第16話 置いてけぼり
「ポメラは古代語を知ってるのか?」
真剣味を持たせるように、少しばかり低い声で問いかけてみた。
「はい。レイラ様から教えていただきました。――あっ、わたしがレイラ様から教えを受けていることは、誰にも言ってはいけないんでした! アレックス様、聞かなかったことにしてください。レイラ様以外で古代語を喋ってるのを聞いたのが初めてでつい……」
なんとびっくり、おふくろは俺以外にも古代語を教えていたようだ。
そしてこのポメラという元気っ娘は、もしかするとおっちょこちょいなのかもしれない。
俺の作った空気感が台無しである。
であればこそ、この子のことは注視して、人間性を見極める必要があるだろう。
それはそうと、もしかして古代魔術も教わってたのかな?
確か獣人は、魔術資質が殆どないって話だけど。
「ポメラは何か古代魔術を使えるのか?」
「はい。といっても、まだ四大属性の初歩だけですが……」
「初歩というと、小さな火を出したり、ちょっと水を出したりとか?」
「そうです」
おふくろが指導してくらいだ、もしかするとポメラには素質があって、古代魔術を伝授しようとしていたのか?
おふくろ曰く、俺には素質がなかったらしいい。
にも拘わらず、無理やり教え込んだらどうにか初歩は覚えさせられた、とのこと。
それを考えると、ポメラに素質があるのか不明だが、おふくろが教え込みたいと思える何かがあったのだろう。
う~ん、古代語を理解していて、初歩とはいえ古代魔術も使えるとなると、簡単にポメラを手放す訳にもいかないな。
邸関係の従者じゃなくても、情報漏洩の観点からして、囲い込んでおかないと拙い気が……。
先延ばしにしようとしていた雇用問題だが、早急に対処しなければならない事案に昇格してしまった。
『ご主人さまー、炉に火を
『……あ、いや、まだ他の部屋を見たり、買い物に行く可能性もあるから、今はまだダメだ』
『あぅ……。わかった、我慢する……』
すっかりテンションが上がってしまったフェイだが、いきなりやる気になられても困る。
「アレックス様、ニアンはライアン様のお手伝いをしていたので、火を熾した炉の管理など、工房関係の作業ができますけど」
「でもほれ、炉が使えるようになっても、材料とかないだろ?」
「あ、あちらに、各種素材が、大量にあります」
ポメラの提案を受け、今度はニアンから素材が大量にあると言われてしまった。
そのニアンが指し示した方向に、如何にもそれっぽいものが大量に見える。
なんだかなーという気持ちでそちらへ向かうと、様々なインゴットや魔物由来の革や骨などが所狭しと並んでいた。
すると、俺の左手を握るフェイの手に力が篭もったのを感じる。
ふとフェイに視線をやると、目をキラキラさせながらも唇を噛み、顔の上下で真逆の感情を表すという、今まで見たことのないすごい表情をしていた。
「ニアン、俺たちが数時間この場を離れても、火を熾した炉を維持するのは可能か?」
「だ、大丈夫です」
「そうか。じゃあ悪いけど、お願いしてもいいか?」
「は、はい。お任せください」
鍛冶などしたことのない俺だが、炉に火を熾した瞬間から炉が使えるわけではないことくらい知っている。
だがなるべく早くフェイに作業をさせてあげたいと思った俺は、自然とニアンにお願いしていた。
まああれだ、フェイの鍛冶の腕前を確認する意味でも、これは必要なことだし。
心の中で意味のない言い訳をしていると、ニアンが炉に向かって作業を始める。
【
【
「あら? あの子、聖古語を使えるようですね」
意味のわからないニアンの言葉に、フェイが嬉しそうに反応し、リズがその理由を口にしていた。
「なあポメラ、ニアンのあれはどういうことだ?」
「ライアン様から鍛冶について教わっていたようなので、作業に必要な言葉も教えていただいたのだと思いますよ」
「マジで?!」
「え? 多分ですけど」
俺は親父に鍛冶の趣味があることを知らなかった。
それこそ、親父がドワーフ語を使えることなどなおさら知らない。
だというのに、保護した子にドワーフを語を教えて作業を手伝わせていたというのは驚きだ。
もしかして、おふくろがポメラに古代語とか教えてたのって、素質云々じゃなく単に作業を手伝わせるためか?
なんとなくだがそんな気がした俺は、炉のことはニアンに任せ、ポメラにおふくろの研究施設に案内するよう指示をした。
「こちらがレイラ様の研究施設です」
凹型の邸の右側は、ガッツリおふくろの研究施設だった。
「なんでこんなにたくさん釜があるの?」
「レイラ様は各種ポーションのご依頼を受け、それとは別に研究もされていましたので、用途別に釜を増やしておりました。――ちなみに、ここは実作業を行う部屋で、奥の方が研究部屋になっています」
おふくろはスクワッシュ王国時代も研究をしていた。
そして当時の家にも研究室はあったが、こんな壮大な研究室ではなかったのだ。
あの頃は家自体が大きくなかったし、当然なんだけど……って、もしかしてこの邸が大きのは、最初から大きい研究施設を作るつもりだったのか?!
