その4

「いい、子供も多いからね。驚かせないようにね」

「わかっておる」

 そうは言うものの、黙って立っているだけで物騒である。大き目の服で翼は隠れたものの、角はどうしようもない。

「ほう、多くの人間があるな」

「最近は将棋指す人増えてるからね。あ、受付はこっち」

「ふむ」

 受付の人も目を丸くして見上げている。言葉を発せられずにいたが、僕のことを見て、少し落ち着いたようだ。

「田山先生、こちらの方は?」

「最近指導しているんだ。今日はC級で出場するよ」

「では、お名前を」

 ん? 何か引っかかる。えーと……

「あの、名前は?」

「いまさら何を言っている。俺は魔王だ」

「それは役職というか地位というかさ……こう、生まれたときにつけられた名前とか」

「生まれたときは次期魔王だ。今は正確には当代魔王だな」

「じゃあそう書いとくね……」

 姓は当代名は魔王。なんだちょっとかっこいいじゃないか。

「どうすればいいのだ」

「くじをひくんだよ。C級はトーナメントだね」

 アマチュアの大会では、代表を決定するA級大会のほかに、お楽しみで参加できるBC級大会があることが多い。

 今の魔王は、まだアマ有段者の力もない。C級でやるのがちょうどいいだろう。

「さすが俺、1番を引いたぞ」

「おめでとう」

 大会が始まり、名前を呼ばれる。「当代さん~」

 魔王の向かいに座ったのは、小さな女の子だった。C級参加者の半分は子供だ。最初こそ怖がっていたものの、女の子はすぐに険しい表情になり、駒を並べ始めた。

 対局が始まる。一応信頼はしているものの、魔法を使ったりしないか気になってみてしまう。信頼してるよ。おおむね。

 そして三十分後。

「負けまたした、だ」

 また赤べこになってしまった。

「いい将棋だったみたいじゃない」

 盤面を見て励ますが、魔王の顔はさえないままだ。

「なあ、田山。彼女は四十一番目か」

「え? あ、僕の次ってこと? まさかまさか。プロでもなくて、段位者でもなくて、多分4級ぐらい。何万番目だよ」

「……そうか」

 魔王も落ち込むらしい。



「元気出しなよ。らしくないよ。魔王なんでしょ」

「貴様も長老たちと同じことを言うのだな」

 なんか励ましたくて、僕は魔王を焼肉に連れてきた。人間界の肉が口に合うかはわからないけれど、僕自身がこうやって先輩に励まされてきたから。

「えーと……」

「魔王は勝ち取ってなったものではない。俺は、自分で冠を勝ち取りたくて、ここに来たのだ」

 魔王という存在は遠すぎて共感はできないが、「勝ち取りたい」という気持ちはわかる。奨励会に入ってなかなか上に上がれない時期は、「自分はいったい何を得られるんだろう」と思ったものだ。

「魔王! 本気で教えるから、言うことを聞いてくれ」

「……わかった」

「駒を落とす。八枚落ちからだ」


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