その2

 僕の名前は田山朔斗。将棋のプロ棋士である。19歳でデビューして二年、これと言った実績は残せていない。我ながら地味な棋士だと思う。

 そんな僕だが、人類初の偉業を達成してしまった。魔王の師匠になったのである。しかも内弟子である。

 連盟に突然やってきて、五冠王と対決させろと無茶な要求をしてきた魔王。彼をあきらめさせるために対決させられた僕。そしてなぜか彼を弟子に取り、引き取らなければならなくなった僕。かわいそうな僕。

「どうにかならないかな!」

「何の話だ」

「居間で何もできない……」

 ここは普通のマンションの一室である。そんなところに2メートルを超え、角も翼もあるモンスターがやってきた。ソファに段ボール箱を継ぎ足したベッドに、部屋の半分ほどを占拠されている。

「貴様の部屋が狭すぎるのだ」

「人間の部屋はだいたいこんなもの! あ、いやそうとも限らないけど都会だから物価も高くてね……」

「だいたい皆あの城で暮らしていると思っていたぞ」

「連盟は仕事場。あと、プロ棋士がみんなあそこで暮らしたらそれこそとんでもなく狭い……」

「そんなにいるのか」

「百人以上」

「なんと! その中で貴様は何番目なのだ」

「……たぶん、四十番ぐらい?」

「ぐげえ」

 何とも言えない声で嘆く魔王。こっちだってそんなこと言いたくなかったよう。

「四十人も倒さなければならんのか」

「あのねえ、五冠に勝てる人は数人しかいないの。というか、プロ棋士になれるのも一握りなの」

「ふん。俺は魔王だ。人間には難しくともすぐに最強になれるにきまっとるわい!」

「はいはい。とりあえず勉強するからね、箱をしまってベッド寄せて、盤出すから」

「おおう、わかった」

 意外と素直ではある。

 何とかスペースを確保して、指導を始める。こんな生活を早く終わらせるためにも、早く諦めさせるかそこそこ強くなって出て行ってもらうしかない。

 とりあえず、指してみる。駒落ちが嫌だというから、平手で勉強していくしかない。

「ううむ、どうしても苦戦してしまう。これならばどうだ!」

「ん、んん?」

 突然、金を打たれて困ってしまった。全く読んでいない手だった。ひょっとしてすごいセンスが……

「いや、この金どっから」

「戦力が足りないと思ったので増やしてみた」

「ええ……」

「魔王軍はこのようにして、優秀な部下をコピーして増やすのだ。もっと早く思いつけばよかった」

「将棋では反則です」

「なんと! そういうルールがあるのか」

「ある……かな? いや、最初にある駒以外使ったらだめだから。だいたい、百枚とか複製できる魔物来たらめちゃくちゃになるよ」

「いやいや、いろいろ足りなくなるから無理だろうて」

 言っている意味が分からなかったが、魔王陣の飛車を見て納得した。一番大きいはずの飛車が、歩より小さくなっていたのだ。

「飛車から削り出したのかよ……」

「もちろん。物質というのは増減せぬのだぞ。学校で習わなかったか?」

「魔法を習ってないんでね!」

 腹が立ったので全力で負かしてやった。魔王の顔が青くなる。

「ぐぬぬ……」

「いいかい、強くなりたかったら師匠の言うことをよく聞くんだ。口答えなし。あと、掃除と洗濯をする。僕の肩を揉む」

「下僕のすることではないか」

「そう、お、お前は僕の下僕だ」

「な、なんとー!」

「悔しかったら将棋で強くなることだな」

「ぐぬぬ」

 だんだんと魔王を屈服させることに快感を覚えてきた。喧嘩になったら一瞬で殺されそうだけど、そこは考えないことにしよう……


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