妹の確率

ボブひろ

妹の確率


「お帰りなさいませお兄様!」


 金曜日という名の最終試合も終わり真夏の日光から逃げるように家に帰ってきた俺の疲れ切った体に響き渡る声を出し、制服の上からエプロンというマニアック受けしそうな姿の妹が出迎えてくれる。ちょっとうるさい。


「た、ただいま」


 彼女は俺の義理の妹で名前は搭城芽衣(とうじょうめい)。成績優秀、運動神経抜群であり、なんと言ってもこの母親譲りの中学三年生とは思えないほどの美貌や体つきを持ち合わせたいわゆる完璧美少女だ。しかも、美しく艶のある黒く長い髪。学校では生徒会長を務めており生徒や教員からの指示もあついらしい。

 そんな完璧妹とは対照的なこの俺、搭城三月(とうじょうみつき)は高校に入学して二年が経つというのに友達と呼べる存在は愚か彼女の一人もいないボッチだ。


「晩ご飯の用意は済んでいますがどうしますか? 先にお風呂に入ります?」


「じゃあ、先にお風呂にするよ。なんか、いつも家の事を任せっきりで悪いな」


「いえいえ、お母様もお父様も私たちのために一生懸命働いてくださっているのですからこれくらいは私がしなくては……」


 じゃあ、その家事を妹にしてもらっている俺は一体……

「さあさあ、晩ご飯が冷めないうちにお風呂に入ってきてください! 変えのお

着替えは私が持っていきますので……」


 そう言い残して芽衣はそそくさと二階の俺の部屋へと行ってしまった。今日はいつも増してて段取りがいいな。


「まあ、いいいや。俺もさっさと風呂に入るか」



 一日の疲れをシャワーで流し、湯船に使って一息ついた瞬間脱衣所から物音が聞こえてきた。


「芽衣なのか?」


 その瞬間、風呂の扉が勢いよく開きそこには一糸まとわぬ妹が姿を現した。


「お兄ちゃん! 僕も一緒にお風呂に入っていいよね!」


「お、お前突然全裸で現れて何を言い出すんだよ!? てか、そんな姿になってから聞くのは遅いだろ!」


 妹の裸を一瞬で察知した俺は反射的に妹に背を向ける体制で湯船に深く浸かる。


「あれれ〜? お兄ちゃんもしかして照れてる? 顔が赤いような……」


「て、照れてねーよ! のぼせただけだよ!」


 ピチピチと確実にこちらとの距離を縮めてくる足音と共に「言い訳してるの? 可愛いな」と言いながら近づいて来る芽衣。


「まあ、とにかく僕の話を聞いてよ。そろそろ寒いんだけど」


「あ、あぁ……それはごめん」


 自然な流れで同じ湯船に入って来る全裸妹。てか、なんで俺はこの状況で謝ってるんだ?


「あ〜一日の疲れが消えていくよ〜」


 恥じらう乙女のような表情をするわけでもなく笑顔で両手を上に伸ばし浴槽で背伸びをする芽衣を見てある一つの疑問点が浮かんだ。


「あれ、お前の髪、白色になってないか?」


 それは、芽衣の最大の特徴でもある綺麗な漆黒に染まった髪の毛は見る影もなく真反対の純白色に染め上げられており、雰囲気も別人のように思えた。


「お、お前は本当に芽衣なのか?」


 恐る恐る尋ねる俺に「そのことで話がしたかったんだ」と言い寂しげな表情で語り出す芽衣。


「まずは急にお風呂に入ってきちゃってごめんね。でも、これはあの子が心から望んだことなの」


「あの子?」


「ちょっとだけ昔の話をさせて。芽衣は両親の離婚をきっかけに自分の気持ちを誰にも言わなくなって自分の気持ちを全て塞ぎ込んじゃうようになったの。でもでも、最近はその抑え込んできた色々な感情も次第に抑えきれなくなってきてしまって、僕というなのもう一人の搭城芽衣を生み出してしまったんだ。で、僕はあの子の抑えきれなくなった感情を発散する役目を持ってるんだ」


 そ、それってつまり……もう一人の人格、二重人格ってやつなのか?


