第7話 俺の奴隷SUGEEE

 一か八かの賭け。

 それは、オオカミを倒せるかどうかではなく、美人であるか否かの賭けだ。

 もし賭けに勝てば、俺は美人奴隷を手にできるかもしれない。


『頑張ってね、ご主人さま』


 ん、頑張ってねってどういうことだ?


『フェイは戦わないのか?』

『ご主人さまなら、あれくらい簡単でしょ?』


 ちょっと待て。

 あれくらい簡単の根拠はなんだ?

 それから、そんなキラキラした目で俺を見るな。


『なあフェイよ、何を根拠に簡単なんて言うんだ?』

『だってボクが魔術付与した剣があるし、靴に俊敏上昇の付与もしたよ。だから簡単でしょ?』


 確かに、散歩の前にフェイが疲労軽減と俊敏上昇の付与を靴にしてくれたおかげで、俺の移動速度は段違いに上がっている。

 そして手にしているのは切れ味の鋭い剣で、オオカミに触れさえできれば簡単にぶった切れるだろう。

 だからといって、5頭のオオカミを相手に勝つのが簡単だとは思えない。


『フェイが弓で援護してくれるんじゃないのか?』


 フェイは、見た目以上に物が収納できる魔導袋を作れる。

 元々持っていた物は捕まった際に奪われてしまったようだが、取り敢えずの材料でそこそこ・・・・収納力のある物を一つ作っていた。

 その中に、王都で買った矢筒に矢、それから弓が入っている。


 実はこの野生少女、一番得意な攻撃が弓らしい。

 しかし本格的な物を作るには材料と時間が足らず、適当な物を買って試しに撃たせてみたのだが、精度が非常に高いうえに速射ができるのだ。

 本人は、『自分で作った弓ならもっと威力があって、速く正確に撃てるのに』なんて言っていたが、既製品でも十分に速く正確だった。

 だから下手すると、5頭の野生のオオカミ程度であればフェイだけで倒せるかもしれない、などと思っていたくらいだ。

 むしろフェイを当てにして女性を助けることを決めたようなものだ、参戦してもらえないと困る。


『う~ん、あの弓だとあまり威力が出なさそうだから、1頭仕留めるのに5発くらい必要だと思うよ』


 確かにフェイに買ってやった弓矢は、子どもが練習用に使うような物だ。

 小さなフェイに合うサイズの物が、それしかなかったのだから仕方ない。

 だからだろう、フェイは自信なさそうに言うが、1頭に5発必要とはいえ、あの速射なら俺が剣で1頭仕留めるより早い気がするし、援護があれば俺でもギリギリやれる……と思う。


『フェイなら大丈夫だ。な~に、俺がきっちり援護してやるさ』

『ホント? だったらボク頑張る』


 よし、どうにかフェイをその気にさせられたぞ。

 しかも上から目線で、俺の方が援護してやる立場で。


『じゃあ、俺が右手側に攻撃を仕掛けるから、俺の攻撃が当たったらフェイも攻撃を始めてくれ』


 フェイが先に攻撃を仕掛けちゃうと、俺がオオカミに近づく前に警戒されちゃうからな。


『わかったー』


 のんきな返事をよこしたフェイは、いつの間にか弓を手にし、既に矢をつがえていた。


『よし、いくぞ』

『頑張ってご主人さまー』


 こうして、下心満載な美女(願望)救出作戦が始まった。


 さて、フェイには行動開始お伝えるために声をかけたが、得物に向かって「いくぞ!」なんて間抜けな声は出さない。


 無能な”英雄の息子”と呼ばれていた俺だが、平均を上回るCランクの冒険者だ。

 掛け声など、無駄どころか得物に気づかれるリスクしかないのだ、そんな愚を冒すことはない。


 無駄な掛け声など出さない俺だが、内心ではこの勝負もらったな、などと思いながら走り出した。

 その俺は、俊敏上昇の付与がされた靴のおかげで、すさまじい勢いでオオカミに肉薄する。

 しかもオオカミに気づかれておらず、その隙きに俺は下段に構えていた剣をすっと突き出す。


「フンッ!」


 瞬間、僅かに俺の声が漏れてしまう。

 それによりオオカミは俺に気づいたようだが、あまりにも遅い反応だった。


 左を向いていたオオカミが振り返ろうとしているようだが、それより先に剣がオオカミの下腹に触れる。

 それを感じた俺は、突撃の勢いのままに肉に吸い込まれる剣を上方へ切り上げた。

 すると、剣は容易く肉を切り裂く。

 骨に当たると微かに抵抗を感じたが、それでもスムーズに断ち切り、オオカミはあっという間に両断されていた。


 フェイの付与術って、マジですげーな!


