4

 翌朝——。

 城の中庭に降り立ったドラゴンたちは、目の前に並ぶ魔者たちを見て咆哮を上げた。

 魔術師と騎士は城門を背に立ち、陛下と侍従は大階段グラン・ドゥグレから中庭クールを眺めている。魔者の子は狼の面と鎧を身に纏い、陛下の背後に付き従っている。

「あれが〈英雄〉だ」

 騎士は魔者のひとりを示した。昨日の遊びで血の滲みた土の上に立ち、ドラゴンたちを射るように鋭い眼光を放っている。

「……別にどうってことないな」

「だが、あのなかで一番強い」

 騎士は嬉しそうに呟いた。

 やれやれまた悪い癖が始まった、と魔術師は異端のエルフを見遣った。賢者と称えられ本来は争いを好まないエルフにあって、この騎士は剣を振るい夥しい量の血を浴びてなお力を求める外道として、武を誇る者に強い興味を抱いた。ゆえに同族は無論、多種多様の種族からも恐れられていた。

 騎士の目は〈英雄〉に注がれている。

「あいつらにくれてやれよ」

 お前は散々倒しただろう、と魔術師は眉を顰めた。昨日の騎士の戦いぶりが頭をよぎる。

「〈英雄〉はくれてやるさ。だがもうひとりは譲れないね」

「もうひとり?」

「あいつさ」

 騎士は〈英雄〉の脇にいる魔者を指した。

「あいつも強そうだ」

「確かに」

 魔術師は気のない返事をした。

「つまらなそうだな」

「お前と違って暇じゃない。契約がなければこんな遊びになど付き合ってない」

「研究の方が大事か?」

「そうだよ」

「こいつの為か」

 騎士は腰に提げた片手半剣バスタードソードを示した。魔術師の顔がみるみる怒りに染まり、凍つく目で騎士を睨んだ。

「……〈師匠〉のことは言うな」

 騎士は内心悦びに震えた。魔術師が自分に向けてくれるものなら怒りの感情でさえ愛おしいと思っている。

 それを知る魔術師は何かしらの感情を騎士に向けることを徹底的に拒んだが、今は唯一の弱点を突かれて我を忘れていた。

 激情に駆られて揺れる瞳を見つめ、騎士はうっとりと呟いた。

「いいね。——綺麗だ」

 魔術師が怒りに任せて攻撃しようとした瞬間、耳を擘く断末魔が響き渡った。

 騎士と魔術師は中庭に目を転じた。一匹のドラゴンが倒れていくところだった。地に伏した巨体から〈英雄〉は剣を引き抜き、赤く染まった切っ先を次なる敵に向けた。

「なかなかだな」

 〈英雄〉の活躍に奮起して魔者たちは次々にドラゴンを打ち破った。魔者優勢に戦況が傾いた時、騎士が片手半剣を抜いた。

「俺の番だ」

 〈英雄〉が背中を預けて戦っていた魔者を名指しした。

「騎士オスカ、勝負しようぜ」

 オスカはひとり、騎士の前に進み出た。

「……我が祖父ディムナと我が親友ダーマットの仇」

 オスカは両手剣ロングソードを構えた。

 決着は、魔術師が片手半剣の異変に気を取られたわずかな間についた。

 オスカの首が地面に転がり、夥しい血潮が再び土を赤く染めた。

「オスカ……」

 〈英雄〉は苦悶の表情でオスカを見つめた。

「な、俺の方が強いだろう」

 騎士が振り返ると、魔術師は蒼ざめた顔で片手半剣を見つめていた。

「どうした」

 魔術師は有無を言わせず騎士から片手半剣を奪い、柄頭の水晶を覗き込んだ。

「おい」

 騎士の制止を振り切り、魔術師はひとりの魔者に近づいた。

「きさま、〈神官〉を殺したか?」

 魔術師は魔者の首元に片手半剣を突きつけた。柄頭の水晶がわずかに煌めいてすぐに光を失った。

「し、知ら……」

 返答を待たずに魔術師は魔者に手をかざし、〈術〉を放ってその頭を吹き飛ばした。

「持ってくなら剣使えよ」

 背後からのびた手が片手半剣を取り上げる。魔術師は無言で騎士を睨みつけた。怒りの滲む青い目が、騎士の心に興奮を呼び起こす。

「〈師匠〉の剣を汚したくない、か」

「……やはりお前に渡すべきじゃなかった」

「俺は嬉しいぜ? あんたを翻弄できて」

「お前も消し炭にできるんだぞ」

 騎士の首にかけた魔術師の手が熱を帯びる。

「やめんか」

 侍従の声が響くと同時に、魔術師と騎士は〈英雄〉の襲撃に気づいた。二人が構えるより早く白刃が振り下ろされた。が、ふたりの前に影が立ちはだかり、〈英雄〉の剣を跳ね除けてその体を地面に蹴り飛ばした。

「さすが俺の弟子」

 騎士は自分を助けた影——魔者の子を見て満足そうに頷いた。

「……助かった」

 我に返った魔術師も手短に礼を言った。

「くそっ……」

 〈英雄〉が立ち上がり、再び剣を構えようとした瞬間不意に空気が変わり、その場にいるものは全て動きを止めた。正確には動けなくなっていた。

「陛下……」

 侍従はようやく陛下を見上げた。凄まじい威圧感を放ち、中庭を見据えている。混乱に満ちた庭は水を打ったように静まり返った。

 陛下が手を上げて魔者の子を呼ぶと、張り詰めていた威圧感が嘘のように消えた。

「……冷めた」

 魔術師は舌打ちを残して中庭を離れた。

「確かに」

 騎士も踵を返して城塔に戻って行った。

 中庭に残された〈英雄〉は疲労と威圧とで気を失い、ドラゴンたちも他の魔者を食い荒らして満足したのか、寝ぐらに帰っていった。

 侍従はゴーレムに連行される〈英雄〉を一瞥し、黄昏の空を見上げた。

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