第4話 格安良品奴隷
『うん、お母さんはエルフだよ。でもね、お父さんはツヴェルクだよ』
何を言ってるんだ?
『ん? ボク何かおかしなこと言った?』
しばし思考が停止した俺だったが、フェイに話しかけられたことで再起動した。
そう言えば、おふくろに教わった中にツヴェルクって言葉があったな。
確か……ああ、ドワーフのことか!
ようやく意味がわかったが、それでも意味がわからない。
『フェイは、エルフとドワーフ……じゃなくて、ツヴェルクのハーフってこと?』
『ハーフとよくわからないけど、ボクはお父さんとお母さんの子どもなのに、ツヴェルゲルフェンっていう別の種族なんだって。それでね、ツヴェルクの村もエルフの村も、どっちにも戻れないって言ってたよ。だからボクは、お父さんとお母さんと三人で暮らしてたの』
ドワーフとエルフが仲悪いって噂は本当だったんだ。
だから、ドワーフとエルフのハーフであるフェイが生まれて、両親はそれぞれの村とは別の場所で家族だけで生活してたんだな。
いや、そもそも結ばれてはいけない種族同士の恋愛だったから、フェイが生まれる前から誰もいない土地で暮らしていたのか?
そうだとすれば、なかなか凄いじゃないか。
俺は自分の生い立ちを障害と言って良いのかわからないが、乗り越えることができなかった。
だからこそ、障害を乗り越えたフェイの両親を素直に尊敬できるし、正直に凄いと称賛できる。
それはそうと、ドワーフも人間の半分くらいの成長速度で、30歳で成人になるけど身長は人間の10歳くらい――約140cm――って話だったよな。
確か60歳くらいまでそのままの速度で成長するけど、身長はほとんど伸びず、それ以降は100年くらいかけて緩やかに老化するとかなんとか……。
ん? ドワーフの父からすると、フェイは1年前に成人してる。
エルフの母からすると、1年前の時点でフェイの成人まで後10年と言った。
つまり、フェイはこんな幼い容姿だけど去年30歳……今はもう31歳ってことか。
俺より6歳も年上じゃねーか!
思わぬ事実に衝撃を受けたが、俺はまだフェイのことを全然わかっていない。
なにより、何故この子が奴隷になってしまったのか、そのことを知っておきたいし、知っておくべきだ。
『ところで、どうしてフェイは捕まったんだ?』
俺の質問に対し、フェイは淡々と語った。
彼女は両親から様々な手ほどきを受けたが、基本を教わった以降はほぼ放置されていたようで、独学に近い形で魔術や鍛冶の技術を磨いていたらしい。
なんでも、父親は鍛冶に没頭しすぎる人物で、とにかく鍛冶・鍛冶・鍛冶の生活をしていていて、フェイのことを構うことはほぼなかったようだ。
一方の母親はとにかくぐーたらで、狩りやら結界の管理など必要最低限のことをやって、それ以外はひたすら寝ていたとのこと。
そんな家庭環境もあって、フェイは自分のことは自分でするのが当然と思って生活していた。
特に鍛冶と付与が得意で、自作の道具に様々な付与を施すようになったのだとか。
で、ある日フェイは、素材の採取に出かける。
父母は何も言わない。
しかし、気付いたら結界の外に出てしまっていたらしい。
当然のことながら、日帰りのつもりだったので野営の準備などしておらず、結界の外で夜を明かすことになる。
その後数日間、結界内に戻れずフラフラと森を
元々持っていた武器などは没収され、何か術を施されていたのか不明だが、魔術も使えず抵抗できない。
その後は暗幕が張られた檻に入れられ、揺れる馬車で何日もゴトゴトと運ばれ続けたようだ。
そして気づいたらジメジメした暗室に閉じ込められ、よく分からない言葉でいろいろ言われ、道中でもそうだったように、訳も分からず殴られていたのだとか。
そして突然、明るい部屋に連れてこられたと思ったら、俺と一緒に行動していた。
