第20話 非常識人

「父親は人間で母親がドワーフの、有り体に言えばハーフドワーフだな」


 人間とエルフの間の子で、ハーフエルフというのは聞いたことがあるが、ハーフドワーフというのは初めて聞いた。

 てっきり、人間とドワーフでは子どもができないと思っていたのだが。


「エルフもドワーフも、そもそも子が出来難い種族だ。だがハーフエルフが特徴的なエルフの耳を持って生まれてくるのとは違って、ハーフドワーフは人間と同じ耳で生まれる。だから背の低い小太りな人間と間違われる。で、俺らハーフドワーフは、自分がハーフドワーフだとわざわざ公言しない」


 トーマスの説明は、なるほどと思えることばかりだった。


「トーマスさんがドワーフ語を話せるのは?」

「当然、母親がドワーフだからだ」

「でもドワーフの言葉って、人間の間で使われないどころか、耳にすることもないよね?」


 ハーフドワーフですらドワーフ語を話せるなら、人間の間でもっと聞く機会があるような気がするのだが。


「それはあれだ、聖職者の使う聖古語っていうのが元々ドワーフの言葉なんだ。で、時代と共に失われていった聖古語を、人間がドワーフに聞いてくることが多くあったんだそうな。それが面倒で、人間に”ドワーフ語を教えるな”って仕来りができ、今でもそれを守ってるだけだ」


 確固たる理由があったのではなく、単に面倒というのが理由だったらしい。


「ところで、トーマスさんはなんでフェイにドワーフ語で話しかけたの?」

「そりゃ、あの子はツヴェルゲルフェンだろ? ならドワーフ語で会話ができると思ったからだ」

「なるほどね……って、え?」

「ん、何だ?」


 トーマスは当たり前のように、フェイをツヴェルゲルフェンだと断言した。


「いや、だって、フェイを見たら普通はちょっと変わったエルフって思うでしょ? 奴隷商だって、珍しいエルフとして俺に売ってきたんだし」


 俺はエルフもどきっていう疑念を抱いたけど。


「何言ってんだ? エルフではあり得ないが、ドワーフに多い黒くて癖のある髪。エルフにはほぼいないポチャッとした体型。それでいて身長はあの年代のドワーフより大きいがエルフやハーフエルフにしては小さい。だが耳が長くて尖っているからハーフドワーフじゃない。そうなれば、ツヴェルゲルフェンに決まってるだろうが」


 何を当然のように言ってるんだ、と思ったが、一般的なエルフやハーフエルフ、ドワーフの特徴と、先程トーマスから聞いたハーフドワーフの特徴まで加味すると、残る選択肢はエルフとドワーフのハーフである、ツヴェルゲルフェンしかなかい。

 俺は否が応でも納得するしかなかった。


「多分、人間ではそこまで判別できないと思うけど、エルフやドワーフならすぐに分かるの?」

「ん? もしかしてお前、アレをエルフだと思って買ったのか?」

「…………」

「お前、俺が奢ってやったエルフをかなり気に入ってたよな? なんかその後、アレックスがエルフの奴隷を買いたがってるって噂を聞いてたが、あれは本気だったのか? だからってあんな子どもを買うのはどうかしてるぞ」

「ちょっ、トーマスさん! あまり変なことを言わないでくれる!」


 かつて高級娼館でエルフを抱かせてくれたのは、何を隠そうこのトーマスだ。

 とはいえ、今はリズとポメラがいるのだ、そのことは言わないでほしかった。


「そんなことより、エルフやドワーフなら、ツヴェルゲルフェンの見分けがつくのかって聞いてんの!」


 俺はごまかすように声を張り上げた。


「ああ、まあ分かるだろうな」

「それって拙くない?」

「何がだ?」


 エルフとドワーフは犬猿の仲で、その所為せいでフェイの両親は、両種族の村を離れて暮らしている。

 そしてお互いが嫌い合う種族との混血であるツヴェルゲルフェンは、エルフとドワーフの両種族から嫌われているはず。

 なのに、ひと目でそれが分かってしまうということは、多種族国家であるルイーネでのフェイは、エルフとドワーフから睨まれて生きることになる。


「アレックスは分かってねーな」

「何を?」

「ルイーネが多種族国家であるからこそ、エルフとドワーフが共存できてる。確かにツヴェルゲルフェンこそいないが、種族間で争うことなくこの街で生活してんだ。それをツヴェルゲルフェンだからって、わざわざ排除するなんて有り得ん」


 言われてみれば納得だ。

 そんなに仲が悪いなら、いつ顔を合わせるか分からない街で、エルフとドワーフが生活することはないだろう。

 俺の考えが浅すぎた。


「とはいえ、冒険者のエルフがこの街を訪れることがあっても、定住することはほとんどないんだがな」

「それって、やっぱりドワーフと顔を合わせたくないから?」

「いや。そもそもエルフってのは、のんびりした気質の者が多い。そしてルイーネは交易の街で慌ただしいから、定住する気にはならんのだろう。それでも好奇心はあるから、ドワーフがいても顔を出す。つまり敵愾心より好奇心の方が強いって訳だ」