ついでに親父の工房も。
見栄を張らないあの両親が、どうして大きな邸に住んでいたのかわかった気がした。
『ご主人さま、錬成釜がたくさんだよ』
そういえば、フェイは鍛冶だけではなく、ポーションも作れると言っていたのを思い出した。
ということは、この研究施設に興味津々なのも当然なのだろう。
「ポメラはここでおふくろの手伝いをしてたのか?」
「はい。でもあくまでお手伝い程度で、わたしがポーションを作ったりはできません。もう少しで体力回復のポーションは作れそうだったんですけど……」
素質云々はわからないが、とりあえずおふくろがポメラを便利使いしようとしてたのは確かだろう。
「よし、フェイがポーションを作りたいとか言い出す前に、この研究施設から出るとしよ――」
『ご主人さま、まだ奥の部屋を見てないよ? あっちから薬草の匂いがしてるの』
どうやら判断が遅かったようだ。
『最奥には、研究用の薬草などを栽培している場所があります』
『ねーねー、どんな薬草?』
『それはですね――』
なにやらフェイとポメラが古代語で会話を始めてしまった。
『ご主人さま、見たい!』
『だったらポメラと見てこい。俺はリズと他の部屋を見てくるが、それでもいいのか?』
俺と手を繋いでいないと他人と一緒にいられないフェイに対し、俺は少し意地の悪いことを言ってみた。
『わかった。ポメちゃん、奥の部屋いこ』
『あ、はい』
なんとフェイは、俺の手を離すとポメラの手を取り、とてとてと奥の部屋に行ってしまったではないか。
しかもポメラのことを、ポメちゃんなどと親しそうに呼んで……。
「あら? フェイちゃんとポメラちゃんだけで行ってしまいましたが、良かったのですか?」
「俺から離れないと思って、ちょっと意地悪してみたんだが、全然意地悪になってなかったようだ……」
「あらあら~、アレクサンダー様は置いてけぼりにされてしまったのですね。大丈夫ですよ、
「俺はリズのご主人様じゃないんだから、その呼び方は止めてくれ」
リズは本気で言ってるのかもしれないが、どうにも
いや、手を出していいのであれば、俺は全力で手篭めにしてやる。
しかしリズは、それが許されない
おい、ちょっと待て俺!
両親の死を知ってそれほど時間も経ってないっていうのに、何を考えてるんだ!
色ボケした自分の思考が嫌になる。
これは、フェイに置いてけぼりにされたせいか、はたまたリズが冗談抜きで魅力的な女性過ぎるせいなのかわからないが、随分と情緒不安定になってる気がする。
これもまた言い訳か。
いつからか、嫌なことから逃げる癖がついちゃったんだよな。
結局逃げても逃げられないのに……。
「とりあえず、フェイの気が済むまで見学させて、少しここで待っていよう」
「私はまだフェイちゃんのことを深く知りませんが、何も言わなければずっと待ちぼうけをさせられそうな予感がするのですが」
確かに。
「じゃあ適当なところでリズもあっちに行って、切り上げるように誘導してくれないか?」
「アレクサンダー様は行かれないのですか?」
「なんか負けた感じがするから行かない」
「あら? アレクサンダー様は思ったより子どもっぽい方でしたのね」
「うるさい。もういいからリズもあっちへ行け」
「かしこまりました」
子どもっぽい、か。
言われてみれば、昔の俺は”英雄の息子”であろうとするため、負けん気と言うか反骨心があって、それは子どもっぽさそのものだった気がする。
だがいつしかそれはなくなり、貯金をすることだけを考え、他人に反発すことも勝ち負けにこだわることもなくなく、随分とつまらない人間になっていたようだ。
だったら、殻に閉じ篭もって生きてた時間をなかったことにすべく、これからは自分というものを
25にもなって、”失った青春を取り戻す”なんてのは青臭いけど、新天地で人生をやり直すのだから、それもまたいいのかもしれない。
やり直すと言っても、目指すのは淫靡なエロエロスローライフだけどな。
ってかこれって、人前で言えない恥ずかしい目標じゃね?
なんだかいきなり、”誰憚らず”っていう方針からズレたような気が……。
自分らしかぬ青臭いことを考えた俺は、目指す方向があまり人様に言えないことだとだと気づき、軽く頭を抱えてしまう。
そしてそのまま、小1時間以上放置され続ける俺であった。
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