第2話 僕の後悔

「昨日はまた寝ちゃったみたいでごめんね」

「ううん。私の方こそ取り乱してしまって……」

「すごく言い辛いんだけど、僕、君の事、知らないと思うんだけど、間違ってるかな。もし、知り合いならごめん。事故のショックで記憶喪失とかになってるのかも知れないんだけど……」

「ううん。南雲君は私の事を知らないと思います」

 よかった。知り合いではなかったらしい。だとすると余計に気になる。君はなぜ昨日僕の部屋で寝ていたの?

「じゃあ、何で……」

「南雲君、ごめんなさい」

 突然、彼女が謝ってきた。僕は彼女に何か謝られるようなことをされたのだろうか。身に覚えは無いけど……。

 突然の謝罪を受けて、訳が分からず僕がぼーっとしていると、彼女から驚きの事実を教えられた。

「南雲君を撥ねて大けがをさせてしまったのは、私のお父さんなんです。本当にごめんなさい」


 そういう事だったのか。彼女は僕をこんな体にした男の娘だったという事か。それで謝罪の為に僕の部屋を訪れていたということか。

 正直、突然の事で頭の整理が追い付かないが、これだけは言っておかないと気が済まない。あの日、僕は道路の真ん中で転んだ訳ではない。きちんと歩道が整備され、ガードレールだってきちんとある道だった。あんな所で車に撥ねられるなんて普通はありえない。明らかに彼女の父親の過失によるものだ。


「ふざけるな、舐めているのか。僕が子供だからって本人が誤りにも来ないで娘を寄越すだなんて、このガリガリの体を見てみろよ。手も足も自由に動かないんだぞ。どうしてくれるんだ。本人を連れて来いよ。土下座して謝れよ」

「お父さんは来れません。だから私が代わりに謝ります。私がリハビリのお手伝いもします。きちんと社会に復帰できるまでお手伝いします」

「だから君の謝罪なんていらないんだよ。もう出ていってくれ。もう来ないでくれ」

 僕の怒りは彼女にぶつけても仕方が無い事は分かっていたが、止められなかった。彼女には何の責任も無いと言うのに……。

「私だって、私だって、来たくて来てるんじゃないわよ!」

 それだけ言って、彼女は飛び出して行ってしまった。その瞳は僅かに潤んでいた様に見えた。


 最低だ。女の子に理不尽な怒りをぶつけた挙句、泣かせた上に追い出すだんて。

 でも仕方が無いじゃないか。目が覚めたと思ったら、体は動かないし、半年も経ってるし、知り合いは誰も周りにいないし。状況を誰も説明してくれてないんだ。分かっている事なんて、水瀬さんから聞いた少しの事だけなんだ。

 誰でもいいから、説明してよ。僕に情報を与えてください。お願いします。

 

「あら、七瀬さんは今日はもう帰ったのね。いい彼女ね。毎日お見舞いに来てくれてたのよ」

 あの子を泣かせてしまったことに後悔していると看護師さんが部屋に来てそう告げた

「彼女は七瀬さんって言うんですか?」

「え、彼女じゃなかったの?」

「僕みたいな奴にあんなに可愛い彼女がいるわけないじゃないですか」

「そうなの? 君の体のケアをさせて欲しいって言って、毎日、全身マッサージしてくれてたのよ。君のこと好きじゃないと到底できることじゃないわ。もう少し自分に自身をもってもいいんじゃないかしら」

 毎日! 半年間も毎日来ていたのか。それはとてつもなく大変なことじゃないのか。

 如何に俺が被害者だと言っても、加害者である彼女達が毎日謝罪に来る必要はないだろう。目が覚めたと分かってから来るのが普通だ。

 婆ちゃんも爺ちゃんの看病のときに、床ずれにならないようにマッサージをしていたけど、大変そうだった。それを毎日してくれていた……。

 そんな彼女にかけた言葉が、あれか……。

 僕はなんて言葉を吐いてしまったのだろうか。


「彼女は帰ったみたいだから、今日は私が体を拭くわね」

 そういって、看護師さんが上の服のボタンを外し始める。まって、今日はってことは……。

 看護師さんが、温かいタオルで体を拭いてくれる。とても気持ちがいい。いや、待って、そんな所まで拭くの。下は駄目ですって、やめてください――


「もしかしなくても、これも七瀬さんがしてくれてたんですか」

 看護師さんからは肯定の返事があった。

 マジか。もしかして見られた……。



「おっはよう。南雲くん。あれ、顔色が悪いねえ。もしかして寝れなかった?」

 翌朝、やたらテンションの高い宮家先生がやってきた。

 宮家先生がおっしゃるとおり、昨日の事が気になって、眠れなかったのだ。

「その体調でいきなりリハビリはさせられないね。リハビリは午後からに変更するから、午前中は寝てていいよ」

 先生から言われたとおり、午前中は寝ていることにした。昨日の夜はあんなにも眠れなかったのに、今回はすんなりと眠ることができた。


 次に目覚めたのは看護師さんに食事を摂るために起こされたときだった。まだリハビリが始まっていないので、今回は食べさせて貰えるようだ。

 僕にはそんなので喜ぶ性癖は持ち合わせていないので、ただただ恥ずかしい数十分だった。しかも半年ぶりの食事はほぼ水分のお粥みたいなもので、味もほとんどなかった。

 胃の機能も半年の間に落ちているらしく、しばらくの間はこの様な軽い食事が続くらしい。早くカップラーメンが食べたい。


「おっそよー、南雲君。うん。顔色も良くなった様だね。それじゃあ、リハビリを始める前に、南雲君の体の現状とリハビリの計画について説明するね」

 やっと説明してもらえるのか。


 先生からの説明を受けて、愕然とした。

「いやー。僕が言うのもなんだけど、よく生きてたよね」

 いや、ホントだよ。骨折100箇所超えてたとか、どんだけなんだよ。障害とか無いなんて奇跡だよ。宮家先生、何気にゴッドハンド?

 だが、通常の生活に戻れるようになるまでは結構かかりそうだ。

「南雲くんの場合、足よりも手のほうが時間がかかるだろうね。足の方は2ヶ月くらい頑張れば歩けるようにはなるよ」

 足はそうですね。

「手の方はね。まあ気長に頑張ろうか」

「はぃ……」

「ああ、それと君の家庭の事情は後見人の高見さんに聞いているから安心していいよ。昨日、高見さんには電話しておいたから、今日の夕方くらいに来られると思うから……」 

 高見さんにまた迷惑かけちゃったな。高見康介たかみこうすけさん。身寄りの無い僕の未成年後見人の弁護士さんだ。

 昨年、あっ、半年過ぎたから一昨年婆ちゃんが死んで身寄りの無くなった僕の財産管理や役所手続きをしてくれる弁護士の先生だ。弁護士なのに全然偉そうじゃなくて、まるで隣の家のおじさんの様な人だ。

 心配させたんだろうな。康介さんごめんなさい。


「さて、それじゃあリハビリを担当してくれる療法士の先生を紹介したいから、隣の建物にあるリハビリテーションセンターまで行くよ」

 そう言って、宮家先生はヒョイと僕を抱えて、車椅子に座らせた。

「うーん。南雲君、軽いねぇ。ちゃんと食べてる?」

「……」

 いや、まだ食べられないの知ってるでしょ。目が笑ってますよ。せんせ。

 宮家先生に、車椅子を押されて病室を出た所だった。


「あの、私、手伝います」

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