第17話 負の遺産

「このお邸は、本当に凄いですね」


 一通り屋敷内を案内してもらい、休憩がてらに食堂でポメラの淹れてくれたお茶を飲んでいると、リズがそんなことを言ってきた。

 しかし、リズがそう言うのもわかる。

 なんと言っても、この邸には他で見たこともない便利な魔道具・・・が多くあり、それが邸の随所で使われていたのだから。


「あの大きな浴槽をお湯で満たす給湯器というのも凄かったですが、重そうな箱に私たちを載せて、楽々と上下に移動する昇降機というのが一番凄かったです。やはりレイラ様は偉大です」


 リズはある意味おふくろの信者のようなものだから、おふくろの残した魔道具という遺産に大興奮だ。

 だがあれは、親父の鍛冶も大いに貢献しているとポメラは言う。

 というのも、親父が様々な道具を作り、おふくろが魔術回路なるものを付与することで、魔道具として成り立っている。

 だが、親父の作る物が高品質であるからこそ、おふくろの技術が活かせているのだとか。


 それはそうと、おふくろの魔術回路による付与というのは、フェイの付与とはまた別物らしい。

 フェイとポメラが説明してくれた。


 なんでもフェイの付与は、”剣の切れ味を良くする”とか”鎧の強度を高める”と言った、単純明快な効果をそのまま定着させるのだと言う。

 しかもその効果は、手にしたり装備すれば、特に魔力を使うことなく自動的に発動するらしい。……が、発動条件があって誰もが使える訳ではない。

 それでも十分に凄いのだが、装備者自身の魔力を込めれば、より一層の効果を発揮するというのだから驚きだ。


 一方でおふくろの魔術回路での付与は、魔石などの魔力の詰まった物の魔力を利用するため、使用者の魔力を使わなくても動作するし、誰でも利用できる。

 それでいて給湯器のような、まずは水を生み出し、生み出された水を温めてお湯にする、といった複雑な効果が与えられるという。


 しかもそんな便利な物が、魔術回路の術式内容を理解できていなくても、術式を完全に真似できれば、おふくろでなくとも付与できるのというのには驚いた。

 とは言え、完全に真似をするのが難しいらしい。

 結局のところ、真似をするより術式の内容を理解したうえで術式を構成し、付与する方が簡単なのだとか。

 しかしそれでは、おふくろやおふくろ並みに理解力のある者にしか作れない。

 だからこそおふくろは、如何に術式を簡素化できるかを研究していたという。


 そんな珍しいことを知ってしまったフェイは、おふくろの残した研究記録に物凄く興味を示した。

 リズもまた、生活の助けになる研究していたおふくろに感銘を受け、自分もその研究に携わりたいと言い出す始末。


 まあ、簡単なことではないだろうけど、それが商売になるんだったら別にいいのかな。


 研究に興味のない俺は、金集めをすることが大事なため、浪漫ではなく損得勘定で感情が働いていた。


「ポメラ、ニアンは炉から離れなれないのか?」

「どうでしょう? 聞いてきましょうか?」

「ああ。離れられるようなら、ここに連れてきてくれ」

「わかりました」


 実は、ちょっと困ったことになっている。

 ルイーネにくるまで、古代語を使えるのは俺だけだったため、フェイに自分のことを言いふらすなという指示をしていなかった。

 しかし、リズと出会ってドワーフ語、あるいは聖古語でフェイと会話ができる者が存在していると俺は知る。

 それでも、リズにはフェイのことをほぼ打ち明けていたので、フェイが自身のことを話しても問題がなかったのだ。


 だから完全に油断していた。

 俺は、フェイに自分がツヴェルゲルフェンであることなど、”他人に打ち明けてはいけない”と釘を差していなかったのである。

 その結果、フェイはポメラにいろいろ喋ってしまった。


 そもそも、フェイが古代語でポメラと話せて、ニアンとドワーフ語で話せるのだ、その時点であの双子を囲い込む必要があったのだが、こうなっては完全に支配下に置かざるを得ない。

 なので、注視して人間性を見極めるとかのんきなことを言ってる余裕はなくなり、一刻も早く支配下に置いて口止めをしなければならないのだ。


「アレックス様、ニアンを連れてきましたよ」

「え、えっとー、お呼びだと言われたので。き、きました」


 程なくして、ポメラがニアンを連れて食堂に戻ってきた。


「つかぬことを聞くが、ふたりは親父やおふくろから、手伝ってる内容を口外するなと言われたり、何かしらの制限を受けていたか?」


 まずは、おふくろが亡くなってから今日までの約1ヶ月間、双子が余計なことを口外していないかの確認を取ることに。


「はい、言われてました」

「そうか。――じゃあ、おふくろが亡くなった以降、その約束は守っているか?」

「もちろんです!」

「ぼ、ぼくもです」


 どうやら双子は、両親が亡くなっても言いつけを守っているようだ。


「でもポメラは、俺にいろいろ教えてくれたよな? それは、言いつけを破ったことにならないか?」

「いいえ。レイラ様から、アレックス様とこのお邸で会うことがあったら、知っていることは全て伝えるように言われました。なので、わたしが古代語を教えていただいたことをアレックス様に伝えても、問題なかったのです。安心しました」


