第6話 奴隷とお散歩

『フェイ、明日はいよいよ目的地の都市国家ルイーネだ』

『う~ん……』

『どうした?』

『ご主人さまは、本当によかったの?』


 いよいよスクワッシュ王国最後の街に到着した俺たちは、宿で湯浴みも飯も済ませて後は寝るだけになっていた。

 そして、明日で旅が終わることをフェイに告げたのだが、意味不明はことを問いかけられてしまう。


『何がだ?』

『ご主人さまは、生まれてからず~っと王都って街で暮らしてたんでしょ?』

『そうだな』


 俺は”英雄の息子”として王都で生まれ、”英雄の息子”として期待され、”英雄の息子”と嘲笑ちょうしょうされてきた。


『生まれ育った街を出るのは寂しくないの? ボクはたまたま出ちゃったけど、寂しかったよ。――あ、でもでも、今はご主人さまがいるから寂しくないよ』


 フェイは俺に気を遣ったのか本心か分からないけれど、随分と良い笑顔で嬉しいことを言ってくれた。


『俺とフェイでは意味合いが違うからな。それに俺は、王都を拠点にしてても冒険者の仕事であちこち行ってるから、別に離れるのは寂しくないぞ』


 むしろバカにされ、媚びへつらってまでして王都で冒険者を続けなくていいと思ったら、ものすごく気持ちが楽になった。

 今となっては、なんでもっと早くこうしなかったのかと後悔しているくらいだ。

 とはいえ、その惨めな生活をしていたからこそ、こうしてフェイを買うこともできたし貯金もできた。

 感謝をする気にはなれないが、無駄な時間だったとも思わない。


 そんな感情を全てひっくるめて、”清々した”というのが本心で、心が何かから解き放たれたように軽く感じている。


『それに奴隷市場が近くにあると、フェイが不安になるだろ?』

『…………』


 フェイはあからさまに顔をしかめた。


『俺はフェイに悲しい想いはさせたくないんだ。それと、王都だと工房を作ったり設備を揃えるのに金がかかるから、フェイの工房を用意できないんだ。不甲斐ない主人で悪いな』


 これは方便だ。

 ずるいかもしれないが、フェイが成長して美味しくいただくまでに、少しでも俺を良い人間だと思わせる。

 謂わばこれは、刷り込みのようなものだった。


『ご主人さまー、ボクのためにありがとー。ボクね、ご主人さまのために一生懸命頑張るよ』

『頑張る必要はないさ。フェイはフェイらしく、自由にのびのびするといい。といっても、人様に迷惑をかけたりしないよう、人間の生活もしっかり覚えるようにな』

『うん、覚えるー』


 とりあえず、フェイには共通語を覚えてもらわなければならない。

 フェイと会話ができるのが、”古代語を話せる俺だけ”という利点を失ってしまうが、別行動ができない欠点の方が大きいのだ。


『ご主人さま、ボク眠くなってきた』

『先に寝ていいぞ』

『うぅ~、頭なでなでしてほしい……』

『…………』


 フェイは寝るとき、いつも全裸・・だった母親と一緒に全裸・・で寝ていたらしく、無意識に脱いでしまうのだという。

 しかも捕まってからずっと孤独だったため、独り寝は寂しかったようだ。

 そして俺は俺で、何も気にせずフェイと一緒に寝ていたものだから、一緒に寝るのが当たり前になっている。

 しかし、それは俺にとってかなり拙かった。


 全裸だし……。


 フェイをエルフとして見れば、随分と肉付きが良い。

 身長こそドワーフのようなものだが、実際は小さくて肉付きの良いエルフだ。

 何気なく触れるとすべすべの肌や、ぷにぷにした肉感が触り心地良い。

 あどけない顔を見なければ、十分イケると思えてしまう。


 だがまだダメだ!


