第15話 邸と手入れ担当
「思ってたより大きな邸だな」
「確かにご立派なお邸だと思いますが、”英雄”が住まわれるお邸であれば、少々小さいように思いますが」
冒険者ギルドからそこそこ離れた邸にようやく到着し、外観を見た感想が口から漏れたのだが、リズから否定するような言葉がでてきた。
「”英雄”とは言うけど、両親は貴族と違って見栄を張ったりしないから、家の大きさも寝る場所さえあればいいって感じだったんだよ。だからスクワッシュ王国時代の家も、庭は鍛錬の場でもあったからそこそこ広かったけど、建物は庶民的な大きさだったんだぞ」
むしろ俺の方が見栄っ張りで、親の世話にはならないとか言って、家を出てわざわざ宿屋暮らしをしてたんだよな。
そういえば、親父たちが引っ越した後の王都の家ってどうなってんだろ?
まあ、俺も王国を出たことだし別にどうでもいっか。
『ご主人さま、今日はこのお宿にお泊りするの?』
立ち止まって邸を見上げる俺に、フェイがそんなことを聞いてきた。
『いや、ここは宿屋じゃなくて、今日から俺たちが住む家だ』
『このおっきいお家に住むの?』
『そうだぞ。しかもこの家には、鍛冶の工房があるんだぞ』
『ホント?!』
フェイは、立派な邸で暮らすと言われたことより、工房があることの方が嬉しいようだ。
『ご主人さまご主人さまー、どんな工房どんな工房ぉー? ボクね、早くご主人さまに武具を作ってあげたいの』
『そうか。でもな、俺も初めてきたからよく知らないんだ。とりあえず中に入ってみよう』
『うん!』
驚くほどテンションの上がってフェイに手を引かれ、俺たちは門扉を開いて敷地内に入る。
こざっぱりとした
邸の手入れをしている孤児がいるらしいからな。
勝手に入って泥棒扱いとかされるのは面倒だし。
そんなことを考えながら待つことしばし、ゆっくりと扉が開かれた。
「どちら様ですかー?」
頭の上にある耳をピコピコさせながら、かわいらしい女の子が元気よく現れた。
トーマスから邸にいるのは孤児だと聞いていたが、勝手に想像していたみすぼらし格好ではなく、しっかりメイド服を着ている。
「俺はこの邸の主人……だったライアンとレイラの息子、アレクサンダーだ」
「アレクサンダー様? ……あ、アレックス様ですか?」
「俺を知っているのか?」
「はい。レイラ様からよく聞いていました」
よく聞いてたって、おふくろは何を言ってたんだ?
気になるけど聞きたくない気もする……。
「本当に、ライアン様の蒼い瞳とレイラ様の紅い瞳なんですね。綺麗な瞳です! あ、どうぞお入りください」
なんとなく微妙な気持ちになっていると、女の子は俺の瞳に反応してきた。
今までは瞳のことを言われると嫌な気分になったものだが、”英雄の息子”であろうとすることから逃げたことで、嫌悪感のようなものがなくなっている。
むしろ、瞳の色から想起される”英雄”が亡くなってしまったことで、この瞳が忘れ形見のように思え、その瞳を綺麗だと言われたことが嬉しく思えた。
「どうぞ、こちらにお掛けください」
如何にも”あの両親の家の応接室”といった感じで派手さはなく、応接室らしからぬ無骨さが全面に押し出された部屋に通された。
応接室であろう部屋は、武器や防具がそこかしこに置かれた、一歩間違えば武具屋と言われても違和感のない部屋だ。
「このお部屋は一応応接室なんですけど、来訪者自体が少ないので、もっぱらトムさん……冒険者ギルドで現在のギルマスをしているトーマスさんがいらした際に、ライアン様がご自分の作った品を見せびらかすためのお部屋だったんです」
ソファーに腰掛けた俺が、首を巡らせて物珍しそうに部屋を観察していたからだろう、案内してくれた女の子がそう説明してくれた。
「アレックス様の従者の方も、どうぞお掛けください。今お茶をご用意をしますね」
「いや、彼女は従者では――」
元気な女の子は、俺の話を最後まで聞くことなく部屋から出ていってしまう。
「おいリズ、そんな格好をしてるから従者と間違われてたぞ」
「私はアレクサンダー様のお世話をするのですから、従者で間違いありません」
周囲にそう思われるのが嫌なんだよ!
