第一章 遭遇ー8
そこは、確かにユリアの家であったはずだった。狭く、貧しく、でも温かだった場所。その家で、いまはもう亡き母と、なにかたわいもない会話をしていた気がする。けれど、揺れるように周りの景色がかすんで流れて、気づけば見たこともない白い砂の広がる広大な地に、ユリアは佇んでいた。
(夢、かぁ……)
自分自身の輪郭すらおぼつかない感覚がする。広がる空は澄んで高く青く、眩しい日差しが照り付けているのに、暑さは感じない。夢の中なのだと、目覚めているように実感できた。
(夢にしても、変な場所……)
辺りを見回しても、建物ひとつ、人ひとりいない。ただただ、白く輝く宝石のような砂が地平まで続いている。見たことも聞いたこともない場所なのに、不思議と、どこか懐かしい心地がした。
なぜかどこかに行かなければならない気がして、ユリアは行く当てもなく歩き出した。さらさらと、足の裏にじかに砂の感触がする。どうも夢の中の自分は裸足らしい。
(どこに行くんだろう――?)
誰に、会いに行こうとしているのだろう。
自分なのに自分ではないような浮遊感とともに、ユリアは夢の砂地を歩き続けた。
ふと、風がそよぐのを感じた。彼女の柔らかな栗色の髪がふわりと舞う。その瞬間、突然視界の中に、人影が浮かんだ。
(透夜……?)
見紛うはずのない、薄い褐色の肌、研ぎ澄まされた眼差しと紫がかった黒の髪が振り返る。名を――呼ばれた気がした。不思議な世界に突如姿を結んだ慕わしい影に嬉しくなって、ユリアは彼へと手をふり、笑いかける。
けれどその時、濃緋が散った。きらきらと、花弁のように白い砂の上に真っ赤な血を落として、透夜がユリアの目の前で、胸を押さえて頽れる。
声は響かなかった。けれど、確かにユリアは叫んだと思った。夢の心地も消え去る恐怖に、ユリアは青褪めて透夜へと駆け寄る。彼が遠くにいるのかも近くにいるのかも分からない。けれど走った。
そこへ彼女の行く手を阻むように炎を纏った氷の壁が地面を裂いてそびえたった。透夜の姿が見えなくなる。先へと進めない。
早く彼の元へ行かなければと、戸惑い焦る彼女へ、どこか遠い彼方から、声が、降った――。
『どうか……願ってほしい』
初めて耳にする声だった。それなのに、ずっとずっと昔に聞いたことがあるような、懐かしい声だった。
『私、ここに、いる――』
白銀の光が、世界のすべてを焼き尽くすように輝いた。
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