「もし仮にその話が本当なら、その抑えきれなくなった感情をお前が発散するなら二人で交代交替に入れ替わって生活したら上手くいくんじゃないのか? こんな変態じみた行動をあいつは望んでるのか?」


 俺の安易な考えに首を振る全裸シスター。あれ? 妹の全裸に慣れてきてる……いいことなのか?


「僕はただ一人でに出てきてしまうだけであって、僕があの子の体を使っている間は芽衣本人は何も覚えていないんだ。僕からあの子がどんなことを思っているのかは分かるんだけどね……どういう原理かは知らないけどね」


「なるほどな。俺の妹はそんなに塞ぎ込んでたのか……そんなことも知らずに俺は妹に家事をやらせてたのか……」


 兄として失格だな。


「お兄ちゃん?」


「あぁ、すまんすまん。ちょっと考え事をしてた。そ、それより今のお前のことはなんて呼んだらいいんだ? 芽衣であって芽衣ではないし……名前とかあんの?」


 ごく普通の質問に「え?」と頭を傾げる芽衣じゃないもう一人の人格者。


「こう言う時は普通、出て行け悪霊! とか、妹を返せ! とかいう場面じゃないの?」


 こいつは一体俺の何を見てきたんだ……。悪霊って自分でいうか?


「そんなこと言うわけないだろ。お前は大切な二人目の妹なんだからそんな邪魔もの扱いす気もないよ」


 俺はそう言いながら妹の頭を優しく静かに撫でる。


「……きっとそう言うところにあの子は惹かれて……」


「なんか言ったか?」


「い、いやなんでもないよ! そ、そんなことより名前はお兄ちゃんにつけて欲しいな!」


 高校生で名前を考える時が来ようとは思わなかったな。意外と悩むな。


 〜十分後〜


「ん〜……ん〜?」


「お兄ちゃんまだ?」


 俺の唸り声だけが響くこの空間に痺れを切らした芽衣じゃない方が口を開く。


「よし決まった! お前は今日から塔城紗理奈(とうじょうさりな)だ! つけた理由は−−−」


「紗理奈……可愛い名前。ありがとうお兄ちゃん!」


 感極まった紗理奈はお互いが全裸で浴槽の中ということを忘れて飛びついて来る。


「ちょっ! お、お前! まだ俺が必死に考えた理由があるのに! って、あったってるって!」


 性格は芽衣とは似ても似つかない子供っぽい性格だが、それはあくまで性格の話だ。体つきは芽衣と何も変わらず二つの柔らか爆弾が俺の体にふにゃぁ〜っと押しつけられる。


「お兄ちゃん大好き! じゃ、僕はそろそろ戻るね!」


 その瞬間、紗理奈は抱きついたままの体制で全身の力らを抜いたかのようにこちらにもたれかかって来る。それと同時に髪の色も一瞬で黒色へと変化していく。


「髪色と性格でしか判断できないな……」


 数十秒後、無事元の体に帰ってきた芽衣は目を覚ました。


「あ、あれ? なんで私はお風呂場に? それに、お兄様まで……」


「お、起きたか芽衣。どこか痛んだり体に違和感はないか?」


「はい特に問題はないですが……」


「今から言うことを落ちつて聞いてくれよ芽衣。俺たち兄妹は一緒にお風呂に入るぐらい仲がいいんだ。だからこの状況も全然セーフ判定なんだ!」


 とりあえずもう一人の人格のことは後から話すとして、まずはこの全裸で肌を重ね合う兄妹図をどうにか理解させるため『俺たち兄妹なら問題はない』的な感じで現状を伝えてみる。


