第5話 英雄の名を使う英雄の息子
『あれ、そういえば今のフェイって、魔術が使えないままなのか?』
『うん、捕まってからずっと使えないの』
「ってことは、あの奴隷商が何らかの封印術を施してるのかもな」
『え、何?』
嫌な予感がし、そのことに対する答えは予想通り悪いものだった。
そのため、思わず共通語を口にしてしまい、フェイがキョトン顔になっている。
『よし、昨日までフェイがいた奴隷市場に行くぞ』
『――! も、もしかして、ボクをまたあそこに、も、戻す、の?』
フェイの能力が制限されていると、せっかくの力が発揮できない。
かといって奴隷契約を解除してしまえば、フェイは自由の身になってしまう。
ゲスな考えだが、金貨40枚を払ったのにそれが無駄金になるのは、ちょっと納得できないのだ。
であれば、奴隷契約はそのままに、魔術を使えなくしている術だけを解除してもらうに限る。
『大丈夫、俺はフェイのご主人様だからな』
『ご主人さま?』
『そう。フェイはわかっていないだろうけど、俺はフェイを俺の傍に置いておく権利をもらったんだ。代わりにフェイは、俺の役に立つ役目を与えられたんだぞ』
奴隷と言っても意味がわからないだろうと思い、噛み砕いて説明してみた。
『う~ん……わかった。ボクはご主人さまのお手伝いをすればいいんだね?』
フェイはなんとなく理解してくれたようだ。
『まあそうだな』
『だったらボクは、ご主人さまのために何でもするよ!』
ん? 今なんでもって……。
『……だからご主人さま、ボクをジメジメした暗い部屋に戻さないでね。ボクとお話できる人はご主人さましかいないの……。もう独りぼっちは嫌だよー』
翠の瞳を潤ませたフェイは、強く懇願してきた。
黒髪がもじゃもじゃしているのを除けば、フェイはかわいい女の子に見えなくなはい。――エロいことをする気にはならないが……。
そんな子が涙混じりに懇願してきたのを、無下に断れるわけがない。
『独りぼっちになんてさせないから安心しろ』
『ありがとーご主人さま』
どうやらフェイは、喜怒哀楽が表情に出やすいようで、さっきまでシュンとしていたのに今は満面の笑みを浮かべている。
変な心理戦をしなくても大丈夫なようで、少しばかり安心した。
その後、まだ途中だった朝食をゆっくり食べ終える。
フェイは食べ終えても物足りなさそうだったが、用が済んだら外で買い食いでもしようと心の中にメモをし、のんびり奴隷市場へ向かった。
◇
「これはこれはアレックスさん、如何いたしました? ああ、返品交渉には応じませんよ」
奴隷市場に着くと番頭がおり、昨日と同じ応接室に通される。
遅れてやってきた奴隷商は、ちらりとフェイに視線を向けると商人らしい貼り付けたような笑みで、先制攻撃のような言葉を発してきた。
「この子が魔術を使えないように、何らかの術を施してあるだろ?」
「魔術に長けたエルフであれば、魔封じを施しておくのは当然でございます。しかも、会話ができないのであれば尚のこと」
確かに、魔術が使える者をそのままにしておくのは、素人でも危険だとわかる。
特にエルフは魔術が得意な種族として有名だし、奴隷として売買される場合は、戦闘用ではなく愛玩用であることが殆どで、魔術が使えなくても問題ないのだろう。
だから奴隷商の言うことがもっともなのはわかる。
しかし――
「俺はこの子を戦闘用として使うつもりだ」
「隷属術で縛ってあるので、主人であるアレックスさんに攻撃はできません。しかし会話ができないのですから、奴隷が許可なく街の中で魔術を使う恐れがございます。そうなると、主人であるアレックスさんの責任になってしまいますよ?」
そういえば、奴隷のやったことは主人の責任になるんだったな。
でも問題ない。
「それなら大丈夫だ。俺が”英雄の息子”ってのは知ってるだろ?」
「ええまぁ……」
奴隷商の答えは歯切れの悪いものだった。
それもそうだろう、”英雄の息子”というのは
「実は前々からエルフの奴隷を買う気でいたから、”魔導姫”である母から、エルフを戦闘用に使役するための魔道具をもらってある。その辺の心配は不要だ」
そんな物は用意してない。
使いたくないが、おふくろの名を出す方が手っ取り早いから使わせてもらった。
「英雄である魔導姫様の魔道具でございますか。それであれば安心でございますね」
英雄の息子は安心できないが、英雄である魔導姫の魔道具なら安心か。
まあ、それが世間の評価だよな。
そんなやり取りをし、無事にフェイの魔封じは取り消された。
「しつこいようでございますが、奴隷が問題を起こさないようにお気をつけください。また、今後の出来事に関しまして当商会は無関係でございますので、ご理解のほど、よろしくお願い申し上げます」
「わかった」
奴隷商に念を押されたが、俺は軽く答えてその場を後にした。
むしろ、フェイの有能さに気づいて取り返そうとするかもしれないのだ、俺の方こそ二度と関わる気はない。
「さっそくフェイの魔術を確認したいが、取り敢えずは買い食いだな」
