第27話 守るべき何か

「……ま、参りました」

「何だ何だ、もうおしまいか? だらしねーなー」


 意気揚々というわけでもないが、魔導袋からフェイが作ってくれた武具を出して装備し、少しくらい手こずらせてやるつもりでトーマスに挑んだのだが、俺はたったの一撃すら与えることができずに降参した。

 いや、以前の俺からすれば、この結果は大善戦だったと言えるのだが……。


「せっかくの武具も、使うアレックスが振り回されてるうちは宝の持ち腐れだな」

「結構使えるようになったつもりだったんだけど」

「馬鹿言ってんじゃねーよ。使いこなせれば俺みたいなロートル、今でも倒せるポテンシャルはあるぞ」


 トーマスは自分をロートル呼ばわりしているが、まだまだ第一線で戦える力を示していた。

 しかも、動きを見るに久々感がなかったので、未だに鍛錬は続けているのだろう。

 喰えないオッサンだ。


「まったく、むしろフェイに、俺の装備を頼みたいくらいだ」

「え、まだ強くなりたいの?」

「おいおいアレックス、男ってのはな、死ぬまで強さを求める生き物だぞ」


 実は心のどこかで、俺は強くなった気でいた。

 フェイはまだ満足にいく出来ではないと言って、現在の装備は”試作零号装備”と命名し、とりあえず持たされているにすぎない。

 だが俺からしてみると、”試作零号装備”は十分に実用的な仕上がりだ。

 トーマスからも、俺は装備に振り回されてるのだと言うだから、傍目にも十分な機能を備えているように思えるのだろう。

 それでもフェイは、現在”試作壱号装備”の制作に着手している。

 彼女が納得する物が出来上がるのを、若干恐ろしく思ってしまう。


 そして、そんな装備を持たされている俺は、知らず識らずのうちに気が緩んでいたのだろう。

 だから今回のことは、慢心していた俺に起こるべきして起こった結果にすぎない。

 今一度、気を引き締めるべきだろう。


 ちなみに、リズの障壁はあまりにも強固過ぎて、トーマスが俺を攻撃するというより、障壁を破壊することがメインになってしまったため、途中から障壁無しで手合わせをした。

 とはいえ、トーマスは一度リズの障壁を破壊している。

 破壊されたリズはリズで、「もっと精進しなければいけませんね」などと言っていたのが印象的だった。


「でもまぁリズの障壁がある限り、アレックスが攻撃を食らうことはないだろう。あの障壁を破れるのは、Aランク上位やSランクの魔物くらいしかいねーだろうし」


 俺の動きは不評だったが、聖女だったリズの障壁は称賛に値するものだったようだ。

 だがそれは当然だろう。

 なにせリズは、単なる結界装置の聖力源だっただけではなく、結界装置などなくても強固な結界を張れる大聖女なのだ。

 本来なら俺と比べるのも烏滸おこががましいどころか、こちらが平伏さなかればいけない人物なのだから。

 だがそれでも悔しく思ってしまうのは、俺もトーマスの言うように強さを求める”男”という生き物なのだろう。


 いや、それは違う。


 俺は”男”というより”雄”の本能である生殖活動がしたい。

 それには、負の遺産をどうにかするために金を稼ぐ必要があり、冒険者として働く以上、強さが必要なだけだ。

 トーマスのような戦闘狂とは訳が違う。


「とはいえ、障壁によって戦闘できる範囲が限定されるのは良くない。リズもまだまだこれからだな」

「はい。アレクサンダー様をお守りできるよう、さらなる高みを目指します」


 リズは大きな鞠を抱えるように胸前で拳を握り、ふんすふんすと息巻いている。

 俺からすると、頼りにしている風を装わないと、”私を頼ってくれない!”とへそを曲げるので、一応頼っているような素振りをしていただけなのだが、現状では本当にリズの護衛が必要かもしれない。

 だがそれではダメだ。

 俺はフェイの作ってくれた装備を使いこなせるようになり、リズの護衛が必要ない強さを身に付け、リズと対等な立場になろうと心に誓う。


 そしていつか、あの鞠を手玉に取ってやる!


