第14話 癒やしの奴隷
「最初の寄付である、”ライアンが受け取るはずだった報酬を被害者に分配”ってのは問題ない。そもそもライアンに渡す金を、別な所へ分配しただけだからな」
トーマスから出てきたのは、まずは問題ないとの言葉だった。
「寄付なんだから、お金を渡してハイ終了だよね。だから面倒くささなんてないんじゃないの?」
何ら面倒くささはなさそうだが。
「いや、ライアン個人の遺産を、これから行われるダンジョン都市開発に使ってくれと言われた件なんだが、善意の寄付を関係ないことに使われては癪に障るだろうと思って、レイラに開発へ関わる権限や後の利益が供与されるようになっている。というか俺がそうさせた。――で、その権利だが、遺産の相続権があるアレックス、お前に譲渡される」
あ、なんか面倒くさいの意味がわかった気がする。
「俺はそういうの要らないよ」
「そうはいかん。ダンジョン都市というのは、出来上がってしまえばかなりの利益を生む。しかしな、それまでの投資がきつくて簡単にはできないところを、ライアンの遺産で順調に進んでいるんだ。だがな、それらの利権を国や富裕層にだけ握らせると、ダンジョンに潜る冒険者が不利益を被ることになる。そうならないよう、
何かおかしい。
「それ、寄付じゃなくて投資じゃないの?」
俺が10年の冒険者生活をしている中で、利益を生みそうな場所へ金を出し、資産を増やすというのを聞いたことがある。
だがそれにはかなりの資産がなければ無理で、上手くいかないこともあるというので、実際にどれくらいの金の動きがあって利益が生まれるのか俺は知らない。
だが聞く限り、トーマスの話はそんな類に思える。
「俺はレイラの善意を無駄にしてほしくないし、それを勝手に利用されるのは我慢ならん。そしてギルマスとして、冒険者のことも考えなければいけない。だから俺は、これ以上レイラが身銭を切らずに、且つ冒険者を守れる形を作った。儲けることが目的ではない。――ちなみにこれは、レイラも納得していた話だ」
おふくろも納得済みな話なのかよ……。
「そして一番面倒なのは孤児院だ」
「それっておふくろが設立して、冒険者ギルドが運営してるんでしょ? だったら面倒なんて……、もしかして、おふくろが所有してるの?」
「そのとおり」
「マジか……」
クズな思考だが、俺は世話になりにきたのであって、面倒をみるとか責任を取るとか考えてなかった。
そもそも両親が亡くなって遺産がどうこなど考えてなかったのだ、せめて金を譲渡されるくらいであれば、何も考えずに受け取るだけで良かったが、よくわからない権利などが付随しているのは想定外もいいところ。
トーマスが言っている意味と同じかどうか不明だが、これはかなり面倒だ。
「ただ運営するだけであれば、少なくとも10年は問題ない額を預かっている。10歳以上の孤児も、冒険者見習いとしてギルドに貢献しているし、ただただレイラの遺産を食い潰していない」
「それだったら、そのままギルドが所有権を持っちゃえばいいじゃない?」
少なくとも俺が口出しする必要はなくなるし。
それに、俺には口出しできるほどの知識もないしな。
「ギルドが所有するのであれば慈善事業ではなくなり、孤児院が利益を挙げられるようにしなければならない。それはレイラの望みではないことだ」
トムおじさん、おふくろが亡くなってもおくろの意思を尊重してるんだな。
生涯独身を貫いてるみたいだし、おふくろに対する本気度がわかるわ。
「孤児院の権利を手放すってのは無理?」
「好き好んで慈善事業を引き受ける者がいるならかまわん。いるならな」
「うっ……」
「それに、もし引き受け手がいても、レイラが意図していない事態、孤児たちが路頭に迷ったり酷い目にあって不幸になるのであれば、俺はアレックスを許さんぞ」
それって、実質無理ってことだよね?
そもそもおふくろの遺産がなくなったら、俺が孤児院の費用を捻出しなくちゃダメなんじゃね?
いやいや、待て待て。
俺がこの街にきたのは、スローライスするためだぞ。
このままだと必死こいて働かなきゃダメじゃん。
しかも俺は、一般人より少し稼ぎがいいだけのCランク冒険者だし、両親みたいに莫大な報酬がもらえる依頼とかこなせないし。
どうすりゃいいなだよ……。
あまりのことに泣きたくなった俺は俯いてしまう。
すると――
『どうしたのご主人さま?』
癒やしの奴隷がそんな言葉をかけてくれた。
「あっ」
そうだ、フェイに鍛冶屋をやらせようと思ってたんだった!
