第19話 要注意人物
「ギルマスのトーマスさんに会いたいんだけど」
リズの黒い一面を垣間見た後、生活必需品の買い出しに出ることにしたのだが、衣服以外は食料くらいしか不足していなかったため、まずはポメラとニアンの扱いについてトーマスと話し合うべく、冒険者ギルドへやってきた。
そして受付にその旨を伝えると、早々にギルマスの部屋へ案内される。
室内には、のんきに茶を啜るトーマスの姿があった。
「どうだ、住みづらそうな邸だったろ?」
「邸全体に占める居住空間の割合は少なかったけど、そもそもの大きさが俺には十分以上だったから、住みづらそうとは思わなかったかな。まあ、大きさとは別の問題で、ちょっと住みづらいと思ったけど」
主におふくろの研究関連でな。
「それならそれでいい。で、何か問題があったか?」
「問題というか、孤児院から通わせているポメラとニアンの双子を、正式にあの邸の使用人にしたいんだ。元々が住み込みだっようだし、もう1年で孤児院を出て仕事を探すなら、今日からでも俺の方で引き取りたいと思って」
トーマスからすれば、早急に手を打つことではないと思えることかもしれないが、俺からすると情報漏洩と双子の身の安全を考えなければならない。
そうなると、善は急げの精神で行動するのが吉だ。
「そうなるだろうと思って、手続きは進めてある。むしろ引き取る気がない素振りを見せるようだったら、俺がアレックスをぶん殴るところだった」
トーマスが恐ろしいことを言ってきた。
「なんで?」
「レイラが保護して可愛がってた子だぞ? アレックスが面倒を見るのが筋ってもんだろうが」
「そうですね……」
やはりトーマスは、ブレることなくおふくろ優先の考えのようだ。
そんなトーマスの言葉を聞いたポメラは、わかり易く嬉しそううな感情を発露させている。
俺の後ろに立っているのだが、尻尾をブンブン振っている気配が感じられる程に。
ちなみに、ニアンはフェイに付き添ってお留守番をしている。
俺としては、まだ別行動をするのは心配だったが、ポメラがお邸以上に安全な場所はないと言うので、それもそうだと納得した俺は、随分と単純な生き物なようだ。
ただ、今日が初対面のフェイとニアンを、ふたりっきりにして大丈夫か、という不安はあった。
なので、作業を開始したのを少しばかり見学したのだが、既に鍛冶師モードに突入していたフェイを、ニアンは無言のまま見守りつつも、要所要所でサポートをしていたのだ。
それを見て、問題ないだろうとの結論に行き着き、俺はリズとポメラを連れて邸を出てきた。
その際、俺と離れるのを嫌がらなかったフェイに、若干の寂しさを感じたのは秘密だ。
「要件はそれだけか?」
「いえ、トーマスさんに確認したいことがあって……」
「何の確認だ?」
「こんな聞き方は変だと思うけど、リズのことを知ってる?」
こちらから『リズが元聖女だって知ってた?』とも聞けず、おかしな質問になってしまった。
「昨日は気づかなかったが、気になる髪と瞳の色だったからな、必死に記憶を探り起こした。そしたら簡単に思い出した。――彼女はスクワッシュ王国の元聖女で、王太子の婚約者だったイライザ・スティール侯爵令嬢だ。違わないだろ?」
気づいていないと思っていたが、そうは問屋が卸さなかったようだ。
「アレックスはメイド服で偽装させてるつものようだが、珍しい白髪の中でもその色は特に珍しい。そこにきてレイラばりの珍しい紅の瞳だ、個々でも珍しい色が組み合わさって、逆に象徴的な色になってる。直接見たことがなくても、情報を知っている者なら気づいて当然だぞ」
メイド服で偽装とか俺は考えていなかったが、トーマスにはそう映ったらしい。
そして、面識がなくてもリズの髪と瞳の色の組み合わせは、象徴的だとも言われてしまった。
「その情報って、一般にも広まってるの?」
「歴代の聖女様は、教会で民に癒やしを施していたらしいが、今代の聖女様はほとんど表に顔を出さなかったようだから、知る人ぞ知るって感じであまり知られていないだろう。まあ、さすがに教会関連の者なら知ってるだろうが」
表に顔を出さなかったと聞いて、右側に座るリズにちらりと視線を向けた。
「私は屋内での作業が忙しく、移動も厳重な護衛の付いた箱馬車で、寝泊まりは教会でした。ですので、表に顔を出さなかったと言うより、出せなかったと言うのが正しいかと。しかも目から下を隠すフェイスベールと、顔全体を覆うベールを常に装着しておりましたので、私の容姿を知る者は少なかったと思います」