「へぇ? な、なぜ私はこんな姿でお兄様と……は、はははははははは裸で抱き合ってッ!?」


「そりゃ、そうなるか……」


 現状の異常さに気づいた芽衣は動揺を隠せない様子だった。そうそう普通はこういう反応が正解なんだぞ紗理奈よ。


「し、失礼しましたーーー!」


 大事な部分は見えないよう器用に隠しながら走り去っていく妹を見送った後、俺も静かに風呂場を後にした。



 風呂から上がり、妹との今後を考えながらリビングの扉を開ると、そこには耳まで真っ赤にした芽衣が「さ、先ほどは失礼しました……」と頭を下げてきた。


「いやいや、全然大丈夫だって。それより芽衣、風呂で俺と会う前の最後の記憶は覚えてるか?」


「え、えっと……確かお兄様のお部屋に入って新しいお着替えを持ってお風呂場に向かったところでしょうか?」


 やっぱり、紗理奈の言ってたことは本当らしい。風呂場での反応でも分かったけど体を紗理奈が使っている間の記憶を芽衣自身は何も覚えていない。


「お兄様?、私の体は一体どうしてしまったのでしょうか?」


 そりゃ不安にもなるよな……俺はさっき起こった出来事を嘘偽りなく全て話した。


「実はな……」



「さ、紗理奈ですか。もう一人の私……少し怖いですね」


「でも紗理奈はお前のことを悪く思っている感じもなかったし、そんなに深く考える必要もないと思うぞ。二人でゆっくり考えていこう」


 妹特製の晩ご飯を食べながら話を続ける。


「この際、私の中に現れた紗理奈というもう一人の人格は仕方ありません。それより私は自分の本心を勝手に言われる方が怖いんです。確かに私は周りの人はあまり頼らなようにしてますし、悩みも誰にも相談しません……ですが……」


 箸を置いて胸に手を当てながら苦しむ妹を目の前にして兄の俺は何もしてやれないのだろうかと考える。

 その時、一つの名案が頭をよぎった。


「明日、俺と出かけないか? 土曜日だし学校も休みだろ? ご飯だって外で食べればいいしさ。気晴らしにどうかな?」


 一旦家のことや学校のことを忘れて遊べば何か変わるかもしれないと思った俺。


「気晴らしですか……そうですね、行きましょう! デートです!」


 グイッと身を乗り出しながら、天使のような笑顔でデートなんて言われると誘ったこっちが照れ臭くなるな。


「では明日のお昼にしましょう! 最近新しくできた水族館があるらしいのでそこに集合にしましょう!」


「集合? 一緒に行かないのか?」


「ダメですよお兄様! 妹とはいえデートなんですから、やるなら本格的に集合からです!」


 妙にテンションが上がってきたな……でもまあ、こんなに楽しそうな芽衣は初めて見るかもな。


「わかったよ。それじゃあ、明日のお昼の十二時に水族館集合な」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねながら喜ぶ芽衣を見て、こっちまで明日が待ちそうしくなってきた。



