その3

「疲れた……」

 対局後はいつも疲労困憊だが、今日は特にひどかった。魔王を弟子にしてから初めての対局。世間知らず、というか人間界知らずを一人家に残してきたので、心配で仕方なかったのだ。

 魔王はいろいろなことができなかった。魔界出身以外にも王様という要素が加わっているのだからそりゃそうだ。掃除が普通にできるようになるまでは何日かかかったし、謎の炎で燃えてしまったもの、姿を変えられてしまったものもある。料理も無理、予約録画なんてもっと無理だった。なぜか人間界の文字は読めるので、「将棋の本で勉強するように」と言って、家を出てきた。

 ひょっとしたら事実が隠されているだけで、これまでもモンスターと暮らしたことのある人はいるのかもしれない。そういう人はぜひ連絡してほしい。『モンスターとの暮らし方』という本があれば一万円は出す。『王様との暮らし方』という本すらなさそうだけど。

「田山君」

「はい……うっ」

 呼ばれたので振り返ると、そこにいたのは五冠王だった。

「そんなに驚かなくても」

「いやー、そういえば今日対局でしたね」

「うむ。ところで田山君。なんでも弟子をとったとか」

「まあ、そういうことになってますけど。将来プロになれそうとかそういうのではなくて」

「……魔王なんだろう」

「そう名乗ってますね。まあ、人間じゃないのは確かです」

「ふふふ。久々に、楽しめそうだ。ぜひ、強くしてやってくれ。では」

「は、はあ」

 五冠王は長らく五冠を保持していて、将棋界のトップに立ち続けている。とてつもないオーラがありながら、今みたいに突然話しかけてくるので心臓に悪い。

 手を振りながら、あっという間に五冠王は居なくなってしまった。魔王だけど将棋は弱いですよ、と伝えようと思ったのに。



「はー、疲れた。ちゃんとおとなしくしてたかまお……」

 魔王は部屋の真ん中にいた。じっと、天井を見ていた。

「冬眠?」

「そんなことはせん。全部読み終わったのだ」

「は? 全部って、本を全部?」

「そうだ。全部だ」

 自慢じゃないが、将棋の本は百冊以上持ってる。自慢じゃないが、僕自身まだ読んでないのもある。

「魔法の力?」

「生まれつきの能力もそう呼ぶのなら、そうなる」

「で、どうだった」

「難しくてほとんどわからん」

「読めただけかいっ」

 思わずずっこけたが、読めるだけでもすごい。やはり人間と違う基礎的能力があるのだろうか。まあ、魔王だしね。

「まあ、まじめだということはわかったよ。このままいけば強くなるだろう」

「当り前だ」

 弟子をとった以上、活躍してほしいと思い始めた。師匠って、こんな気持ちなのね。


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