 感嘆する俺は、術者であるフェイに意識を向けた。

 するとちょうど矢を射た瞬間だったため、パシュっという音が耳に届き、ついその軌道を目で追ってしまう。

 が、その瞬間にまたもやパシュっという音が耳に届く。

 俺は思わずフェイに視線を戻す。

 すると、間髪入れずに三の矢四の矢と次々に放つフェイ。

 その小さくも凛々しい姿に、自分が見惚れていることに気づいた。


「のんきにしてる場合じゃね―な」


 慌てた俺は数歩先にいるオオカミに意識を向けると、オオカミの方は既に俺に向かって動き出しており、跳躍の姿勢に入ったのが見えた。

 瞬間、俺も横へ軽く飛ぶ。

 そして低い姿勢で宙に浮いているオオカミに対し、俺は横合いから上段に構えていた剣を振り下ろした。

 狙いとは少しズレていたが、剣はオオカミの背に触れる。

 すると、背骨の抵抗を僅かに感じさせるが、それでも構わず振り下ろされた剣は、すっとオオカミを切り裂いた。


――ドサリっ


 両断されたオオカミの屍骸が地に落ちる音を耳にしつつ、俺は次の得物に狙いを定める。

 だがしかし、頼もしい奴隷がキッチリ最後の得物を仕留めた後だった。


「この短時間で15発も撃ったのか?! 俺の奴隷SUGEEE!」


 俺はフェイの有能さに、改めて感嘆した。


 それはそうと、俺は襲われていた女性に目を向ける。

 すると彼女は、まだ蹲ったまま何かを叫んでいた。

 それは即ち、戦闘場面を見ていないことを意味する。

 ならばと、俺はフェイの仕留めたオオカミから矢を抜く。


 それにしてもすげーな。

 全部のオオカミの四肢と眉間に矢が刺さってる。

 威力の弱い弓だからこそ四肢を狙い、動きの悪くなったところで確実に眉間を狙ったんだろうな。


 フェイの凄さを実感しつつも、俺は倒れ伏すオオカミに剣を振り下ろして両断して回った。


「これで全部俺がやっつけたように見えるな」


 そう、これこそが真の作戦、”俺がオオカミを倒して女性を助けて高感度を上げる作戦”だったのだ。


 剣で斬り殺された5頭のオオカミを見た女性は、俺に恩を抱くに違いない。

 そしてきっと、助けられたお礼に体を差し出してくるはず。

 姑息な手段だと思うが、背に腹は代えられないのだ。


『ご主人さま、どうしてわざわざ切ったの?』

『油断禁物だぞフェイ』


 俺の行動を不思議そうに眺めていたフェイが、首をこてりと傾げて問うてきたので、俺は抜いた矢をさり気なく渡し、キリッとした表情を作って答えた。


『もしかしたらまだ生きているかもしれない。それでフェイが怪我してしまう可能性があるんだ。俺はフェイが傷つく姿を見たくないんだよ』

『ボクのためだったんだね。やっぱりご主人さまは優しーなー』


 よし、フェイの高感度を上げつつ、状況は整ったぞ。


 奴隷の手柄を横取りするなどゲスい手段だが、そもそも俺を欲求不満にさせているのはその奴隷だ。

 ならば、溜まった欲望の塊を他所よそで発散するために、手柄をいただくのは問題ない……はず。

 そんな言い訳を誰に伝えるでもなく、そっと心の中で言い張った俺は、賭けの勝敗を確認する。


 頼む、当たりであってくれ!


 俺はゴクリとツバを飲み込み、未だに蹲ったまま叫び続ける女性に声をかける。


「お嬢さん、お怪我はありませんか?」


 俺らしくないが、紳士的な口調を用いてみた。


「誰か―!」

「お嬢さん、もう大丈夫ですよ」

「助けてくださーい!」

「お嬢さ――」

「こないでー!」

「…………」


 会話にならない。


 しかしこの女性、着ている物こそ粗末な貫頭衣だが、両手で覆われたのは新雪のように真っ白で美しい髪だった。

 顔こそ見えていないが、雰囲気は美人そのもの。

 であれば、俄然期待は高まる。


 会話にならないことに少々苛ついた俺だが、心を落ち着けて女性へと手を伸ばす。……が、その手が何かに阻まれた。


「何だ?」


 不思議に思いつつ、俺は再度手を伸ばすが、やはり阻まれてしまう。

 ならばと、場所を変えて手を伸ばしても結果は変わらず。


「どういうことだ?」

『ご主人さまー、多分だけど結界の一種だと思う』


 俺の行動を眺めていたのだろう、奴隷少女がそんな助言をくれた。


『結界の一種で個人的に使るとすれば……障壁の魔術か? 確か、教会に属する神官なんかが使うヤツだよな?』

『人間のことはよくわからないけど、お母さんの使う結界の簡易版みたいなもんだと思うよ。ボクは使えないけど』

『なるほどな』


 修行と称して、冒険者と行動する教会関係者はいる。

 修道女などは回復をしてくれる有り難い存在だが、中には障壁でパーティを守ってくれる者がいるのを知っているし、俺も助けられたことがある。

 なので、言われてみれば納得の現象だった。


『フェイはその障壁を破れたりするのか?』

『お母さんの結界が綻んでなければどうにもできなかったから、障壁もどうにもできないと思うな。でもね、ずっと張り続けられないと思うから、効果が切れるのを待てばいいと思うよ』

『どのくらいで切れる?』

『う~ん、お母さんの結界は月に一度くらいの頻度で掛け直してたと思う』

『…………』


 エルフという規格外の存在をを基準に考えても、まったく参考にならない。

 はてさてどうしよう、そう頭を悩ませていると、叫び続けていた女性が声を発していないことに気づいた。


 意識を女性に向けると、彼女は四つん這いのまま顔だけ上げ、キョロキョロと周囲を見回している。


「お嬢さん、お怪我はありませんか?」


 俺はここぞとばかりに声をかけた。

 そして勝利を確信する。


 めっちゃ美人だ!


 美人であることが当然なエルフとも違う、可愛らしさを含んだ美人がそこにいたのだ、これを勝利と言わずしてなんと言う。


「……も、もしかして、貴方はアレクサンダー様ですか?」

「――!」


 なんで俺を知ってる?!

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