 忘れてはいけない。

 強さは必要だが、大事なのは如何にエロいことをするか、だ。

 目的と手段を履き違えてはいけないのである。


「で、肝心のアレックスだが、Bランク下位程度には動けている」

「随分と高評価してくれてるんだね」

「ああ。もっと言えば、現在ルイーネの冒険者ギルドに登録している冒険者で、最上位の実力がある」

「――――!」


 あまりに高すぎる評価に、俺はただ驚くことしかできなかった。


「もちろんフェイの装備ありきでの評価だが、それだけじゃなくてアレックス自身が変わったからだ」

「俺が変わった?」

「そうだ」


 オウム返しをした俺に対し、トーマスが理由を教えてくれた。

 だがその内容は、眉唾物の精神論だったのだ。


 なんでも俺の両親が強かったのは、そもそもの力量も然ることながら、自分が守れる者を全て守ろうとする精神にあったと言う。

 一方の俺は、”英雄の息子”であろうとしたり、自分の目標のみを目指したりと、あくまで自分のためにしか動いていなかった。

 だが今は違う。

 経緯はどうであれ、フェイを庇護下に置いてリズもその範疇に含まれた。

 ポメラとニアンもまた然り。

 さらに、おふくろの残した孤児院も、俺が守るべきものに含まれたのだ。


 それが物理的な守護でなく、金銭的な意味であっても、俺が守るべきものであることには変わらない。

 しかし、守るべきものができたのは事実で、トーマスに言わせると今の俺は、自分のためではなく守護する者たちのために戦っている、そう言うのだ。

 そしてそれこそが、今まで俺が一皮剥けなかった要因であり、今の俺こそが本来あるべき姿なのだと。


「それなら、誰かのために戦ってる者は、皆が皆強いってことになるけど」

「己の欲望のためのみで戦っているより、誰かのために戦っている者の方が強い。だが人には限界があり、誰もがライアンやレイアのように無双できるわけじゃない」

「だったら俺も」

「そうだ。アレックスは両親のような傑物にはなれんだろう。それでも、王都で燻っていた頃のお前より、今のお前の方が強い。それは装備云々の話ではなく、お前の心がお前自身を強くした」


 そう聞かされても、やはり俺は納得できない。

 何故なら俺は、おふくろの残した負の遺産を仕方なく引き継いだだけで、放棄するとトーマスに怒られるからで、それが嫌で抱え込んだだけだ。

 フェイのことは大事にしたと思うが、それが全ての感情ではなく、金を生み出してくれそうなことに対する期待がある。

 リズもそうだ。

 面倒くさい存在ではあるが、いつかあの抱き心地の良さそうな体を、思う存分堪能したい。

 ハッキリ言って、成長したフェイと既にわがままボディのリズとエロいことがしたい! それが俺の根底にある。

 両親のような、殊勝な心など持ち合わせていないのだ。


「すぐには分からんだろうが、守るべき何かがある者は、何もない者より強い。そう実感する日がアレックスにもくる」

「そうなる日がくるとは思えないけど、一応覚えておくよ。――それより、俺の戦闘力が分かったことで、俺に面倒な仕事をさせるようなことはしないよね?」


 自分ではピンとこないが、フェイの装備のおかげで、今の俺はルイーネでは強いらしい。

 とはいえ、そもそもルイーネでは、強い冒険者が必要な仕事はない……はず。

 それでも上位者にのみ頼む仕事もありそうで、なんだか嫌な予感がするのだ。


「これはまだ噂の段階なんだが」


 噂の段階でしかない話をしようとしている時点で、碌な話でないことは分かる。


「スクワッシュ王国で、氾濫スタンピードの予兆が複数の地点で散見されてるらしい」

「へぇ、他にもそんなのがあったんだ」

「どういうことだ?」

「俺がスクワッシュ王国で最後に受けた仕事がまさにそれ。氾濫スタンピードの予兆があるからってんで、緊急招集されたんだよ」


 実際、通常以上に魔物が発生していたが、同士討ちでもしたのだろう、俺たちの仕事は残党狩り程度で済んだ。

 だから仕事内容の割に報酬が良く、臨時パーティを組まされたパーティリーダーのデニスにしこたま飲まされ、俺はフェイを買わされたのだが、それはまあいい。


「その場所はどこだったんだ?」

「王都のちょっと北だな」

「やっぱりか」

「やっぱり?」


 納得するトーマスに対し、意味が分からない俺はオウム返しをしてしまった。


「ああ。噂の出処ってのは、王都の北方面に伸びる街道沿いの複数の場所なんだ」

「それは奇妙な話だな」


 スクワッシュ王国は、国内に多くのダンジョンを擁しているが、四大ダンジョンと呼ばれる巨大なダンジョンを東西南北に抱えており、それぞれがダンジョン都市として発展している。

 それらの各ダンジョン都市は王領地で、王都から東西南北に伸びる街道沿いは、魔封じの結界などで守られており、さらに魔物の間引きが行われているはず。

 その街道沿いの複数の場所で氾濫スタンピードの予兆があるとは、とてもではないが信じられないのだ。


「それって……」


 俺とトーマスが渋い顔をしていると、リズがおずおずと会話に割り入ってきた。

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