第28話 政策

「もしかすると、私が巡回しなかったのが原因……かもしれません」


 俺とトーマスの視線が同時に向いたことで一瞬ビクッとしたリズは、弱々しく口を開いた。


「何でリズが原因なんだ?」「……うむ、確かにあり得るな」


 俺の素朴な疑問と、何故か納得を示すトーマスの声が重なる。


「トーマスさんは因果関係が分かるの?」

「いや、憶測含みだから、まずはリズの話を聞いてみたい」


 互いの顔を見合った俺とトーマスは、シンクロするようにリズへと顔を向けた。

 そんな俺たちを見てもう一度ビクリとしたリズは、軽く俯いて小さくため息を吐くと、キリッとした表情に切り替えて顔を上げる。

 そしておもむろに語り出す。


 そもそもとして、スクワッシュ王国は大きな都市に結界を張っている。

 また、王都から東西南北に伸びる主要四街道に、結界ではないが魔物を寄せ付けにくくする魔封じを施していた。

 それらは、本来であれば王族が聖力を注いで稼働させる。

 だが現状は、ほんの一部を王族が行うのみで殆どを教会に任せ、聖女見習いを中心に行われていた。

 そしてリズが聖女見習いの中で頭角を表すと、修行の一環としてリズが受け持つ場所が増え、聖女になってからは殆どの任務をリズが請け負っていたのだ。


 とはいえ、貴族が治める領地は、各領主が自前で結界を維持しているため、王国全てをリズが受け持っていたわけではない。

 だがそれでも、王家が直接統治する王領地は多かった。


 そしてリズが聖力を注ぐ順番だが、しっかりローテーションが組まれていたという。

 まずはひと月かけて北のダンジョン都市に向かい、その道中の魔封じを強化する。

 そして北のダンジョン都市の結界に聖力を補充し終わると、今度はひと月半かけて王都に戻りなが、町村や都市の結界に聖力を補充する。

 王都に戻ると、半月間王都の結界装置に聖力を補充しつつ、様々な教育を受けていたのだ。

 それらは3ヶ月で1つのサイクルとなっており、続いて東、南、西と周るのが1年のローテーションとなっていた。


 そこで問題なのが、いくら大聖力持ちのリズといえど、そのサイクルでは1年前後で機能が止まってしまうくらいの量が、注げるギリギリの量だということだ。


「それで言うと王国北部は、そろそろ機能が止まってる場所があるってことか?」


 まだ話の途中だったようだが、おおよその流れが掴めた俺は、聞き終わる前に質問してしまった。


「はい。私が王太子殿下から婚約破棄を告げられ、元養父に半ば監禁されていた期間が約ひと月です。本来はその期間に、北の街道沿いの魔封じを終わらせていなければなりません。ですので、その可能性は高いかと」


 リズの口から予想通りの言葉が返ってきた。

 と同時に、一つの疑問が思い浮かぶ。


 リズは王都に近い場所から、街道の魔封じの強化をしていた。

 本来であればリズは北に向かい、いの一番に強化していたはずの場所は、王都から北に伸びる街道だ。

 だがそこが強化されていないということは、真っ先に魔封じの効果が切れる。

 そしてその時期に俺はまだ王都におり、それこそ俺が最後に受けた王都での仕事が、氾濫スタンピードの予兆を潰す緊急招集だった。


 あの氾濫スタンピードの予兆は、魔物の同士討ちのようなことがあったものの、氾濫スタンピードの予兆とも呼べない、楽な仕事だったのを覚えている。

 もしあれが、単に魔封じの機能が止まって、魔物が街道に出てきただけだったと言われれば、納得できる内容だったのだから。


 そのことをトーマスに話し、意見を聞いてもることに。


「街道沿いの魔物の間引きは国軍の仕事だからな。都市の結界や街道の魔封じに安心しきってる腐った軍人は、真面目に間引きなんかしちゃいねーだろ。そうなるとそれなりの数の魔物が繁殖し、魔封じの効果が切れた街道に出てくれば、ちょっとした氾濫スタンピードに思えたのかもしれんな」


 軍について俺は詳しく知らないが、トーマスが言うならそうなのだろう。


「じゃあ、北の街道沿いで流れてる氾濫スタンピードの予兆って、全部それなの?」

「ほぼ間違いない」


 不謹慎かもしれないが、俺は一安心した。

 もし本当の氾濫スタンピードであればあ、それはとんでもない被害を生む。

 しかし、俺が緊急招集された程度の案件だとするれば、むしろ冒険者にとってはボーナスみたいなものだ。

 特に気にするようなことではないだろう。


「だがちょいとばかり困る案件だ」


 安堵する俺とは対象的に、トーマスは困り顔を浮かべている。


「何が困るのさ?」

「どうやら王国は、冒険者が国外へ出ることを禁止する政策を考えているらしい」

「ルイーネには関係なくない?」


 そもそも冒険者は、国境を超える商隊の護衛仕事でも受けない限り、基本的に国内で仕事をする。

 両親のように隠居生活を他国で過ごす場合や、俺ように逃げだすように国を出る者も少なく、冒険者が困るような案件には思えない。


「何言ってんだ? 今のルイーネはな、氾濫スタンピードと新ダンジョン発見の件もあって、冒険者が少ねーんだ」

「でも以前と同じくらいの人数に戻ったって言ってたじゃん」

「今までのルイーネだったら、それでも問題はない」

「だったら――」

「以前のルイーネと今のルイーネは違うんだ」


 少しばかり怒気の篭もった声で、トーマスは俺の言葉を遮った。


「今のルイーネは、新ダンジョンの周辺を開拓している。それどころか、ダンジョンに潜ってる冒険者だっているんだ。そのダンジョン都市を栄えさせるには、多くの冒険者が必要なんだよ」

