第3話 不良在庫奴隷

「――んがぁ……体がバキバキするし、頭もいてー」


 何故か床で寝ていた俺は、強張こわばった体をほぐしながらこめかみを抑える。


「俺はなんでこんな場所で――」


 ここは俺が借りている宿屋の自室だということはわかっているが、床で寝ていた理由を思い出せない。


「これが二日酔いってヤツか? 軽く気持ち悪いのはどうになかなるとして、頭痛が治まらん。ベッドでもう一眠りしよう」


 よっこらせっと立ち上がった俺は、ふらつく足でベッドへ向かい、布団の中に潜り込んだ。

 すると――


「だ、誰だお前?」


 見知らぬ少女が全裸で眠っていたのだ。


「もしかして、酔った勢いで誘拐したのか? いやいや、それはない」


 自分の行動に自信のなかった俺だが、さすがに誘拐などするはずがない。

 しかし、見知らぬ少女が俺の布団で寝ているのは事実。

 もしかすると、俺の中に眠っていた性獣が酒の力で解き放たれ、誘拐をしてしまった可能性も……。


 恐ろしい考えが頭をよぎったことで、俺は本気で自分の記憶を折掘り起こすことにした。

 そして飛び飛びながら思い出された記憶を繋いでいき、一つの結論に至った。


「俺がこの子を買ったんだ。しかも金貨40枚も払って……」


 一般人の年収が金貨1枚ちょっとと言われているご時世に、こんなエルフもどきの子どもに金貨40枚を払ってしまったことに気づき、俺は大いに肩を落とした。


 確かにCランク冒険者であれば、一般人や低位の冒険者より稼ぎは多い。

 それでも武具の整備やポーションの購入など細かな出費も多く、金貨40枚が楽に稼げたわけではないのだ。


 俺の中に沸々と怒りが込み上げてくる。

 怒りのぶつけ先は、あんな権利をよこしてきたデニスか、はたまた不良在庫を売りつけてきた奴隷商か。

 多分どちらも違う。

 結局の所、酒の所為せいで判断力が鈍っていたとはいえ、買ってしまった自分自身が悪いのだ。

 そう思うと、自分のバカさ加減が嫌になる。


 やるせない気持ちをどう昇華させようか迷ってると、寝返りを打った少女の顔が目に入った。


「はぁ~、まだまだ幼い顔つきで野暮ったさはあるけど、寝顔そのものはなんとなく可愛いらしいな」


 まだハッキリと確認していなかった奴隷少女の顔を至近距離で確かめると、エルフの片鱗とでも言うべきか、この少女が可愛らしいことに気づいた。


「それにしても黒髪ってのは、やっぱエルフらしくないよな。しかもかなりもじゃもじゃした髪質だし。ってか、”波打った髪質”のレベルを大幅に越してるぞ」


 幼いながらも可愛らしい顔つきだったことにホッとしたが、カリフラワーのようなもじゃもじゃした髪は受け入れ難い。

 そして、おふくろを思い起こさせる黒髪もだ。

 別段おふくろを嫌っている訳ではないが、どうにも苦手意識があり、良い感情が持てない。


 そんなことを思いつつ、なんとなく奴隷少女の顔を眺めていると、少女の目から一筋の雫がこぼれ落ちた。


「そういやこの子、言葉が通じないって言ってたな。――こんな小さな子が言葉も通じない土地で、自分の意思とは無関係に売り買いされてたんだよな」


 奴隷少女の涙を見た俺は、この子がとても哀れに思えてしまう。

 置かれた状況は違えど、なんとなく自分と被って見えたのだ。


 俺は言葉の通じる者が多くいる地で暮らしながらも、誰も俺を見ていなかった。

 人々の目に映るのは、俺の姿を通した俺の両親で、俺の言葉など聞こえていなかったのだ。

 あの頃は辛かった。

 それでも、他人の話している言葉の意味が理解できていただけ、この奴隷少女よりマシだろう。


「なんだかんだ言ってもこの子を買ったことは事実だし、俺が面倒を見るのは当然だよな」


 予期せぬ買い物であり、不良品を掴まされたとしても、買った事実は変わらない。

 しかもこの子は被害者なのだ。

 ならば、飼い主として面倒を見るのが筋だろう。


 この感情は、同情心から生まれたのかもしれない。

 だが実情は、間抜けな自分を慰める自慰行為でしかなのだ。


「それに、安いエルフでも金貨80枚だったわけだから、貯金はまだ40枚あるし、当面の生活には困らないよな」


 不幸中の幸いで、俺は全財産をつぎ込んでいなかった。

 むしろ遮二無二貯金をしていたおかげで、慎ましく生活すれば仕事をしなくても、多分30年くらいは暮らしていける。


「取り敢えずあれだ、朝食にしよう」


 昨日は軽いつまみしか食わずに酒をたらふく飲んで、部屋に戻っても酒を飲んで寝てしまったせいで、腹が食事をよこせと騒いでいた。


「そういえば、宿屋の女将に住人が増えたことを伝えてなかったな。そのことを伝えて、朝食を二人分もらってくるか。――こいつはまだ起きんだろ」


