第30話 胸の谷間
「リズ、障壁の範囲を玄関まで拡大してくれ。このまま玄関に向かうぞ」
「そのようなことをしては、
「いや、その家人こそが、このハッチを操ってる……と思う」
この家の主人であるオリンダは、邸に迎撃装置を配備していた
であれば、ハッチを迎撃用に使っていてもおかしくない。
勝手な偏見だが、間違っていない気がする。
「オリンダさぁ~ん、冒険者ギルドのトーマスさんから頼まれてきた、アレクサンダーという者ですー。すみませんが、ハッチの攻撃を止めていただけませんかー」
玄関にたどり着いた俺は、未だに障壁にバチバチぶつかってくるハッチの音を
しかし応答がない。
「アレクサンダー様、共通語ではなく古代語で、しかもレイラ様の息子だと名乗った方が良いのでは?」
「なるほど」
リズの提案に納得した俺は、そのとおり実行することに。
『オリンダさん、俺はレイラの息子でアレクサンダーと言います。ハッチの――』
ハッチの攻撃を止めてほしい、そう言い終わる前に、家の中からどんがらがっしゃーんという派手な音が聞こえてきた。
そして、エルフが住むに相応しい木造建築に、これまたエルフらしい精巧な彫刻が施された扉が、先程のドタバタ音が嘘のようにゆっくり開かれる。
『貴方がレイラの息子なのぉ?』
扉の影からひょっこり頭を出すと目元まで現し、そこで動きを止めた女性が話しかけてきた。
その状態では顔全体は見えないが、ちょこっと首をかしげたような状態なため、淡い水色の髪と顔の隙間に見える長くて先の尖った耳が、エルフであることを物語っている。
しかし、目より上しか顔が見えていないが、見えているパーツだけでも美人……というか可愛らしい感じで、俺の知るエルフとは少しだけイメージが違う。
それでも整った顔であろうことは想像に難くない。
『はい。アレクサンダーと言います』
『レイラの息子の名を語る偽物……とうことはなさそうねん。ライアンの蒼い瞳にレイラの紅い瞳、間違いなく貴方は
『――!』
俺のアレクサンダーという名にはいくつか愛称があるのだが、ほぼアレックスと呼ばれるし、俺自身もアレックスと呼ぶように言っている。
しかし例外があり、魔導姫レイラがアレクサンダーの母レイアの状況のときだけ、俺をザンという愛称で呼んでいたのだ。
それこそ、親父も含めて親子水入らずの状況でしか呼ばない愛称で、王国時代に我が家によくきていたトーマスでさえ、おふくろが俺をザンと呼んでいるのを聞いたことがないだろう。
それくらい珍しい俺のザン呼びを、目の前のエルフ女性は知っている。
裏を返せば、おふくろは”英雄”や”魔導姫”という立場ではなく、素のレイラとして、この女性と友好関係を結んでいたに違いない。
それほど深くおふくろと関わりあった人物は、俺の知る限りこのエルフの女性――オリンダただひとりだ。
『ところでオリンダさん、ハッチの攻撃を止めてもらえませんか?』
『あらあら~、すっかり忘れていたわ。――ピーッ』
おっとりした口調のオリンダは、指笛だろうか? なんにしても笛のような音を鳴らした。
すると、今までリズの障壁にぶつかってきていたハッチが、何事もなかったかのように俺たちから離れていったのだ。
『トムが
確かに、ハッチの毒には即死性がなく、刺されてもせいぜい数時間痺れるだけだ。
これが他の魔物もいる森の中などでは厄介だが、街の中なら解毒さえすれば問題ない。
迎撃ではなく嫌がらせという意味では、なかなか良いチョイスだと思った。
『こんな所で立ち話もあれだし、中に入ってちょうだいな』
オリンダはそれだけ言うと、ちょこっと出していた頭を引っ込めてしまった。
そうなると、俺も中に入るしかないだろう。
俺としては敵対する意思などないのだが、悪い意味ではないが何をしてくるか分からない、という意味で警戒してしまっている。
