第18話 暗黒微笑
「確か……亡くなられるひと月前くらいまで、流れ作業のようにこなしていたので、最後の注入は2ヶ月くらい前でしょうか」
俺の質問に対するポメラの答えは、早急に対処すべきものではなかった。
とはいえ、放置していてよいものではない。
「アレクサンダー様、その動力炉を私に見せてくれませんか?」
すると、リズが会話に加わってきた。
「何で?」
「私はほぼひとりで、スクワッシュ王国の王都や主要都市、それらの結界発生装置へ
「
「はい」
性力を注入する仕事って、いったいどんな仕事なんだ?
まさか聖女って、性女的な存在……なのか?
「動力源は魔力だって話だけど、
主に娼館とかで。
「
性力が多いから性女……じゃなくて聖女に選ばれたのか?
「それと、王族は抜きん出て
確かに、王族とか貴族男性は有り余ってそうな印象があるもんな。
でも平民だと、女性の方が
そう聞くと、街中を歩く女性を見る目が変わりそうだ。
それに、リズが性欲? 性力? どっちでもいいけど、とにかくエロい何かを持て余した欲求不満女の可能性が高まったな。
でも手を出せない……。
「……そうなんだ」
本来なら需要と供給が合致しているのに上手く行かないことに気落ちした俺は、返す言葉が弱々しいものになってしまった。
「まあとりあえず、動力炉とやらへ案内してくれポメラ」
「わかりました」
ポメラの先導で、先程は説明のなかった地下へ向かう階段を降りた。
階段もそうであったが、通された部屋は地下とは思えないくらい明るい。
贅沢に明かりの魔道具を使っているようだ。
「やはり、結界発生装置と似たような作りですね。これでしたら私でも問題なく注入できます」
動力炉を見たリズが、不敵な笑みをを浮かべてそんなことを言ってきた。
溜まった欲求を発散する手段が見つかったのが嬉しいのだろうか?
注入作業を見てみたいが、多分見てはいけない気がする。
「そ、そうか。まあ、防衛主体の結界装置と違って、こっちは迎撃装置なんて物騒な物だけど、問題なく使えるようで良かった」
「はい、私にお任せください」
「このお邸の魔道具の動力は、全てここから賄われてます」
リズの頼もしい言葉の後に、ポメラから重要なことも聞かされた。
「だったら、尚更元聖女がいるのが頼もしい……あれ?」
「どうかしました?」
王国の王都や主要都市の結界装置を、リズがほぼひとりの
じゃあ今の王国の結界装置って、誰が
俺は生まれも育ちもスクワッシュ王国だ。
当然、王都などの都市が結界で守られていることは知っている。
しかし今、結界の動力源そのものとでも言うべきリズは、注入をしていない。
「王国の動力炉って、リズの代わりに誰かが注入してるのか?」
「さぁ? そもそも結界を張るのは王族のお仕事ですから、王族のどなたかがなさっているのでは?」
なるほど、言われてみればそのとおり。
王国は王族が結界を張っているから国民が安全な生活を送れる、って話だったな。
すっかり忘れてた。
よくよく考えれば、リズが聖女イライザとして活動を始めたのは2年前だ。
たった2年で結界が張れない事態になるはずもない。
多少なりとも愛国心が残っていたのを感じた俺だが、そんなのは余計なお世話だったと思いつつ、同時に疑問が湧き上がった。
「なんで王族の仕事をリズがしてたんだ?」
「私の
「さっきからちょいちょい出てくる
「では実際に
「見ていいのか?」
「よろしいですよ」
リズはそんなことを言いながら、50㎝ほどの台座に置かれた直径1くらいの半円状の水晶的な物に手を付く。
そして小声で何かを唱えると、その水晶的な物が淡い金色に輝き出した。
これが注入なのだろう。
だが俺の思っていたエロい感じではなかったので、少々残念に思った。
「安定してきましたので、これからご説明しますね」
その御高説は、まずは魔力についての説明から始まった。
魔力とは、人知を超えた摩訶不思議な力。
そして人間は、多かれ少なかれ必ず魔力を持っている。
これは謂わば常識で、誰もが知っていることだ。
その魔力だが、王侯貴族、特に王族は莫大な量を保持しているとのこと。
そして結界装置だが、王族の莫大な魔力を使って発動されていたという。
だが、多量の魔力を保持する王族であっても完全に賄えきれず、貴族にも頼っていたとのだとか。
やがて次代が進み、結界装置の研究開発が行われ、魔力の上位互換と言われる聖力でも発動できるようになる。
その聖力だが、多く保持していたのも魔力と同様に王族だった。
それにより、王族は完全に守護者としての地位を確立したのだという。
だが実のところ、聖力を保持しているのは王族だけではない。
高位貴族なども保持していたが、平民でも稀に持つ者がいた。
