シンプル

ショコラ

第1話

4月初旬、広い校舎に強い風が吹き抜ける。

その風と共にピンク色に染まった花びらがひらひらと舞った。まるで彼を祝うかのような或いはその行先を危惧しているような、複雑な気持ちをその桜は代わりに表現してくれているかのようだった。


正門を抜け自分の学部がある校舎へと向かって歩く。天気の良い晴天な朝だっていうのにこの学校の昇降口から彼の教室まで道のりは暗くコツコツと革靴の音がコンクリート作りの塀に響き渡ってなんとも言えぬ喪失感を生んだ。

革靴を履き替え教室までの階段を窮屈そうに一段一段登る。

気が付けば吉田湊(よしだみなと)はこの高校に入学してから1年が経ち無事に進学して2年生になった。無事にというのも、ここ山峰高校は少々偏差値が高いのでサボっていると顕著にその結果が出てしまう。なので少しの油断が命取りというわけだ。

最後の一段を登りきり目の前の2-Bと表示されてある教室のドアに手を掛ける

「開かね…また戻るのもなぁ…」

1階にある職員室へ教室の鍵を取りに行こうかと思ったがうなだれて悩んだ末、湊は再び階段を目指して歩き出した。1年生の時に使っていた教室がある3階を通り越し、またその上に行くと屋上へ繋がるドアがある。そこは昇降口とは違って陽も入りガラス張りの最上階が湊を待っていた。鞄の中から屋上の鍵を取り出し、ちょっとでも力づくで引っ張ると取れそうなドアノブを丁寧に開ける。学校の屋上で想像するのは何もない広場かもしれないがここは違う。教室に付いているエアコンの室外機やら何か分からない2mはあるであろう大きな機械なとが置いてありなんとも不格好な屋上だ。

そんな屋上でも横になるには適している正方形で砂利を固めたようなゴツゴツした台があり人ふたり分は余裕で横になれる。そのいつもの場所に湊は寝そべり目を閉じた。

学校の目の前に駅があるせいか電車が往来しているので騒々しいが、今となってはこれが心地良い。


「…………」

夢?

「…………と」

聴き慣れた声。ふわふわとした声を捕まえようとするが捕まらない。

「湊」

捕まえた。ゆっくりと目を開けるとそこには物腰が柔らかそうな青年が困った顔で立っていた。

「新。どうした?」

夢から引き戻され寝惚けながら体を起こす。

「どうした?じゃないでしょ。またこんなところで寝て」

彼は竹内 新(たけうち あらた)湊の幼馴染だ。

霞む目を擦りながら時間を確認すると朝のホームルームの時間が近づいていたことに気付く。

それでも慌てる様子もなく、あぐらを掻き頬杖を突いて明後日の方向を向いている湊を見ると新はふっと鼻で笑わった。

「相変わらず寝起きが悪いね、湊は」

目を閉じて息を整える。湊は新に視線を合わせて小さく笑った。


鍵を丁寧に閉めて屋上を後にすると湊が口を開いた。

朝一番で教室に着いたのはいいが、まさか教室に誰もいないとは想定していなかったと階段を窮屈そうに一段一段下りながら湊は説明する。

「今日から新しいクラスだから、みんなわざわざ早く来ないよ」

と新が言い終わると同時にホームルーム開始のチャイムが鳴り始め二人は教室へと駆け足で向かったのだった。


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