「早く来すぎたかな……」


 妹とはいえ女の子とのデート経験のない俺は集合時間の十二時よりも一時間も早く来てしまったていた。

 どうやって時間を潰そうかと思い辺りを見渡すとベンチに腰掛ける見覚えのある一人の美少女が目に止まり、その少女に近づく。


「流石に早すぎないか? 芽衣」


「えへへ、ばれちゃいましたか。兄妹やっぱり似たもの同士ですね」


 白のワンピースに身を包み、ツバが広めの麦わら帽子から上目遣いでこちらをまっすぐ見てくる芽衣を不意にも一人の女性として意識してしまった俺は目を逸らしてしまう。


「暑くなかったか? 日焼けとか熱中症とか大丈夫か?」


「お兄様は過保護すぎですよ! でも、心配してくれて嬉しいです」


 元の顔がいいからなのか化粧は俺好みの薄さで、服装もいつもと違う雰囲気の妹に俺は終始ドキドキしてしまう。

 意識するな俺! 相手は妹だ……でも可愛いな。


「じゃ、じゃあ二人とも早く集合しちゃったし、で、デート始めるか」


 緊張からまともに妹の顔を見れずに一人歩き始める俺の腕をグイッと引っ張る芽衣。


「お兄様しっかりしてください……今日は仮にもデートですよ。しっかりリードしてくれないと。こんなふうに!」


 そう言うと芽衣大胆にも自分の腕俺の腕にを絡ませ、体を密着させてきた。まさか結婚式以外で女の子と腕を組む機会があるなんて……。


「ちょっ! 暑いんだからそんなに近づかなくてもいいだろ! せめて手を繋ぐぐらいで許してくれ。初デートの俺に腕組みはハードルが高すぎる」


「て、手をですか? そ、それはちょっと恥ずかしいと言うか大胆と言うか……」


 まてまて。なぜそこで顔を赤くする必要があるんだ? 腕を組むのは大丈夫で手を繋ぐのは恥ずかしいって、俺の妹の羞恥の基準はどうなってるんだ?

 謎に照れている隙に妹の腕を引き剥がし俺は少し強引に手を握る。


「お、お兄様!? そんなことは生涯を決めた相手とするべきでは!?」


「じゃあ大丈夫だな。芽衣は俺の生涯をかけて幸せにするつもりだし」


「もう……お兄様はそんな恥ずかしい言葉をよくもそんな堂々と」


「い、いいだろ。俺は腕を組むより手を繋ぐ方がいいんだ!」


「わ、私だって腕を組む方がいいんです!」


 水族館の前でカップルのように言い合いする俺たち兄妹に「ママ〜リア充って人がいる」っとこちらを指差してくる小学生。子どもがリア充って最近教育はどうなってるんだ。


「……手を繋ぐでいいな」


「こ、こほん。いいでしょう。でも次は腕組みですからね」


 こうして俺たちは初めての兄妹喧嘩? を体験し、水族館のチケットをちゃっかりカップル割にして入館したのだが−−−−


「お兄ちゃんお兄ちゃん! みてみておっきな魚がいっぱいだよ!」


 そう、水族館に入るなり『楽しい』という感情が爆発した芽衣は紗理奈へと変わってしまい、綺麗な白髪を靡かせながら興奮気味に館内を走り回っていた。


「落ち着け紗理奈。他のお客さんもいるんだから静かにしろよー」


 先ほどまでの俺のドギマギした感情はどこに行ってしまったのか。今は世話焼きお兄ちゃんモードになっていた。

 こちらに走って来るなり「あっちに行ってみようよ!」と俺を無理やり連れて行こうとする紗理奈に俺はふと疑問を抱く。


「あのさ紗理奈。お前本当は自分で好きに入れ替われるんじゃないのか?」


 瞬間、紗理奈の動きがピタッと止まった。


「な、なんでそんなこと急に?」


「いやだって、水族館に入って入れ替わるってちょっと不思議だなって。どちらかというと水族館に入る前の方が緊張してたような気がしてな……喧嘩っぽいこともしてたし。風呂場の時はどうかなのかはよくわからないけど……本当はお前がこっちに出てきたいって強く思った時に入れ替わるんじゃないのか?」


 俺は彼女の両手を強く握り真剣な表情で見つめていると、目を逸らし紗理奈は諦めたように語り出した。


「……半分正解で半分間違いだよお兄ちゃん。……実は私が芽衣なんだよ」


「ど、どういうことだよ!? お前は自分がもう一つの人格だって言って……」


 今にも泣き出しそうな表情の紗理奈。


「それは全部私の都合のいいようにできた嘘なの。実は前の両親は私が原因で離婚しちゃったの。ほら、私ってこんな性格だからお父さんが他の女の人と楽しそうに歩いてるのを見つけちゃって冗談半分でお母さんにそれを言っちゃたら二人は大喧嘩して……それから私はこんな自分が嫌いになった」