リズを奴隷にするのが最悪な展開だが、元聖女を従者にしていると周囲に思われるのも、俺としては避けたいのだ。
現状、トーマスがリズを見ても聖女だと分かっていなかったようなので、ルイーネでは”聖女イライザ”の容姿は知られていない可能性がある。
だからといって、ずっとバレないという保証はない。
バレた場合を考えると、”保護していただけ”と言い張れるような関係でいたのだ。
「とりあえず、生活必需品で買わなきゃいけない物を買いに行くとき、リズの服も買い換えるからな」
「私だけですか? フェイちゃんは今のままでいいのですか?」
「フェイは髪の色のこともあるし、当面はこれでもいい。むしろリズの髪が目立たないよう、白とか淡い色の服を着てもらいたい」
親父も白に近い白金色の髪だった。
他にも、白っぽい髪の者がそれなりにいるのは知っている。
しかしリズの新雪のような白い髪、言い換えればスノーホワイトの髪は、どこでもほぼ見かけたことがない。
それだけでも目立つのに、紅というこれまた珍しい色の瞳をしている。
さらにスタイル抜群の超美人だ。
目立つ要素しかないのだから、目立たない大人しい服装にしてもらいたい。
「あれ? メイド服って最適な格好じゃね?」
そんなことを思っていると、さっきの女の子が戻ってきてお茶を配ってくれた。
ついでに、女の子と似た顔の男の子も一緒にいる。
「申し遅れました。わたしはこのお邸のお手入れを担当しているポメラです。それと、この子はわたしと一緒にここを担当している双子の弟です」
「は、はじめまして。ポメラの弟の、ニアンです。よ、よろしく、お願いします」
元気な女の子はポメラ、おどおどした男の子の方は弟のニアン。
メイド服のポメラと違い、ニアンは庭師のような格好をしている。
頭の上にある耳は、姉の方は元気よくピンと立っているが、弟の方はペタンと寝ているので、少しおどおどしている態度と相まって気弱な印象だ。
それでも双子なだけあって、顔立ちや亜麻色の髪色などよく似ている。
「俺はアレクサンダーだ。アレックスと呼んでくれていい。――ふたりは犬獣人かい?」
スクワッシュ王国にも獣人はいたが、絶対数は多くなかった。
そのため、獣人と直接やり取りをする機会は少なかったのだが、行きつけの飲み屋の店員が犬獣人だったのだ。
その店員とこの双子は、なんとなく雰囲気が似ていたので聞いてみた。
「はい」
「この邸の手入れを担当してくれているようだけど、担当は他にもいる?」
「以前は大人の従者がいましたけど、今はわたしとニアンだけです」
あー、そうだよな、家主が亡くなって邸の手入れだけをするだけなら、人数はそんなに要らないもんな。
それからいくつか質問をして、少しだけわかったことがあった。
双子は例のダンジョン発生事件の前から孤児で、たまたまおふくろに保護され、この邸に他の従者と共に住み込みで働いていたそうな。
だがおふくろが亡くなって身寄りが亡くなってしまい、その前に創設された孤児院に預けられたとう。
しかし冒険者ギルドとしては、この邸の維持をしなくてはいけないので、邸をよく知っている双子が担当になったのだとか。
それでも双子は1年後に15歳の成人となるので、孤児院を出て仕事を見つけないといけないらしい。
う~ん、簡単にそのままこの邸で雇うとも言えないんだよな。
孤児院の子なら、手当は屋敷の維持を依頼されてるギルドから支払われてるはず。 しかし卒院生を雇うのとなると、俺が給料支払うことになるのだろう。
それに、フェイの能力やリズが元聖女だったことなど、知られたくない秘密もある。
あ、逆に知らない子の出入りが増えると、秘密を知る可能性がある子が増えるのか?
それだったら、この双子をそのまま雇った方がいい気がするけど……。
でも俺が邸に住むなら、ギルドに依頼している邸の維持の依頼を取り下げて、キャンセル料を払って金を回収して、その金で双子を雇うのもありか?
でもフェイを買ったときみたいに、違約金がアホみたいな設定……ってのはギルドはしないか。
俺はフェイを買ったときの契約が軽くトラウマになっており、契約というのが少しだけ怖くなっていた。
まあ、その辺は追々だな。
とりあえず、色々知ってからじゃないと考えられないし、手始めに邸の中を確認しよう。
あれこれ考えることが増えたが、まずはこれから住む邸の案内をポメラとニアンにお願いした。
「こちらがライアン様の工房ですよ」
凹の形になっているらしい邸の、左側が全てオヤジの工房だったそうな。
「広いな。てか、なんで炉が何種類もあったり、似たような道具がアホみたいにたくさんあるんだ?」
「わたしも疑問に思ってライアン様に聞いたのですが、”作る物によって必要とする炉や道具が違う”だそうですよ」
道具は百歩譲っていいとして、炉はそんなに必要だろうか?
俺も道具の手入れなどで出入りしてた工房の中を見たことがあるが、こんなに多くの炉などなかった。
『ご主人さまー、ここはお父さんの工房と同じくらいすごいよ! ボクの工房はもっとちっちゃくて、道具もこんなにたくさんなかったの! すごいすごーい』
フェイが古代語でなければ会話ができないことを知られたくないため、他人がいる場では、”俺が話しかけなければ話してはいけない”と言ってある……が、俺を心配する時と興奮した時は、俺が話しかけなくてもフェイから話しかけてくることがある。
おもに興奮するのは上手い食べ物に出会った場合なのだが、今はそれを遥かに上回る興奮っぷりだ。
「エルフの従者さんは、やっぱり”古代語”を話すんですね」
はしゃぐフェイを見て、ポメラがそんなことを言ってきたではないか。
フェイのはしゃぎように、意図せず素で頬が緩んでしまった俺は、気を引き締めてポメラに意識を向けた。
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