第4話 僕の彼女

「七瀬さんはきちんと叔母さんの所に帰りなさい。その様子だと暫く帰ってないんだろう」

 康介さんが、七瀬さんに問う。康介さん、貴方はエスパーですか? どの様子でそんな事が分かるんですか?

「僕はこれまでたくさんの君の様な子を見てきたんだ、その制服のくたびれ具合や靴の汚れかた、それに君の持っている鞄を見れば、大体の事は分かるよ」

「嫌よ。お父さんの事を悪く言って。犯罪者扱いするあんな人達の所になんて絶対に戻らないんだから」

「でもね、君は未成年だ。一人では生きていけないんだよ」

「嫌よ。あの人たちは私のすべてを取り上げられたんだから。お父さんとの思い出も、お母さんの形見の指輪も何もかも全て」

「それは酷いね。後見人としては不適格と言わざるを得ないね。裁判所に申立をして、後見人を変更したほうがいいね。財産も取り返せると思うし」

「本当! せめてお父さんとお母さんの形見の品だけは取り返したい」

「わかった! 僕が力になろう。さっそく事務所に戻って準備をしよう。時間は大丈夫かい」

「はい」

 あれ、僕の事、二人とも忘れてない? 康介さん、僕ともっと話さないといけない事あるんじゃないの?

「それじゃ、優弥君。また来るから」

「南雲くん、また明日ね」


 あれ、本当に帰ってしまった。まあいいか。用事があったらまた来るだろう。今日はリハビリで疲れた。もう眠ってしまいたい。ちょっと寝よう。


 うーん。何か重たい。

「優弥くん、起きた?」

「うわっ。水瀬さん何で……」

 何で水瀬さんが僕のベッドに一緒に寝てるの?

「だって、お見舞いに来たのに、優弥くん寝てるんだもん。私も退屈だったから、一緒に寝ちゃった」

 寝ちゃったじゃないよ。心臓が止まるかと思った。水瀬さんのいい匂いがまだ残ってるよ。

「ねえ、優弥くんから女の匂いがしたんだけど誰の匂い?」

 水瀬さん、いつの間に僕のことを名前で呼ぶようになったの?

「あの、名前……」

「あ、ああ。南雲くんって何か言い慣れて無いから呼びにくくて。優弥くんでいいでしょ」

 ニコリと微笑みながらそんな事言われたら、断れる奴はいるだろうか。いやいない。

「う、うん。別に良いよ。それよりも、いつまで横で寝てるの?」

「うん? 別にいいでしょ。ベッド広いんだし。それよりも質問に答えて貰ってないんだけどな。誰を連れ込んだのかな」

「いや、別に誰も……」

「看護師さんは匂いのする香水とかは付けないんだよ。誰か別の女性が優弥くんに引っ付いたはずよ。正直に言いなさい」

 水瀬さんは探偵さんですか? そこまで気にすることかな。

「七瀬さんって女性にリハビリの後、マッサージして貰いました」

 水瀬さんの迫力に屈して、話してしまった。


「もう、泥棒猫が現れたのね。油断ならないわね」

 え、何だって。いま泥棒が何とかって聞こえたんだけど。

「優弥くん、この際だからはっきりとさせときましょう」

 一体何をでしょうか。水瀬さん。

 水瀬さんが、制服のリボンをとり、ボタンを外し始めた。何で服を脱ぎ始めたの? 何するの?

「優弥くん、事故の時、私を抱きしめたよね」

「う、うん」

「あの時、私、トラックがこちらに来るのに気がついたの。多分優弥君が抱きしめなかったら、躱せていたわ」

 そういって後、ブラジャーをズラし始めた。見えちゃうよ。良いの?

「優弥くんが抱きしめたせいで、傷ができちゃった。視て」

 水瀬さんの胸に数針をほど縫った傷があった。

「私を傷物にしたんだから、優弥くんには責任を取って貰わないといけないと思うの」

 責任って僕は何をさせられるんでしょうか。

「優弥くん、貴方はこの傷の責任をとって、私の彼氏になって貰います。拒否権はありません。いいですか」

 そういって、下着姿でベッドに横になって僕と一緒に写真を撮る。

「ほら、この通り、証拠写真も撮れたし、私のような美少女が彼女になってあげるんだから優弥くんも嬉しいでしょ」

 なんと、水瀬さんは清楚で清純なイメージだったが、どうやらブラック水瀬に変身してしまった様だ。とてもじゃないけど拒否できる気がしない。

「ね。嬉しいよね」

「は、はい」

 身動きできない僕は拒否なんて出来るわけもなく、彼女の言いなりになるしかなかった。ブラック水瀬、怖い。


 僕が肯定の返事をすると、先程のブラック水瀬から一転し、天使の様な笑顔のホワイト水瀬に戻った。

「うふふ。優弥くん、これはご褒美ね」

 そういって、動けない僕に口づけをしてきた。

「私のファーストキスをプレゼントするわ、そして優弥くんのファーストキスも頂きました。ごちそうさま。これで契約成立ね」

 キスされて呆然としている僕に彼女は更に告げるのであった。

「早く学校に戻ってきて、私を守ってね」

 

 僕はとんでもない人に目を付けられてしまった。

 恐らくこれは、僕を彼氏役にすることで、鬱陶しい男どもから守れということだろう。なんで僕みたいなもやしを選んだ。もっと強い人を選んでくれないかな。柔道部の鬼頭君とか君のことを好きだと言っていたよ。 


「それじゃあ、優弥。また明日ね」

「えっ、あ、うん。また明日、水瀬さん」

「ダ・メ・だ・ぞ。彼女の事を名字で呼んじゃ。瑞樹って呼んでね。はい、練習」

 女の子を名前呼びなんて出来ないよ。したこと無いし。

「はやく呼ばないとまたキスしちゃうぞ」

 そう言って、近づいてくる水瀬さん。

「呼ぶ、呼ぶから待って。えっと、み、みずき」

「まだ、ぎこちないけど、今日の所は合格にいておくわね。じゃあね」


 瑞樹は台風の様に去っていった。まさか半年前までは陰キャでぼっちだった僕に、目覚めて2日目で契約彼女とはいえ、彼女が出来るなんて思ってもみなかった。


 明日から僕の生活はどうなるんだろう。180度変わってしまった生活を考えると、不安しか無い夜を迎えることになるのだった。




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