出店の立ち並ぶ公園で、食欲をそそる匂いが立ち込めているため、俺の手を握るフェイが何度も立ち止まっていたのだ。
『フェイ、何か食べたい物はあるか?』
俺はかがんで、頭ふたつ分ほど低いフェイの視線に合わせて問うた。
『食べていいの?』
『ああ、好きなだけ食べろ』
『ありがとーご主人さま』
満面の笑みを浮かべるフェイを見て、俺は無意識に彼女の黒くてもじゃもじゃな頭を撫でていた。
『うふふぅー。ご主人さま、ボクはあれを食べてみたいの』
満足気に目を細めたフェイは、こっちこっちと手を引っ張る。
小さな女の子に連行される俺は、『こんなのもいいな』という、初めての感情を抱きつつ、朗らかな気持ちでフェイについて行った。
◇
『ご主人さまー、景色が流れていく馬車は楽しいね』
馬車に乗ってゴトゴト揺れるのを感じた際は、囚われた時のことを思い出したらしく、顔色が悪くなっていたフェイだが、しばらく揺られ続けている間に慣れたようで、今ではすっかりごきげんだ。
とはいえ、かれこれ10日も馬車に揺られているのだ、俺は少しも楽しくない。
それはさておき、どうして俺たちが馬車に乗っているのかと言うと、今まで住んでいた王都から拠点を変えることにしたからに他ならない。
まずフェイの魔封じが解かれた後、切れ味の鈍った俺の剣に、得意だという付与術を施してもらった。
その剣を近くにあったそこそこ太い木に向かって振ると、驚くほどスムーズに切り倒せてしまったのだ。
魔術付与された品というのは、様々な物が集まる王都ではそれなりに出回っているが、質はピンきりだ
つい先日も、たまたま何らかの付与を施されたナイフで試し切りを披露していたのを見た。
その切れ味はナイフの粋をはるかに超えており、刀身が短いにも拘わらず、斧で何度も叩いて薙ぎ倒すような木を、たったの一太刀で切り倒したのだから驚きだ。
英雄であり剣鬼と呼ばれた親父であっても、ただのナイフであの木を一太刀で倒すのは無理だろう。――いや、あの親父ならできそうな気が……。
なんにしても、あれは上級の何かが付与された逸品だったに違いない。
当たりの魔術付与は本当にすごいと思った。
しかしあれもすごかったが、今目の前で起こった出来事もすごい。
俺の使い古された剣が、あのナイフのようにスパッと木を切り倒してみせたものだから、驚きを通り越して俺の心臓はバクバクしてしまった。
俺の奴隷、恐るべし!
フェイが得意だという鍛冶は、さすがに設備がないので確認できなかったが、付与術の凄さを体感してしまえば、確認するまでもないと思えた。
そして確信した、あのナイフはフェイが囚われた際に没収された武器だと。
さらに、フェイの付与術は知られてはいけないとも。
これが王都を出る根拠の一つだが、もう一つ理由がある。
フェイに湯浴みをさせて髪もゴシゴシ洗ってやり、髪を梳きながらしっかり乾かしてあげたら、カリフラワーのようなもじゃもじゃではなく、どこぞのお嬢様かと見紛う程ふんわりとしたゆるふわな髪型になった。
しかも思いの外髪が長く、背中の中程まで伸びている。
その姿から元の野暮ったさは感じられず、驚くほどかわいらしい美少女に変身したのだ。
さすがに子どもっぽい体型や、少し下膨れした幼い顔立ちは変わらないので、エロいことをする気にはならなかったが、数年先が楽しみだと思えた。
そうなるとフェイの成長を待っている間、俺をバカにする連中しかいない王都で過ごし、今までのように媚びへつらって生活するのがアホらしく思えてきたのは至極当然。
今の俺は、働かなくても生活できる十分な貯金もある。
であれば、フェイを隠匿する意味も込めて、王都を出てのんびり生活するのが一番だと結論づけた。
とはいえ、俺の両親は冒険者を引退した今でも有名過ぎる。
その息子である俺も、悪い意味で有名だ。
きっと王国のどこへ行っても、俺はひっそりとした生活ができないだろう。
ならば逆転の発想で、俺が親元で暮せばいいという結論に至った。
ちなみに親父は、俺が冒険者としてデビューして1年は一緒に活動していたが、その後はおふくろと一緒に生まれ育ったスクワッシュ王国を出て、都市国家ルイーネという街というか国で暮らしている。
なので、外国であれば俺の悪い噂も少ないのではないか、という打算もあった。
そんな訳で、今は都市国家ルイーネに向かう馬車に乗っている。
奴隷少女も楽しんでいるようなので、この決断は間違っていなかったようだ。
そして今日で、王国内の移動が終わる。
明日はいよいよ、目的地である都市国家ルイーネに入れる予定だ。
両親と顔を合わせたくないのだが、それは避けて通れない。
自分で両親の家に行くと決めながら、いざ再会が近づいてくると”会いたくない”と思ってしまい、気分が盛り下がってしまう。
だが後に、この感情を後悔することになるとは、微塵にも思っていない俺なのであった。
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