第一章 遭遇ー11
その夜、ユリアたちは街道筋の小さな村に一泊することになった。温かな食事を終え、狭いが心地よい宿の部屋でピユラと少しおしゃべりを楽しんでから眠りにつく。透夜たちは昨夜と同じように、扉を隔てて隣の部屋だ。なにかあればすぐに来てくれる。だがきっと何事もなく明日の朝が来て、また四人で行くあてのない旅を続ける。――そう思って、ユリアは眠ったはずだった。
けれど真夜中、彼女は突然吹き込んできた冷風と、窓の開く音に目を覚ました。
(なに……?)
眠い目をこすって起き上がる。ほぼ満ちかけた月は天中に昇りつめ、冴え冴えとした白銀の光で辺りを照らしていた。その月光の中、少し離れた窓際に、佇むふたつの人影があった。
「やぁ、こんばんは」
かすか低く掠れる甘い声。青白い月を背に、侵入者が微笑んだ。
結びもせずに長い金糸を風に遊ばせて、若草色の瞳が、月明かりを宿してユリアを映す。影に溶けるように隣に立つ青年は、黙したまま、夜のしじまを封じた目でユリアを見定めていた。
彼らの纏う服は、互いに白と黒とで色こそ違え同じ作りだ。腰に下げた剣の誂えも変わらない。どこかの国の軍服だろうか。知識のないユリアにもそれぐらいはすぐに推し量れたが、それでいながら、微笑む侵入者は、なお軍人というには優美に見えた。今日の月明かりに似た人だ。
(綺麗……だけど、どうしてだろう――)
無意識にシーツを握りしめた手に震えが走る。焦燥で胸がざわついた。喉が締め付けられたように声が出ない。なにかが、近づくなとユリアに告げていた。
「真夜中の来訪にお許しを。初めまして。俺は莠。こっちは玄也」
金糸の青年は悠長に名乗り、ご丁寧に、傍らに立つ己より上背のある青年をも軽く指し示した。そこには敵意というものが感じられなかったが、ユリアの胸は早鐘を打つことをやめない。同室のピユラは騒ぎに敏感なのに、なぜかまだ眠っていた。
「用件は簡潔に済ませるね」
悠然と歩み寄ってきた莠が、震えるユリアの手を掴んでシーツから引き剥がした。遠目には細身のようでいても、側近く見上げれば確かにそれは男の力と腕で、一瞬にして恐怖がユリアの全身を染め上げる。
「俺たち、君を攫いにきたんだ」
抵抗を許さない力で引き寄せると、莠はユリアを抱きかかえた。
「透夜!」
瞬間、ようやく叫び声が出た。悲鳴混じりのその呼び声に、隣の彼らの部屋と繋がる扉がすぐさま勢いよく開く。視界に飛び込んできた透夜へと、ユリアはもがきながら腕を伸ばした。だが、耳元では小さく笑い声。
ユリアの腕は透夜に届くわけもなく、莠は彼女を抱えたまま窓から外へ飛び下りた。
「足止めよろしく、風羅の王女様」
そう短く残した莠に、玄也が軽く指を弾く音とともに続き、窓の下へと姿を消す。それを追おうとした透夜を、巻き起った風が吹き飛ばし、体を壁に叩きつけた。
「――お前……」
額から流れる血を手で押さえ、透夜が呻く。いつの間にか起き上がったピユラが、吹きすさぶ風の中で透夜たちを見つめていた。
「おい、こいつは……完璧に誰かに操られてんぞ……。目つきが正常じゃねぇ」
蒼珠が小声で囁いた。
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