厳重に秘されていた理由は不明だが、それでも外見の特徴が知れ渡っている。
俺はそのどちらも気になったが、気にしても仕方ないだろう。
「そうまでして隠していたのは、やはりスクワッシュ王国のペポカボ王太子、彼の本命が他の女性だったことが原因か?」
俺が気にしないでおこうと思ったことを、トーマスはズケズケとリズに質問した。
「聖女見習いであったロックハート侯爵家のご令嬢デライラ様とは、私が王都に行くより前から恋仲だったようですし、王太子殿下は私が疎ましかったのでしょう。――トーマス様は情報通のご様子ですが、念の為確認いたします。王家主催のパーティーのことはご存知でしょうか?」
「毒婦だった聖女の断罪劇があった、って話なら知っている」
あんまりな伝わりようだ。
「本当のことは伝わらないと思っていましたが……。確かにあれは劇でした。仕組まれた出来事、茶番劇でしたけれど。その劇で私は謂れのない罪、冤罪によって婚約破棄及び聖女の称号を剥奪、そして王都からの追放を言い渡されたのです。とんだお笑い草でした」
笑顔を浮かべながらも、
「家族を失い、頼る者もいない状況で、私は生きるために命じられるがまま、歯を食いしばって頑張っておりました。それなのに、嫌がらせを受けていた私が、デライラ様を虐めたなど言われ、殿下が差し向けたであろう不届き者から、障壁で我が身を守っていたというのに不貞を働いたと言われ、他にもありもしない罪を山程被せられたのです」
リズの言葉が止まらない。
「私が聖女になり、殿下の婚約者になるため、養父は自身の利を求めて私を養女にしました。なので、懸命に私を擁護しておりましたが、旗色が悪いと見るや、早々に恥知らずと私を罵る始末。挙げ句に、王都追放の沙汰を下されていたを私を、国外追放としたのです」
トーマスの質問以上の答えを淡々と語るリズが、かなりヒートアップしてきた。
「ですが今の私は、アレクサンダー様の庇護下におります。レイラ様のご子息であるアレクサンダー様であれば、あの王国の者共のように、私を無下に扱うこともないでしょう。なので、今までの私に対する数々の仕打ちは、今という安寧を得るための神からの試練だったと思っています。――私は攻撃力こそありませんが、防御力なら誰にも負ける気はいたしません。もしアレクサンダー様に仇なす存在が現れれば、その全てから私が守って差し上げます!」
何故か途中から俺の方を向いて語りだしたリズが、自分を売り込むかのように力強く宣言してきた。
ちょっと……いや、かなり怖い。
リズは美人なんだけど、王国の要注意人物とか抜きにして、違う意味で手を出しちゃいけない人のような気がしてきたぞ……。
「……あ、あ~、お嬢さん、いや、イライザ・スティール嬢――」
「お嬢さんではなくリズで結構です。それから、イライザ・スティールの名で二度と私を呼ばないでくださいね」
「わ、悪かったなリズ」
「お気になさらず」
そんなの気にするって……。
トーマスが少しだけ可哀想に思えた。
「まあなんだ、リズも色々あって大変だったようだが、今は
「お心遣い、ありがとう存じます」
おかしい。
俺とリズの関係は、おふくろの弟子を両親の邸に居候させ、表面上は俺に困ったことがあれば、ちょっと手助けするというものだったはず。
確かに、両親が亡くなっていたというイレギュラーもあったが、だからといって、全てを敵に回してでも俺を守るとかの関係になるはずがない。
どうしてこうなった……。
「ですがトーマス様、私はアレクサンダー様の安全を確保しなければなりません。なので、のんびりしている余裕などないのです。既にフェイちゃんがアレクサンダー様の武具制作を始めているのですから、私も頑張らないと姉として示しが付きません」
この女は、どうして余計なことを言うんだ。
そんなことを思ったが、これを活かして話題の転換を図ることにした。
「そう言えば、この際ぶっちゃけて聞くけど、トーマスさんってドワーフなの?」
フェイに聞きそびれていたが、トーマスはドワーフ語が話せて、フェイの父親の仲間だと言っていた。
そのことについて、トーマスにはぐらかされていたが、今回は答えてくれるだろうか?
「そういえば言ってなかったな。俺は純粋なドワーフじゃない。だが……」
「だが?」
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