第21話 純朴少女と腹黒美女

「やっぱり、魔導袋は便利ですね」


 市場で買った食料を、フェイから借りた魔導袋へ全て収納すると、ポメラがそんなことを言ってきた。

 と同時に、何が楽しいのか不明だが、ふさふさな尻尾が楽しいそうに揺れている。

 思わず掴みたくなる誘惑に駆られるが、”獣人の耳と尻尾は勝手に触ってはいけない”という話を聞いていたので、俺は好奇心を抑えて意識を会話の内容に戻す。


「やっぱりってことは、ポメラは魔導袋を知ってるのか?」

「わたしは使ったことありませんけど、レイラ様が使っているのを何度も見てましたから」

「それはダンジョン産じゃなくて、おふくろが自作してたのか?」

「持っているのは知ってますが、それはわからないです」


 フェイが魔導袋を作れるのを知るまで、魔導袋はダンジョンで発見される物しか存在しないと思っていた。

 しかし、フェイが作れるのであればおふくろも作れるのでは、と思ったのだが、それを知ったところで意味はないだろう。


「それにしても、街中のことはポメラに任せれば大丈夫だと思ってたのに、ちょっと誤算だったな」

「ごめんなさい……」

「いや、ポメラが悪いわけじゃない。俺が勝手に期待してただけだから」


 ルイーネで生活していたのであれば、ポメラは街のことに詳しいだろうと思っていたところ、道中なんとなく話のネタとして双子の話を聞いたところ、実はそうでないことが判明したのだ。


 双子は物心ついた頃には既に母親がおらず、貧しいながらも父親と双子の親子3人で暮らしていた。

 しかし双子が5歳の頃、何の仕事をしていたか不明な父親が何日も帰ってこず、空腹にさいなまれたポメラはニアンの手を引き、食料を求めて街を彷徨さまよう。

 だが気づくと森の中にいた。

 そんなことも気にせず、見つけた木の実にむしゃぶりついていると、何かに襲われてそのまま意識を失ってしまたのだとか。


 意識を取り戻したのは綺麗な部屋の中。

 珍しく外に出ていたおふくろに助けられたのだという。

 その後、双子の父親は発見されず、そのままおふくろの世話になることに。

 双子は恩人であるおふくろ、そして可愛がってくれる親父に恩返しをしようと尽くす。


 そうして約8年半の間、あの邸で生活していたのだが、逆に邸の敷地外へ出ることはなかったそうだ。

 しかし、おふくろが亡くなって孤児院に預けられるようになり、体感的には初めて邸の外に出た感じだった。

 そのため、双子が知るルイーネの街は、邸と孤児院を行き来する道だけなのだと言う。


「まあ適材適所ってのがあるから、ポメラとニアンには邸の中のことを任せるよ」


 愛嬌のある犬獣人のポメラは、外に出しても恥ずかしくない良い子だが、安全という観点で見れば、どうしても邸内に留めておくのが最善だ。


「そうです。適材適所と言う意味であれば、私は攻撃がからっきしですけど、防御でしたら誰にも負けません。なので、外出時は私がアレクサンダー様をお守りし、お邸はポメラちゃんとニアン君がしっかりお守りするのです」

「はい、リズ様」


 ポメラに話しかけていたのだが、何故かリズが割り込んできて、さらっと自分をアピールしてくる。

 冒険者証をもらえて浮かれているようだが、俺としては喜ばしくない。


「なあリズよ」

「何です?」

「俺はリズを護衛にしたつもりはないぞ」

「いいえ。フェイちゃんは自分の得意な分野でアレクサンダー様をお支えするのですから、私は防御という得意分野でお支えします」


 それは如何なものか。


 リズが王国に追放された話は聞いていたが、王国の結界装置に我関せずだった態度や、トーマスに自分の境遇を語った際の言動を見るに、彼女は王国に対して腹に一物を抱えているように感じる。

 俺も王国ではさげすまれて生きてきたので、気持ちは分からないでもない。……いや、逃げてきた俺とは違い、追い出されたリズの気持ちを俺が分かるなどと、軽々しく言ってはいけないのだろう。

 でもだからこそ、その気持を引きずるのではなく、俺のように忘れるべきだ。

 聞いていた感じだと、王国側はリズに未練がないように思える。

 であれば、俺の危惧していた”リズが要注意人物であること”は、もう考えなくていい気がしなくもない。


 それらを踏まえると、リズは誰憚ることなく、自分の生きたいように生きるべきなのだ。

 冒険者になることが本望であれば、冒険者として生きればいい。

 それも俺と一緒に活動したいと言うのであれば、リズの動き次第だが、俺が行動を共にしてもいいだろう。

 俺が軽々しく約束してしまったのだ、その約束を果たすくらいはまあいい。

 だが、俺を守ることこそが使命のような生き方はダメだ。


 いくらおふくろを崇拝しているとは言え、その息子だからという理由で俺を守る必要はない。

 手持ちがないのであれば俺が融資し、稼げるようになったら返してくれればいいだけのこと。

 むしろ対等な立場でありたい。


 だってそうじゃないと、リズに手を出せねーじゃん!