ここにフェイがいれば、思わず手を握ってしまいそうだが、リズの手を握るのはいろいろな意味で
なので、「中に入れだってさ」と伝えて、何食わぬ顔で俺も家の中に足を踏み入れた。
「――えっ!?」
そして俺は、思わず驚きの声を上げてしまう。
「……な、なあリズ。オリンダさん、なんか小さくね?」
家の中に入り、先を歩くオリンダの後ろ姿全体を視界に収めたのだが、そのサイズ感がおかしいのだ。
成人した女性エルフの身長は、概ね170cmくらい。
多少の個人差はあっても誤差は数cmで、俺が直接見たことのあるエルフ女性も、ほぼそれくらいの身長だった。
そして、人間の成人女性はエルフより身長差にばらつきがあるものの、平均160cmくらいなことを考えると、エルフの方が10cmほど背が高い。
だが目の前を歩くエルフ女性は、145cmくらいのフェイよりは高いが、155cmくらいのトーマスと変わらないように見える。
「もしかして、オリンダ様もツヴェルゲルフェンなのでしょうか?」
「身長だけで考えると、その可能性はあるよな」
ドワーフは男女でも身長差が殆ど無く、
そして170cmのエルフとのハーフ且つ成人であれば、155cmくらいだと推測できる。
まさにオリンダの身長がそれだ。
「ですが、髪の色は淡い水色で、ドワーフ要素がありませんよね」
「髪質もエルフそのもので、艶々なストレートだよな」
「瞳の色も晴れ渡った空のような
「やっぱエルフなのか?」
すんなり納得できないのだが、身長以外にオリンダがエルフであることを否定する要素がない。
それは即ち、ツヴェルゲルフェンであることを肯定する要素もないということだ。
深まる謎に、モヤモヤした気持ちを抱えたまま、俺とリズは応接室というより生活感のある居間に通された。
「そこに座って待っててねん。飲み物を用意するわぁ~」
なんともゆるい感じの口調でそう告げたオリンダは、ふわふわした足取りで奥の方へ行ってしまった。
俺とリズは、とりあえずソファーに腰掛けてオリンダを待つことに。
ただ少し気になることがあり、俺は小声でリズに問いかける。
「この部屋、酒臭くねーか?」
「私もそう感じていました」
「オリンダさん、なんかふわふわしてたけど、もしかして酔っ払ってるのかな?」
「そんな気がしますね」
そんな会話をしながら待っていると、ガラス製のゴブレットを持ったオリンダが戻ってきた。
俺も酒飲みだが、ちょっと良い所でも陶磁器のゴブレットを使っていて、ガラスのゴブレットなど滅多にお目にかかれない。
それこそ普段の俺は、木製のマグカップで飲んでいたくらいだ。
それなのにオリンダは、高級品であるガラスのゴブレットを安物のマグのように扱っているのだから恐れ入る。
『はいどぉぞぉ~』
ローテーブル越しのソファーに腰掛けたオリンダは、そう言ってゴブレットをローテブルに置くと、おもむろに
多分だが、この樽の中身は酒だ。
なにせ、部屋の中に漂っていたアルコール臭が更に強くなり、そもそもオリンダの顔が赤らんでいるのだ、間違いないだろう。
って、そんなことを冷静に分析してる場合じゃないだろ!
なんでそんな大きな樽が、胸の谷間から出てくるんだよ?!
そんなことを考えていた俺の視線は、オリンダの胸元に釘付けになっていた。
一方、不躾な視線を向けられていた彼女は自身の視線を一度だけ下げると、俺の視線がどこに向いているのか気づいたようで、にへらと笑って口を開く。
『あらあら~、どこを見てるのかしらぁ~?』
『…………』
きっと目が泳いでしまっているであろう俺は、言葉を返すことができなかった。
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