 結果オーライだったとは言え、ポメラは少し抜けているところがあるようだ。


 それにしても、おふくろは自分たちの死を俺に知らせようとしていなかったくせに、ポメラたちがこの邸に関わっている間に、俺がここへきた場合のことは考えていたんだな。

 行動がちぐはぐな気もするけど、正直ありがたい。


「わかった。――それなら、これからも口外しないでいてくれるか?」

「当然です」

「も、もちろんです」

「それと、フェイのことも内緒にしておいてほしい」


 むしろこれが本題だ。

 両親、特におふくろの研究について口外してほしくないのは確かだが、それ以上にフェイのことを言いふらされては困る。


「レイア様から、仕える主がいない状況でアレックス様に会うようであれば、アレックス様に仕えるようにと言われていました。なので、わたしの今の主様はアレック様だと思っています」

「ぼ、ぼくもです」

「そのアレック様が言うのでしたら、そうします」

「ぼ、ぼくもです」


 俺がこの時期にルイーネにきたのは、本当にたまたまだったのだが、おふくろはそれが分かっていたかのような処置をしている。

 果たして偶然だったのだろうか?

 現状は面倒もあるが、その中で良い方向に物事が進んでいる気がするので、馬鹿な頭で変に考え込むより、流れに身を任せてみる方が良いと判断した。


「そうしてくれるとありがたい」

「あ、でも、このお邸を出て孤児院に入ってから、どんな研究をしていたのか、って知らない人に聞かれることがありました。なので、お邸から離れているときが少し怖いです。無理やり聞かれたら、黙っていられる自信がありません……」

「ぼ、ぼくもです……」


 おふくろが亡くなったのが約ひと月前。

 情報を欲しがる者が、最初は様子見でやんわり接触していたのが、次第に強引な手段に変わってくる可能性はある。

 それは色々な意味で危険だ。


「たしかふたりは、邸の離れで生活してたんだよな?」

「はい。離れも含めて、このお邸の敷地内は凄く安全です。レイラ様が、A級冒険者が束になって侵入しようとしても誰も入れない、と言ってました」


 この邸って、侵入迎撃装置とかがあるのか?


 金銭問題もあるが、双子を引き取ってこの邸で生活させようと思い、質問をしてみればまさかの回答に驚かされた。


 ってか、そんな装置が必要な邸で生活するのって、かなり危険なんじゃないか?


 ただでさえ俺は、フェイとリズという要注意人物を抱えている。

 そこに情報なり何なりを狙って、侵入しようとする者がいる邸。

 普通に考えて面倒くさいのだが、ある意味で”おふくろの負の遺産”とでも呼ぶべきこの邸を、俺が無条件で手放すのは良くないことだろう。


 なんとなくの決意を固めた俺は、ふとした疑問を抱く。


「あれ? 俺は普通に門扉を開けて玄関まで通れたぞ」

「多分、迎撃装置の攻撃対象に指定されてるんだと思います。わたしとニアンもそうですし、ギルマスも指定されてます」

「あ、やっぱそんな装置があるんだ」

「はい。なので、指定外の方が門扉に手をかけると、微弱な電流などで警告を促します」


 心のどこかで、もしかすると結界的な侵入を防ぐ装置かもしれないとも思ったが、やはり迎撃するための装置だったようだ。

 想像どおりすぎて笑うしかない。


「あれ? それだと、この邸に用事があって指定されてない人は、どうやって中に入るんだ?」

「門に付いてる紐を引くと、邸の中の鐘が鳴って来訪を知ることができます。それを聞きつけたわたしたちが門まで行って、ご用聞きをしていました」


 そんな紐に気づかなかったが、それがあれば問題ないだろう。


「なるほどな。それはそうと、迎撃装置の動力源もやっぱり魔石?」

「普段はレイラ様が動力炉に直接魔力を注いでいましたが、予備動力? とかで、魔石も用意してあります。放っておいても1年は問題なく動くらしいですよ」

「ふむ。ちなみに、おふくろが最後に注入したのっていつ?」


 半年くらい前に親父の死と直面したおふくろは、トムおじさんに忙しくさせられてたらしいが、ポーションは作っても動力炉に魔力を注いでなかった可能性がある。

 だとすると、迎撃装置が半年で止まるかもしれない。


 俺にはただでさえ守るべきことがある。

 そこへ更に守る者が増えそうな状況だ。

 それなのに、有り難い装置が止まってしまう可能性は見過ごせない。


 エロいスローライフを目指していた俺に、何故か面倒が押しかかってきている。

 そして、想像していた未来と全然違うことに愕然とさせられた。

 だからこそ俺は、この邸に詳しいポメラに必要事項を確認したのだ。


 少しでも理想の未来に近づくために。

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