 リズが要注意人物でなければ、おふくろも亡くなってしまった現状、リズに手を出すことを躊躇ためらう理由はなくなった。

 恩を着せてゲスな感じで迫るのもありだ。

 しかし、俺に対する恩ではなく、おふくろに対する恩で俺に体を差し出されても、それはちょっと違う。


 ハッキリ言ってリズは、エルフにしか興味のなかった俺が物凄く興味を抱くほど超絶美少女でありながら、絶対に抱き心地が良さそうな豊満な体つきをしている。

 抱いていいのなら、四の五の言わずに抱きたい。

 そう思っても、俺には譲れないものがある。


 ”英雄の息子”であることを利用して女を抱かないことだ。


 過去に、”英雄の息子”である俺に取り入ろうとした女はたくさんいた。

 それでも俺は、ゴミみたいなちっぽけなプライドで頑なに拒んだ。

 もし受け入れてしまえば、俺は自力で何もできない、本当に惨めな人間に成り下がってしまうと思ったから……。


 だからこそ、おふくろに恩を感じて俺の従者のような立ち位置に収まろうとするリズの考えを、絶対に改めさせなければいけない。


 まあ、カッコいい決意みたいなのを内心で語ってみたが、ようは気持ち良くをリズを抱きたいだけなんだけどな。


 普通に考えて、リズのような最高級の女性を抱けるなら、抱かない男はいないだろう。

 それを考えると、リズを嫌っていたという王太子の気持ちが分からない。


 俺に何のしがらみもなければ、確実に抱くね。

 それなのに、婚約者だった王太子という奴は……。

 ハッ!

 もしかして王太子は、アッチの気・・・・・があるヤバい奴なのか?

 こんな良い女を我が物にして好き放題できるんだぜ?

 いや、他の女と良い仲だって話だから、それは違うか。

 まあなんにしても、マジで意味わからんわ。


「アレクサンダー様?」

「……な、何だ?」

「急に黙ってしまってしまい、難しい顔や笑顔などコロコロ表情が変わっていたので、どうかしてしまったのかと思いまして」

「…………」


 確かにどうかしていた。

 手を出せないと思っていたリズに、手を出しても大丈夫な可能性が出てきたのだから、むしろどうかせずにはいられなかったのだ。


「いや、ほら、リズは料理が得意だと言ってたのを急に思い出して、どんな料理を食べさせてくれるのか楽しみになってな」


 俺は適当なことを言ってごまかした。


「そう言われてしまうと緊張してしまいますね。ですが、私は食堂の娘でしたので料理は得意です。安心してお任せください。それに聖女時代、”聖女は慎ましくあれ”と言われ、粗末で少量の食事しか与えてもらえず、こっそり自炊していましたので、腕は鈍っていないはずです。食事とも呼べないようなあのような粗末なもの、絶対にアレクサンダー様にはお出ししませんから。――あのような指示を出した王太子は絶対に許さない……」


 適当に振った話題だったが、どうやらリズの地雷だったらしい。

 最後につぶやいた言葉は、聞こえないフリをするべきだろう。


 ってか、リズは王太子にどんだけ嫌われてたんだよ?

 もしかして、王国に仕返しとか考えてないよな?


 やはりリズは要注意人物だ。

 腹に一物を抱えているどころか、腹の中がどす黒い気もしてきた。


 どうやらリズに手を出すことを考えるのは、まだ時期尚早だったらしい。


「と、とりあえず帰ろう」

「ふぇっ!」


 なんとなく焦った俺は、思わず左側にいるポメラの手を握ってしまった。

 いきなり手を握られた彼女は、声にならない声を上げている。

 俺は知らぬ間に、フェイと手を繋いで歩く癖が付いていたようで、焦りのあまり無意識にそうしてしまったっぽい。


「いや、あれだ、ポメラもなんだかんだで街中に慣れていないだろうから、迷子にならないようにだな……」


 思わず言い訳めいたことを口にする俺だが、結局尻すぼみになってしまった。


「アレックス様は優しいんですね。でもわたしは来年で成人しますし、もう子どもじゃないんで大丈夫ですよ」

「そ、そうだな」


 ポメラからやんわりお断りされてしまった。

 が――


「でも、こうして手を繋いで街を歩く機会はないので、今日はこのまま歩いてみたいです」

「し、仕方ないなー」

「あらあら~、ポメラちゃんが羨ましいですわ~」


 上手くこの場を切り抜けられたと思ったら、右側から柔らかい声が聞こえてきたので視線を向けると、笑顔なのにちょっと怖いオーラを発するリズがいた。


 そんな、純朴少女と腹黒美女の対比構造は、リズが元聖女というのが疑わしく思わせるものだ。


「アレクサンダー様の両手を塞いでしまうわけにもいきませんし、私とふたりっきりで街を歩く際は、私とも手を繋いでくださいね。私もルイーネには不慣れですので、迷子になってしまうかもしれませんし」

「ソウデスネ……」


 俺はそれだけ言うと、邸に向けて歩きだした。

 心なし早足で……。

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