超える日本家屋だ。見た目は古臭い家だ。それでも、内装はリフォームしているので、それほどでも無い。

「ううん。立派なお家だと思うわ。私なんてお父さんと1Kのアパート暮らしだったもの」

 それは……、何ともコメントし辛いお言葉ですね。

 七瀬さんは、鍵を開けて中に入っていく。家主よりに先に入るって凄いね七瀬さん。

「いいわね。中はとても綺麗だし。部屋も沢山ある」

「そうだね。僕一人で住むには広すぎるくらいだけどね」



「南雲君、何言ってるの? 一人じゃないでしょ。私も一緒に住むわよ」

 七瀬さんから爆弾発言が飛び出した。

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