ということらしい。
『その結界ってのは、フェイは出入り自由だったのか?』
『違うよ。いつもは結界が壁になってて、ボクはそこから出ることはなかったの。でもあの日は、壁を感じることがなかったかな? もしかすると、お母さんが昼寝ばかりしてて、結界の補強をしてなくて
たまたまタイミングが悪かったのだろう。
実に不運な子だ。
『両親の住んでる場所は?』
『結界の中だけで生活してたから、どこだか知らないの』
『じゃあ、どっち方面からどのくらいの時間をかけてここまできたとかは?』
『全然わからないし覚えてない』
これでは両親の元に返すのは難しそうだ。
ワンチャン、親から金を回収できないか考えたのだが……。
『両親の元へ帰りたいか?』
奴隷に自由意志などないし、そもそもフェイは自分の住んでいた場所もわかっていない。
それでも確認だけはしておこうと思った。
『お父さんとお母さんに会いたいけど、初めて結界の外に出たから、外の生活にも興味があるの。でも、お話できる人がいないのは寂しい……』
『俺がいるだろ?』
『うん、そうだね! ねーねー、ボクとずっと一緒にいてくれる?』
『当然だろ』
俺とお前は主従契約で結ばれてるんでから、などと無粋なことは言わない。
『だったら今は帰るより、外の世界を見たい気持ちの方が大きいな。どうせ帰っても、お父さんは鍛冶ばっかでお母さんは昼寝ばっかりしてるだろうし』
『そうか。じゃあ、しばらく外の世界を楽しむといい』
とりあえず、本人の気持ちを遵守できそうだ。
『そういえば、鍛冶と付与が得意なのか?』
『うん。お父さんにはまだまだ敵わないけど、作るのは得意だよ。お父さんに見込みがあるって褒められたんだぁ~』
フェイは31歳であっても、中身は見た目どおり人間の12歳――145cm弱――くらいの子と変わらないのかもしれない。
『魔術はね、戦闘系はあまり教わってないけど、作った物にあれこれ付与したり、ポーションとか作るのは得意だよ。お母さんにも褒められたんだ』
ドワーフの父にエルフの母というツヴェルゲルフェンという種族は、もしかして両種族の良い所取りした種族なのか?
それに、出自を知ったおかげで、フェイの容姿がエルフとドワーフの中間的なことに納得できた。
ドワーフは黒や茶などの暗い髪色で、波打った髪質だから、それを受け継いだに違いない。――いや、カリフラワーのような頭は、波打った髪質の粋をはるかに超えているけど。
で、翡翠のような綺麗な
身長は、ドワーフにしては高いがエルフにしては低い。
ぽっちゃりした体型も、ドワーフほどでっぷりしていない。
むしろほぼまっ平らなエルフの胸とは違い、幼い体付きながらも、フェイにはほんのり膨らみがある。
顔も純粋なエルフに比べれば見劣りするが、割と可愛いらしい部類だ。
もしかすると、金貨40枚はお買い得だったかもしれん。
31歳がエルフでは未成年であることを考えれば、まだ成長の余地がある。
ならば、数年我慢すればしっかり成長してくれるはず。
いや、ドワーフとエルフの中間的なことに主観を置けば、フェイは35歳で成人となり、円熟期を迎えるだろう。
そうすれば、フェイが俺を天国に導いてくれるかもしれないし、否が応にも期待は高まる。
後4年は少々長いが、どうせすぐに奴隷を買う気はなかったのだから、天国はお楽しみとしてとっておいて、フェイの能力を見極めながら田舎でのんびりするのもいいかも。
むしろ、フェイに鍛冶屋をやらせてみるか?
不良品の在庫を買わされたと思っていたが、とんでもない良品を格安で入手できたとわかり、俺の夢は広がりまくった。
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