 切なげな表情で淡々と語り出す。


「そんなことが……」


「両親が離婚した後に私は気づいたの『私が黙ってれがよかったのに」ってね。そして、気づいた時にはもう一人の誰かが自分を動かしていた」


「それが俺の知る妹の芽衣だったのか。でもなんで、こんなタイミングでお前は出てきたんだよ?」


「私はずっと二人を見てた……新しい家族ができて楽しそうに生活するもう一人の私を。もういいやってこのままでって思ってた時にお兄ちゃんに優しくされる自分を見て私は『私も誰かに優しくされたいって』感じちゃったの。だから、あの子に黙って、昨日お兄ちゃんお風呂に飛び込んじゃったの」


「自分の方が二つ目の人格だってことをあいつは……」


「多分知ってるよ。元々、あの子からしたら急に知らない人間の人生が始まったんだもん。気づいてないはずがないよ……でも、彼女は搭城芽衣という他人をやり遂げていてくれたの。だから、悪いのは私なの! あの子は責めないであげて! 悪いのはこの私なんだから」


 俺の体に抱きつきながら謝る紗理……芽衣。洋服越しに湿った感触を感じる……きっと泣き顔を見られったくないんだろう。


「芽衣……くらぁ!」


 そんな泣きじゃくる妹の脳天に一発強めのチョップを喰らわした。


「あいたっ!」


「前にも言ったけど、俺が妹たちを責める人間に見えるか? いいか、お兄ちゃんってもんはな妹がどんなことをしようが許すのが義務なんだぞ。ちょっと、騙されたぐらいで妹を責めたり怒ったりするわけないだろ?」


「お兄ちゃん……」


 上目遣いで俺の顔を見てくる芽衣の瞳からは涙が流れていた。

 


 泣き止んだ妹を近くの椅子に座らせ、一度人格について説明してもらう。


「結局お前たちの人格はどうなってるんだ?」


「手短に話すと、今までお兄ちゃんが『芽衣』だと思っていたのが私で、お兄ちゃんからもらった『紗理奈』の名前は本来あの子につけるべき名前なの」


 なるほど、大体分かったぞ。俺は今この時から目の前にいるこの能天気妹を『芽衣』と呼び、しっかり者の妹を『紗理奈』と呼べばいいのか。あぁ、髪色も逆になるのか。


「よし、頭の整理もついたことだし、紗理奈と交代してもらってもいいか?」


「紗理奈を? いいけど、なんで?」


「さっきも言ったけど俺はお兄ちゃんだ! 妹たちの問題はお兄ちゃんの問題でもある、つまり二人の問題を解決してやらねばな」


 芽衣はうなずきながら「やっぱり優しいんだね」と言い残し隣に座る俺の肩に寄りかかって来る。

 数秒後、髪色が黒色へと変化した紗理奈が目を覚ます。


「あれ、私は何を? 確かお兄様と水族館に入ってそれから……」


「おはよう芽衣……いや今は紗理奈かな」


「紗理奈ですか……私のことをその名前で呼ぶということは全部知ってしまったんですねお兄様」


「あぁ、さっき本当の芽衣から全部聞いたよ。ごめんな今まで気づいてやれなくて……」


 自分の無力さに押しつぶされそうだった。誰かも分からない人間を必死に演じていた彼女に俺は何かしてやれたのかと。


「お兄様? なんで泣いているんですか?」


「え?」


 自分では気づかないうちに紗理奈への罪悪感や無責任感から俺の瞳からは自然と涙が流れていた。


「お兄様が気にやむ必要はありません。私はお兄様の優しさに甘えていました。本当の芽衣と向き合おうともせずに、一人で無理して抱え込んで」


 そんなこと笑顔で言わないでくれ……


「ごめん。ごめんな」


「だから謝らないでください。私もベットの上で目を覚ました時点で覚悟はしていましたから」


「やっぱり、初めから気づいてたんだな」


「勿論ですよ。だって気づいた時には知らないベットに横たわって、知らない人が私に「おはよう」っていうんですもん。最初は入れ替わりなのかな〜って思っていたんですけど、そもそも私という記憶がありませんでしたから。そして、いきなり母親を名乗る人から「おはよう、芽衣」って言われたんですよ?」