回復や癒やしを与えられる聖職者、所謂”聖属性”を使える者だ。
詰まるところ、
どうやら
更に時代を経て王族の聖力量が減少してくると、聖職者に結界装置へ聖力を注入するように命令が下される。
しかし、結界を張れることこそが王族が王族である証であるため、全てを任せっきりにはできない。
それでも王族の聖力量の低下は歯止めが効かず、聖職者の中でも特に聖力量の多い”聖女”を嫁として迎え入れ、聖女となった王妃、もしくは王太子妃が結界を維持しているとし、王族の威信を保つ。
一方で、聖女の血を得ることで、次代の王族の聖力量を増やすことを目論んだ。
ではその聖力が何かと言えば、魔力が変異した力だと言われている。
正しくはないがわかり易く説明すると、単純に聖力は魔力の10倍の効果量。
例えるなら、一般人の魔力を1とする。
魔術の使えない魔法使いが魔力10。
少し回復術を使える修道士は聖力1。
魔力10=1聖力とするならば――
一般人:1
魔法使い:10=1:修道士・修道女
魔術士:100=10:助祭
魔術師:1,000=100:司祭
魔導士:10,000=1,000:司教
魔導師:100,000=10,000:聖女見習い・大司教(枢機卿)
大魔導師:1,000,000=100,000:聖女
魔導姫:10,000,000=1,00,000:大聖女
このような図式になる。
そして、魔力を保持する器官――便宜上魔力タンクとする――は、魔力と聖力が共存している。
結果、魔力タンクに多くの魔力を保有していると、保有聖力量が少なくなる。
王族の聖力量が多かったのは、魔力タンクそのものが大きかったため。
しかし現在の王族は、魔力の割合が増えて聖力の割合が減っているうえに、魔力タンクそのものが減っている。
それでも大魔力タンク持ちではあるのだが、生半可聖力を持っていることから、魔力量だけで見ると、大魔導師クラスはおらず魔導師クラスが数人で、魔導士クラスの王族がほとんど。
聖力量を見ても大司教クラスが僅か数人で、ほとんどはせいぜい司教クラスだ。
即ち、聖女1人分の聖力量を捻出するには、王族が100人近く必要なのである。
そして現在の王国内に、王族以外で大魔導師は数人、魔導師も数10人いる程度。
しかも軍事戦力としての存在だ。
そうなると、魔力量が少なくて逆に聖力量の多い聖職者の方が、魔力タンク量が少なくても聖力の保持量が多いのだから、結界維持の重要な存在となっている。
特に聖女見習い以上となると、こと結界装置に関しては王族以上に聖力を注入できるのだ。
だが聖力持ちの絶対数は少ない。
ちなみに、魔力が生命維持に必要な関係だろう、聖力量が多い者でも必ず1割は魔力を保持している。
一方、通常は10割が魔力であり、聖力を持つ者は少なく、平民に至ってはほぼいない。
そんな中、突発的に聖力を持って生まれる者がおり、その比率は女性の方が多い。
教会内で高い地位にいる高齢男性の大司教などより、女性の若い聖女見習いの方が多いことからもよく分かる。
「――といった感じです」
説明が終わるのと同時に、リズは注入作業を終えていた。
そして、ポメラがいつの間にか補助員になっており、どこからか持ってきたのか不明だが、黒板に白墨で書いてくれた図を俺は眺める。
「大聖女ってのはリズのことか?」
「自分で言うのは
おふくろの立ち位置も大概だけど、リズも凄いんだな。
「ちなみに、リズがほぼひとりで王都を含め王国主要都市の聖力を賄ってたようだけど、それを王族が賄うのは簡単なことなのか? 王族だけじゃどうにもならなそうな感じがするんだけど」
王族というのが、どの王様から何親等までを指してるか知らんけど、100人くらい必要ないんだよな?
「そうですね、前聖女様はお亡くなりになってしまいましたから。……ですが、任を解かれた聖女見習いを呼び集め、枢機卿クラスの方々が現場に出て、各地の司祭や魔術・魔導関係の軍人を総動員すれば可能だと思いますよ。勿論王族の方々、特に国王陛下を筆頭に王太子殿下など、魔力タンクの大きい王家の方々が専任するのは大前提ですが、きっと大丈夫でしょう」
それって、大丈夫じゃない気がするんだが……。
「私のような
リズは妖しい笑みを浮かべてそう付け加えた。
美しいリズが見せたその笑みは、”暗黒微笑”とでも言うべきもので、俺の背をゾクリと震わせる。
そして、これ以上の面倒は勘弁してくれ、という気持ちにさせられた。
だから思う、愛国心どうこうではなく、俺に面倒が降りかからないように、王国の結界装置が王国人によって無事に作動してほしい、と。
俺は心底そう思い、王国が無事であることを切実に願った。
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