 もじゃもじゃ頭をぽりぽりと掻いている奴隷を横目に、俺は朝食をもらいに食堂へ向かった。


 ◇


「起きろ」

「…………」


 何度も体を揺すってやると、奴隷少女は半眼のまま体を起こした。


「朝食の時間だ」

「?」


 やはり言葉は通じないようで、少女は寝ぼけ眼のままこてりと首をかしげた。


「ってか、なんでお前は全裸なんだ?」


 とりあえず膨らみかけのつぼみに視線をやり、特に堪能することもなく奴隷少女に粗末なワンピースを着せ、有無を言わせず抱え上げてテーブル席まで運ぶ。

 その際、少女が体を強張らせたのを感じたが、会話もできないのだから我慢してもらうしかない。


「どうせ言っても意味がわからないだろうから、ゼスチャーで伝えるか」


 そうごちった俺は、パンをちぎって口に放り込み、少女の手元にあるパンを指差し、今度は少女の口を指差した。

 どうやらその意味が分かったようで、少女は目を見開いてパンを手にし、ちぎることなく齧り付く。


「そんな慌てなくてもパンは逃げねーよ」


 一心不乱にパンに齧り付く少女にそう声をかけたが、彼女は意に介さずパンに夢中なままだ。

 だからだろう、慌てて食べたパンが喉に詰まったようで、急にむせだしていた。


「言わんこっちゃない」


 見かねた俺は、カップを手元に手繰り寄せる。


『水よ、顕現せよ』


 俺がおふくろから教わった古代魔術の中で使える、数少ない術の一つで水を生み出し、カップにちょろちょろとそそいだ。

 水の入ったカップを奴隷少女に渡すと、彼女は慌てて水を飲み、口の中の物を流し終わるや否や口を開いた。


『お母さんと一緒』


 なんと、奴隷少女が言葉を発したのだ。


「お前、喋れるのか?」


 思わぬことに動揺した俺は、普通に共通語で話しかけてしまったため、少女は不思議そうな表情になってしまった。


 待てよ、この子が口にした言葉って、共通語じゃないよな。

 なんで俺は意味がわかったんだ?


 少女の言葉を、何故俺が理解できたのかわからない。


『あなた、お母さんの言葉を話せる。お母さんの仲間だね』


 俺が自問自答を繰り広げていると、少女から声をかけられた。

 だがその音の響きから疑問は解けた。


「これはあれだ、おふくろに教わってた古代語だ」


 魔導姫と呼ばれていた俺のおふくろは、現在では失われた古代魔術を使える唯一の人物で、俺は幼少期に古代魔術を覚える前段階として、嫌と言うほど古代語を教え込まれていたのだ。


『俺が今話している言葉の意味、わかるか?』

『うん、わかる』


 もしかして、古代語はエルフ語なのか?

 でもこの国にもエルフはそれなりにいるけど、古代魔術の復刻とかできてないよな。

 共通語を話せるエルフがいるんだから、エルフに協力させれば古代魔術の復刻なんて簡単にできそうな気がするけど……って、今はそんなことはどうでもいいか。


『じゃあ、ちょっと質問させてもらっていいか?』

『いいよ。――あのね、ボクね、いつの間にか檻の中に入れられてて、出してって言っても出してもらえなかったし、何か言われても全然意味がわからなくて、しゃべるとぶたれたの。だからぶたれないように黙ってたんだけど、やっとお話ができる人に会えたからすごく嬉しいの』


 会話ができることが本当に嬉しいのだろう、まだ質問をしていないというのに、少女は嬉々として語りだしたのだ。


『とりあえず落ち着け。まずは名前を教えてくれないか?』

『ボクの名前はフェイだよ』


 フェイと名乗った少女は、どうやらボクっ娘のようだ。


『じゃあ、フェイは何歳?』

『うんと~、お父さんは1年前に、ボクを成人だって言ってたけど、お母さんは成人までまだ10年って言ってた』


 ちょっと意味がわからない。


『フェイはエルフなんだよな?』


 俺が教わったエルフのわかり易い特徴は、見ただけでわかる尖った長い耳だ。

 そして、俺が実際に会ったことのあるエルフは、教わったとおり尖った長い耳をしており、眼前のフェイも特徴的な耳をしている。


 そんで、エルフっていうのは人間の半分くらいの速度で成長して、40歳で成人になるけど見た目は人間の20歳くらいだったはず。

 で、200年くらい容姿が変わらない……だったかな?

 その観点で言うと、この子は10歳そこそこに見えるから……え、実年齢は20歳を超えてるんじゃないか?

 結構大人じゃねーか。


 俺があれこれ考えていると、フェイが口を開く。


『うん、お母さんはエルフだよ。でもね、お父さんはツヴェルク――』


 だがフェイの口から出てきた思わぬ発言に、俺の思考が停止してしまった。

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