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「何をお書きになっているのですか?」

 城塔の居室で熱心に伝記を書いていた侍従が振り返った。戸口に執事スチュワードが立っている。

「どうした」

「お食事の時間です」

 食事か、と侍従が呟いた。

 元来、火・風・土・水の四元素を源とする侍従たちに、何かを食べるという行為はほぼ必要なかったが、日に何度も食事をとらなければならない魔者の子の為にこの習慣が取り入れられた。

「なんと脆弱な奴らだ」

 独り言が口をついて出る。

 執事は穏やかに笑って切り返した。

「侍従様はまだお気に召さないようですね」

「お前は半分魔者ゆえ判らんだろうが……」

 侍従は途中で口を噤んだ。さすがにこれ以上は侮蔑に当たると思い、無言で席を立った。

「お気になさらずに。本当のことですから」

 執事は穏やかな笑みを崩さなかった。横長の瞳孔と神秘的な微笑みが侍従を煙に巻く。

 ——山羊と魔者が合わさると、このような不可思議な生物になるのか。

 侍従の見定めるような視線にも執事は動じず、再び移動を促した。

「参りましょう。料理が覚めてしまいます」

 さすがはあの魔術師が創った——喰えん奴だ、と侍従は執事を見ながら思った。


 広間にはすでに騎士と魔術師がいた。

 長いテーブルの端に座った魔術師は、侍従を一瞥してすぐに興味を失った。

 隣の騎士は銀の盃でワインを飲んでいる。

「陛下は来るのか?」

 侍従を席に案内した執事に騎士が訊いた。

「はい、お呼びしております」

 魔術師が不意に広間の奥を見る。その視線を追った騎士が歌うように言った。

「ご到着だ」

 陛下は音もなく上座に座った。続いて隣に魔者の子が着席したのを合図に、執事は給仕を始めた。

 ワインを飲み干した後、騎士が魔者の子に目を向けた。

「今日の戦いは悪くなかった」

 魔術師が付け加える。

「あのダーマットって奴は、昔こいつが倒したディムナと同じくらい強い騎士だったそうだ」

 魔者の子は何も言わずにふたりを見た。

「俺が倒した奴の方が強かったぞ」

 騎士が張り合うように吠えた。魔術師は騎士を無視して侍従に声を掛けた。

「それで——奴らはまだ遊んでんのか?」

「ドラゴンたちは寝ぐらに帰った。魔者どもは牢に入れた」

「あのなかにひとり面倒な奴がいるぞ」

 侍従は鋭い視線を騎士に向けた。唇の端を歪めて騎士は続けた。

「〈英雄〉だ。奴らの指揮官で凄腕の傭兵だってさ。まぁ。俺には敵わないだろうけど」

 魔術師が疑問を呈す。

「指揮官ともあろう者が簡単に捕まるか?」

「だから何かあるんじゃないか、って話だよ」

 侍従は沈黙を貫く陛下を見た。意に介することなく食事を続けている。

「もうよい。その〈英雄〉とやらも所詮は魔者。我々の脅威になどならん」

 騎士と魔術師はそれ以上何も言わなかった。

 夕食は静かな時を取り戻し、やがて終焉を迎えた。



 

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