「あっ」


 トーマスに言われて、俺はようやく気づいた。


「そもそもの話、ルイーネは都市国家という独立した国だが、都市国家連邦という組織に属している。しかもルイーネは、スクワッシュ王国などに面している都市国家連邦の玄関口でもある」


 確かに、南北を区切るように聳えている山脈がある立地上、まさにルイーネは南北を行き来するための玄関口のようなもの……ではなく、玄関そのものだ。


「そんなルイーネに、アレックスが簡単に入国できたのは今の時期だからだ」

「それはどういう?」

「多少の問題が起こることを覚悟の上で、冒険者を無条件で受け入れてたんだよ。新ダンジョンで活動する冒険者を少しでも多く確保するためにな。本来なら冒険者なんていうならず者を、審査もしないで簡単に入国させる訳ねーだろ? まあその分、都市国家が数多ある北門を出ようとする場合は、信用のおける冒険者じゃないと通れないようにしてあるが」


 やはり俺は馬鹿だ。

 スクワッシュ王国内であれば、冒険者証を見せればどの都市や町村もすんなり出入りができた。

 だから俺は、その感覚のままルイーネにきて、すんなり入国できたことを当然だと思っていたのだ。

 しかし本来は、国境を行き来するにはそれなりの手続きを必要とする。

 だが過去に数回しか国境を超えたことのない俺は、そんなことをすっかり忘れていたのだ。


「今の所、小悪党みたいのはいても、大きな問題を起こすような冒険者は入ってきていない。逆に言うと大物冒険者もだ。だからこれからも、もっと冒険者を受け入れる予定だった」

「だった?」

「そうだ。王国が冒険者の国外移動を制限してしまえば、こちらが受け入れる気でいても、肝心な冒険者がこれなくなる。だから王国の考えていることは、ルイーネとしては困った案件なんだ」


 ダンジョンのある都市は、多くの冒険者が潜って戦利品を持ち帰ることで成り立っている。

 規模の大小や採れる素材などで街の潤い方は変わるがほぼ栄えていて、ダンジョンがあるのに赤字という都市は、冒険者が潜ろうとしない場合のみだ。

 逆を言えば、冒険者が大挙するダンジョンを抱えていれば、その都市は大繁栄すると言っても過言ではない。

 それを考えると、トーマスが冒険者を抱え込みたいのは当然だ。


「なあトーマスさん、その新ダンジョンってのは、ルイーネに元からいる冒険者じゃ大きな儲けが出せないのか?」

「幸いなことに、第一層は魔物が弱いうえに鉱物が採れる。そしてライアンの遺してくれた開拓資金がある現状、収支は一応プラスだ。だが冒険者には、鉱夫を護衛する依頼を出している。ハッキリ言って、それはダンジョンに潜る冒険者の姿じゃない」


 たしかに。

 ダンジョンに潜る冒険者は、魔物を狩ってそこから得られる素材を売って稼ぐ。

 それこそが正しい姿だ。


「だったら第二層以下は?」

「個人でもパーティでも、Dランクなら問題なく活動できるだろう」

「それなら」

「第二層なら、第一層で護衛をするより稼げるだろう。だがそうなると、第一層で護衛依頼を受ける者がいなくなる。しかもギルドとしては、第二回層から採れる素材にそれほど旨味を感じない。だから今は、敢えて第二層への通路を封鎖している」


 それはつまり、第一層で採れる鉱物の方が儲けが出る、そういうことなのだろう。

 しかしそれでは、本当の意味でダンジョンに潜りたい冒険者は、そんなダンジョンに興味を持たないのではないだろうか。


「そして第三層になると難易度が跳ね上がり、個人のCランクを数名含めたBランクパーティ以上じゃなければ安定して活動できん」

「え、それって」

「今のルイーネにはいないんだ」


 それはそうだろう。

 スクワッシュ王国で無能扱いされていた俺が、フェイの装備込とはいえ、現在のルイーネで最上位の実力だと言われたのだ。

 如何にルイーネの冒険者の戦力が低いかが分かる。

 そして、関係のない他国の政策が、このルイーネにも大きく関係していることを理解させられた。


「ライアンが残してくれたダンジョンが、せっかく遺産を投じてくれたダンジョン都市が、このままでは日の目を見ずに廃れてしまう……」


 トーマスが苦々し気に顔をしかめた。

 このオッサンは、ギルマスの立場も然ることながら、友人だった親父の思いを無下にしたくないのだろう。

 その気持に対し、場違いかもしれないが俺は嬉しいと思ってしまった。


「だからリズ、王国の結界や魔封じを、正常に稼働するようにしてくれないか。元聖女だったんだろ?」


 だがトーマスのこの一言で、俺は感動の気持ちが霧散する。

 そして――


「トーマスさん、アンタ何言ってんだ!?」


 俺は本気で激怒した。

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