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「それじゃ、ホームルーム始めるぞ」

また矢野かよなどと野次が飛ぶ中、教師を始めて13年の矢野武(やのたけし)43歳独身は上手く言葉を逃していた。

「なんだ。嬉しいだろ?」

ほくそ笑む矢野を横目に退屈そうに窓の外を見ると遅刻してきたのか一人の男子生徒が正門を抜けて来た。少し慌てているのかおどおどした様子である。制服が身体に馴染んでないところを見ると新入生だろうか。

そんな様子を見るのに夢中になりすぎた湊は気配を消しているわけでもなく忍足で近付いてくるわけでない矢野の姿を察知出来ずに、言うまでもないが一撃を食らった。

「痛っ!」

「よそ見してんじゃねーよ」

かなり痛かったのであろう。悶えながら頭を手で押さえる。

「……痛い」

湊は全身全霊で今の痛みを涙こそ出ないがこれでもかと膨れた表情で訴えた。その表情から嘘でないと矢野は判断し詫び入れる。

「悪い。そこまで強く食らわすつもりはなかったんだが…」

そんな湊を可哀想と女子達が味方し騒ぎ始めたので、すかさず静止に入ると、湊の頭に手を置いて「悪かった。でもこっち向け」と言い残し去って行った。


「吉田君、大丈夫だった?」

湊の隣に座る物静かそうな女の子が心配そうにひそひそと聞いてくるので「大丈夫じゃない」と答えると女の子は突然焦り出し慌てている。

そんな女の子の一連の動きに満足したのち

「うそうそ。大丈夫だよ」と笑顔で返す。

女の子は湊に遊ばれていたとも知らず安堵の表情を示すと恥ずかしそうに黒板に向き直った。


もう一度、窓の外をボーっと見るがそこには誰一人として居いない。ただただ綺麗な桜が咲き誇り静かに時が流れているだけだった。

高校生にとって遅刻や早退なんてものは当たり前な風潮なせいか、この時の湊はあの子のことを微塵として気にも止めることはなかった。


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