 フェイをドワーフとして見れば、既に成人しているから合法なのかもしれない。

 しかし、エルフとしてみればまだ未成年だ。

 人族以外の、所謂”亜人種”や”亜人族”に対する法律がどうなっているのか知らないが、危険な橋を渡りたくない。

 それ以前に、見てくれが人間の未成年と変わらないのだから、さすがにそんな子に手を出すのははばかられる。

 だからこそ、もう数年は我慢すると自分で決めたのだ。


 それでも、一緒に寝てると理性が……。


 そこで共通語を覚えてもらうことが重要になる。

 俺はエルフ以外の女を抱く気はないが、俺を天国に導いてくれるのであれば、エルフにこだわる必要はないと感じてきていた。

 毒が溜まっても、発散できないことで気づいたのだ。


 やっぱ毒抜きは必要だよな。


 なんといっても、既に暴発寸前なのだから。

 となると、娼館に行くのもやぶさかではない。

 そのためには、フェイが他の人と会話ができるようになるのは必須と言えよう。

 信用できる誰かにフェイを預け、その間に娼館に行けるのだ。


 エロいことをするために奴隷を買ったのに、娼館に行くことを考えなきゃいけないって、本末転倒すぎるだろ……。


 そんなことを考えながらフェイの頭をなでていると、彼女はいつの間にか寝息を立てていた。

 そして俺は違うモノを立てている。


「どこかに格安の成人エルフ奴隷が売ってねーかなー。いや、もはや人間でもいいから、エロいことをさせてくれる女が落ちてたり……する訳ねーよな」


 そんな不毛なことをごちりながら、俺は体をくの字にして眠りに就いた。


 ◇


「申し訳ない」


 一夜明けて、ルイーネ行きの馬車乗り場に着くと、馬車の故障で今日の便は出せないと言われた。

 しかも次の便の出発は3日後だと言う。

 もし急ぐのであれば、徒歩でも閉門前には着くだろうとのこと。


 今回の旅は急ぎではないものの、3日も足止めを食らうのは何か嫌だ。


『馬車が動かせないらしいから、歩いて行こうと思う。夕方まで歩くことになるが、フェイは大丈夫か?』

『お散歩だね。最近はお散歩してなかったから楽しみ』


 そういえばそうだった。

 フェイは人間の12歳ほどの見た目だが、31歳のツヴェルゲルフェンなんていう珍しい種族の野生児なのだ。

 半日程度の徒歩は散歩の範疇なのだろう。


 念の為に保存食を買い足し、俺とフェイは散歩に出かけた。


 なかなか良いペースで進めていたが、小腹がすいたので街道脇に避けて昼食をとることに。

 食べ終わってから軽い食休みを済ませ、そろそろ出発しようとしたそのとき、一台の馬車が目の前を通過して行った。


『あれ? ご主人さま、馬車が走ってるよ』

『そうだな』


 とは言うものも、今しがた通過した馬車は俺たちが使うような乗合馬車ではなく、貴族や富豪が乗るような立派な箱馬車だ。


『馬車から流れる景色を見るのもいいけど、こうやってご主人さまとお散歩も楽しいね』


 移動を再開して少ししたところで、フェイは繋いだ手を軽く引き、面々の笑みを浮かべてそんなことを言ってきた。

 俺としては徒歩移動など面倒なのだが、森育ちの少女は心底楽しそうだ。


 そんなこんなで移動再開から然程の時間も経っていないが、前方に馬車が止まっているのが見えた。

 あれは、つい先ほど俺たちが見かけた馬車だ。

 見たところ馬車が故障したようで、今は修復作業をしているっぽい。


『フェイ、ちょっと森の中に入って移動しよう』

『どうして?』

『強い日差しでフェイの肌が焼けてきてるだろ? だから木陰を歩きたいんだ』

『ホントだ、肌がちょっと赤くなってる。ご主人さまは優しいね』


 実際は、馬車に乗っているであろう貴族か富豪にフェイを見られたくないだけだ。

 この街道を利用しているということは、都市国家ルイーネの街で顔を合わせる可能性がある。

 そんな連中に顔を覚えられるのは、百害あって一利無し。


 しかし馬車が去るまで待っていては、ルイーネが開門している時間に到着できない可能性もある。

 ならば馬車に接触しない距離で移動した方が良い、そう判断した。


 だがしかし、この判断は失敗だったようだ。


『ご主人さま、何を言ってるかボクにはわかんないけど、人が叫びながら走っていくよ。何かから逃げてるっぽいね』


 街道脇の森を歩いていると、野生児がそう告げてくる。

 俺にはちっとも聞こえていないのに。

 あの長い耳は、単に長いだけでなく実用性もあるようだ。

 そんなことを考えていると、俺の耳にものっぴきならない声が聞こえてきた。


「ここは街と街の間の中途半端な場所。近くには馬車が止まっている。この状況からして、逃げてるのは馬車関連の人物だよな。となると……」


 積極的に関わる必要ない、そう判断した俺は、俺の手を引いて早足で先を行くフェイの手を引き、止まるよう指示した。


『どうしたのご主人さま? 急がないと女の人が大変だよ』


 ん、どういうことだ?


『おいフェイ、女の人ってなんだ?』

『さっきの叫び声とは別に、女の人間っぽい声があっちから聞こえてるの』


 フェイは口調こそのんきなものだが、出てきた言葉はとても不穏なものだった。


『フェイ、声の聞こえる方に行ってくれ』

『わかったー』


 悲鳴を上げている女性というのは、状況からして馬車に関係する人物だろう。

 万全を期するのであれば、そちらも関わらないほうが得策だ。

 だがしかし、その女性が美人だったらどうだ?

 助けたことをきっかけにして、エロい関係になれるかもしれないじゃないか。


 ブサイクだったら……、見なかったことにしよう……。


 下心満載で足を進めていると、5頭のオオカミが視界に入った。

 大きさからすると、魔物のウルフ系ではなく野生のオオカミだろう。


 それにしても動きが不自然だな。


 オオカミは方々から飛びかかっているのだが、いずれも壁に弾かれるような動きをしているのだ。

 その空間に壁など存在していないのに。


『ほらご主人さま、オオカミの真ん中に誰かいるよ』


 フェイにそう言われ、俺は意識をオオカミが囲っている中心に向けた。


「誰かいませんかー。助けてくださーい」


 姿を認識したことで、ようやく俺の耳にも助けを求める声が届いた。

 声の主は、大きめの麻袋に穴を開けたようなみすぼらしい貫頭衣をまとった人物で、頭を抱えてうずくまっている。

 格好からして奴隷だろうか?

 顔が見れないので女性かどうかわからないが、声が美しいので女性に違いない。


「顔が見えないのは残念だが、声の質からして美人の可能性が高い」

『ん?』

『よし、助けるぞ』


 俺は一か八かの賭けに出た。

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