俺はルイーネで工房を作り、フェイに鍛冶屋をやらせるのが目的の一つだったことを思い出した。
とはいえ、フェイの鍛冶作業は見ていないので、どのくらいの速度でどのくらいの物を作れるのか知らない。
良い物を作れるのは間違いないだろうが、あくまで予想でしかないのだ。
『フェイ、鍛冶で俺を助けてくれるか?』
ちょっと曖昧だが、フェイの意見を聞いてみようと思った。
『うん。ボクは鍛冶が得意だから、ご主人さまの装備を整えて強くしてみせるよ』
『そうじゃないけど……まあいいか』
『ガンバるよ』
期待していた答えではないが、それでも何故か安心できた。
その後、俺が相続するものを伝えられたが、そこそこの現金と邸があるという。
「まあ、あの邸は住みづらいだろうな」
「どうして?」
「ライアンが鍛冶にハマってたのは言ったよな」
「聞いたね」
戦うことにしか興味がないと思ってた親父が、まさか鍛冶にハマってたなんて想像できないけど。
「ライアンはな、邸の大部分を無駄に立派な工房にしちまったんだ。レイラもレイラで何を研究してたんだかわからんが、気づくと研究施設が増えててな、デカイ邸のくせに居住スペースの方が狭くなってる」
これは朗報なのではないだろうか。
おふくろの研究施設は置いといて、親父が工房を作っていたのはありがたい。
まずは工房作りに金と時間がかかると思っていたのに、立派な工房が既にあるというのは助かる。
「邸には一通り生活用品が揃ってると思うが、自分たちで確認して揃えたりする必要があるだろう」
トーマスにそう言われ、今日の話し合いは終了となった。
まだトーマスがドワーフなのか、など聞くべきこともあるが、まずは生活基盤を整えることを優先する。
早速、トーマスに教わった邸に向かう。
邸には担当の孤児がいて、おふくろが亡くなった後も毎日手入れをしているらしいので、邸についての質問はその孤児にしろと言われた。
ちなみに、両親の死が俺に伝わってこなかった理由をトーマスに聞くと、俺が自らこの地に訪れてこない限り伝えるな、というのがおふくろの遺言のようなものだったらしい。
それでも、10年経ってもこなかったら連絡してほしいと言われていたらしく、10年分の邸の手入れなどを前払い依頼でギルドに出してあるとのことだった。
「ライアン様もレイラ様も素晴らしいです」
邸に向かって歩いていると、ギルドでは黙って事の成り行きを見守っていたリズが、今朝までの憔悴が嘘のように活き活き話してきた。
「そしてお二方のご立派な意思を引き継ぐアレクサンダー様もまた、ご立派でございます。微力ながら、私もお手伝いいたしますね」
俺としては引き受けざるを得なかっただけで、両親のような崇高な思いはない。
しかし、リズがフェイと会話ができるのは助かる。
フェイには色々とやってもらわなければならないが、共通語も覚えてもらわなければならない。
その役目をリズに任せられるし、俺は単独行動ができる。
俺の単独行動は、当初のように娼館に行くという目的ではない。
おふくろの残した遺産に手を付けずに生活するために、冒険者として依頼を受けるのが目的だ。
孤児院の経営にどれだけ金が必要がわからないのだから。
俺自身は両親のいる環境で育ったが、俺を育ててくれた両親は共に孤児だった。
そのことから、おふくろは孤児院を設立したのだろう。
そしておふくろをよく知るトーマスは、おふくろの作った孤児院を、おふくろの望む形で存続させたいはず。
他の誰でもない、”英雄の息子”である俺によって。
しかし、収入の軸となるフェイの鍛冶でどれだけ稼げるかは未知数だ。
さらにいつから収益が得られるかわからない。
そのため、できる限り節約し、且つ収入を得なければならないのだ。
ではどうするか?
俺が冒険者として稼働するしかないのだ。
たとえ焼け石に水であっても、俺に可能な稼ぐ手段は冒険者しかないのだから。
まさか”英雄”が余生を過ごしたルイーネで、”英雄の息子”から逃げてきた俺が冒険者生活を送ることになるとはな。
人生は何が起こるかわからない、そんなことを実感しつつ新生活の拠点となる邸に向かう俺の足取りは、憂鬱な気持ちでギルドに向かった今朝と比べて、思いの外軽いものであった。
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