「ははは、なんだよそれ。ほんと意味わかんねぇーな」


 涙ながらにも自然とこみ上げてくる笑い。


「それで、新しいお父様にお兄様もできて……こうなったらやってやるぞ! ってなって。結構頑張ったんですよ私。ずっと、ずっと頑張ってたのに……なんで今本物が出て来るんですかっ! やっと今日、お兄様への好きという気持ちに気づけたのに……」


 膝の上で両手を強く握り、悔しそうに叫ぶ紗理奈の気持ちは俺になんて測り知れるものではなかった。


「お、お前今好きって……」


「はい、私はあなたに出会ってからずっと心がもやもやしていました。玄関でのお迎えの時も、一緒にご飯を食べている時も……ずっと好きでした、三月さん」


 涙を浮かべながらも必死に自分の気持ちを言葉にした紗理奈を見て、枯れだした涙が再び溢れ出す。


「俺も大好きだよ! お前のこことが好きだった! いつも笑顔で出迎えてくれて! でも俺はこいつのお兄様だからって自分に言い聞かせて……言い聞かせたのにずるいぞ」


「えへへ。お兄様涙を拭いてください。三月君には笑顔が一番似合います……それに、最後に見る好きな人が泣いているなんて私まで……」


「さ……いご? 最後ってどういうことだよ!?」


 必死に涙を堪えようとしていた芽衣の瞳か一粒の滴が落ちる。


「お兄様は本当の芽衣に出会うことができました。そうなれば、芽衣を演じてきた私は用済みです。だからこの私、塔城紗理奈は消えようと思います」


 髪先から少しづつ白色へと変化していくのに気づいた俺は紗理奈という存在が消え始めているのを悟った。


「ま、待ってくれよ! 俺はやっとお前に自分の気持ちを言えたのに……」


「お兄様が一つの人格に『紗理奈』と名付けてくれた瞬間に私はこの世界に生まれたんです。ただただ芽衣という人物を演じる何かではなく、一人の人間として……紗理奈という人間として私の存在意味を教えてくれたんです」


 その言葉に俺は紗理奈を勢いよく抱き寄せえる。


「あぁ、お前は紗理奈だ! 搭城紗理奈だ! 俺の大切な妹であり大好きな彼女だ!」


「私もお兄さ……三月君に大好きて言われて宇宙で一番の幸せものです」


 その言葉と同時に紗理奈の体から力が抜けた。


「あれ? お兄ちゃん苦しいよ……どういう状況?」

 髪色もすっかり白色へと戻った芽衣に「ずっと見てたんじゃないのか?」と訪ねる。


「そこまで私は無神経じゃないよ! ちゃんと目を瞑って耳を塞いでたんだから! 何かあったのかは知らないよ!」


 よかった。妹に告白する姿なんて見られたら兄として威厳がなくなってしまう。


「なんでもないよ。ほら、水族館見て回るんだろ?」


「あ、ちょっと待ってよお兄ちゃん!」


 俺の腕に自分の腕を絡ませる芽衣。


「ちなみに私も腕を組む方が好きなんだからね」


 紗理奈と重なる面影を噛みしめながらも「はいはい」と返事する。


「あ、なんかテキトー」


 それからというもの紗理奈は俺たち兄妹の前に現れることはなかった。



 〜一年後〜


「やっと、お兄ちゃんと同じ高校に入学だーー!」


 今日は妹の入学式。

 この世界のどこに妹の入学式を校門で待つ兄がいただろうか?


「まあ、俺は今年で卒業だけど」


 こちらに駆け寄ってくる妹に背を向けながら歩き出すと……


「そんなこと言わないでくださいよ! 三月君! やっぱりまだこの呼び方は慣れませんね」


 そこには俺と同じ高校の制服に身を包んだ黒髪姿の美少女が。

 本当に、お前たち妹の確率はどうなってんだよ。


「お帰り。紗理奈」

                               〜終わり〜

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妹の確率 ボブひろ @Bobuhiro

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