 またもや納得させられた。

 というか、俺は自分では常識人だと思っていたが、思いの外モノを知らない非常識人だったようだ。


「じゃあ、フェイがこの街で暮らしても、いじめられたりしないかな?」

「絶対とは言えんが、可能性は限りなく低いだろうな」

「それなら良かった」

「なんだ、随分とあのツヴェルゲルフェンの奴隷を可愛がってるみてーだな」

「ちょっとトーマスさん、俺としてはフェイがツヴェルゲルフェンだってことを知られたくないから、あの子のことはフェイって呼んでくれるかな」


 エルフやドワーフが見れば、フェイがツヴェルゲルフェンであることは即バレするようだが、人間は変わったエルフとしか思わない。

 だったら可能な限り、フェイの種族は伏せたいのだ。


「この街で生活する以上、遅かれ早かれ知られるぞ?」

「それでもだよ」

「分かったよ」


 これですべての疑問が解消されたわけではないが、とりあえず知っておくべきことは知れたと思う。


「そういやぁ、フェイって子は、古代語も喋れるんだよな?」


 今度は逆に、トーマスから質問を投げかけられた。


「俺がおふくろから習った古代語で会話できるから、当然喋れるよ」

「だったらちょっと頼まれてくれね―か? ――ん、別にフェイじゃなくてアレックスでもいいのか?」

「何の話しさ?」


 フェイに頼み事があったらしいトーマスは、急に俺でもいいとか言い出した。


「いや、ライアンがダンジョン付近の開拓に寄付をしたって言ったろ?」

「聞いたね」

「そのダンジョンはな、鉱石を排出するんだ。でだ、開拓と同時に鉱石の採掘も行なわれてるんだが、事故もあればダンジョン内の魔物との戦闘で負傷する者もいる」


 当然ある話だ。


「だが教会が作られていない現状、治療はもっぱらポーション頼り。しかしレイラが亡くなって、ポーションの供給が間に合わなくなってきたんだ」

「他にポーションを作れる人はいないの?」

「いるっちゃいるんだが、全然間に合わんのだ」


 どのくらいのペースで消費されているのか不明だが、あり得る話のように思える。


「でだ、ルイーネに唯一定住しているエルフがいるんだが、そいつはレイラ並にポーションが作れる。でもな、珍しく留守にしてる間に唯一古代語で会話ができるレイラが亡くなってしまって、ポーションを作る気も起きないときたもんだ」


 おふくろと友達付き合いをしていたのだろうか?


「しかもアイツは、古代語でなければ注文を受けないと言ってきやがった」

「…………」


 一瞬、『ポメラがいるじゃん!』と言いそうになったが、ポメラが古代語を話せることは特秘事項だと思い出した。


「だからオリンダ……ああ、例のエルフだが、ヤツにポーションの発注を頼む、という依頼をアレックスにしたい。あくまでギルドから冒険者に対する指名依頼だ」

「依頼は有り難いけど、俺はこの街に来たばかりだし、まずは生活環境を整えたり、街のことを知りしたいんだけど」


 俺は親父から教えられていた。

 冒険者は臆病なくらい用心深くあれ、と。

 そしてもう一点、冒険者だからといって根無し草になるな、という言葉だ。


 冒険者というのは、己の身一つでどこでも仕事ができる。

 だからといって、あっちへフラフラこっちへフラフラしていては、良い冒険者になれない。

 知らぬ地で足元を掬われぬよう、仕事場である地を理解、熟知し、やがて自分が活動できる場を増やす。

 そして、自分の帰るべき地へ生きて必ず帰ってくる。

 帰ることこそ冒険者の仕事だ、と。


 親父の言葉を忠実に守れていたか些か怪しいが、俺はスクワッシュ王国の王都を本拠地とし、遠征しても必ず帰っていた。

 その観点で言うと、俺はまだルイーネを理解できていない。

 たかがポーションの発注をする依頼とは言え、まだ知らぬ地で安易に依頼を受ける気にならないのだ。


「”英雄の息子”の良い噂は聞かなかったが、”英雄”の教えはしっかり守れているようだな」

「皮肉っすか?」

「褒めてるんだよ」

「そりゃどーも」


 そんなやり取りをした後、急ぎでもないが悠長にはしていられない、可能な範囲で早急に頼む、そうトーマスに言われた。

 そして、何かがリズに渡される。


「何です?」

「新しい冒険者証だ。申請しただろ?」

「こ、これは! 私の冒険者証ですか?」

「そうだ、新人冒険者リズの冒険者証だ」

「ありがとうございます」


 リズとフェイの冒険者登録をしたが、なんだかんだあってまだ受け取っていなかった冒険者証、それがトーマスからリズに渡されたのだ。

 彼女は目を潤ませ、感動に震えているように見える。


「アレクサンダー様、これでようやく、ご一緒に冒険できます!」

「あぁー、すぐにすぐじゃないけど、いずれな」

「はい!」


 10年前に交わした約束を、リズはようやく叶えらると思っているのだろう。

 俺は複雑な心境だが、その気持を無下にはできない。


「そのときはフェイも一緒だぞ」

「当然です!」


 この場にいないフェイだが、俺の手には彼女の冒険者証が渡されている。

 リズには申し訳ないが、これを渡されたフェイがどんな反応をするか、今から楽しみな俺がいるのであった。

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