魔王はタイトルに含まれますか?

清水らくは

その1

「貴様……覚悟はできているだろうな」

 睨まれている。すっごい目で睨まれている。

「いや、どちらかというとそっちの覚悟が……」

「なんだとう! 俺に向かって負けの覚悟をしろというのか!」

 あまりの声の大きさに、窓がびりびりと震えた。ひょっとしたら、こいつの力なら割ることも可能かもしれない。

「それが将棋だから……」

「ぐぬう。まさかこの俺がこんな奴に負けることになるとは」

「その、投了するときは『負けました』と言って頭を下げてですね……」

「そこまでするのか! ぬう。まったくこんなことになろうとは。負けだ負けだ。負けました、だ。いくらでも頭を下げてやるわい」

 赤べこのように首を振る男。体は大きく、長い髪は黒々としている。耳の上あたりから角がにょっきりと生え、背中には蝙蝠のような翼がある。

 そう、僕の対戦相手は(自称)魔王である。将棋は、むっちゃ弱い。



 結局、3連勝した。駒を落とそうかと提案したものの、頑なに断られた。

「なぜだ。なぜ勝てん」

「そりゃ勉強しないと勝て……」

「わかったぞ! 貴様、五冠王の次に強いのだな!」

「……え?」

「五冠王の門番というところだろう。ならばわかる。貴様を倒せば五冠王と対戦できるのだな!」

「え、いやー、まだ四段ですし勝率五割ちょいですしあのー……」

 魔王が突然立ち上がった。2メートルを超えるところから見下ろされる。怖い。

「俺とて負けは認める。確かにモンスター界では将棋最強だが、人間には俺より強いやつがいた、それを認めねばならん」

「モンスター将棋よわ……ひょっとしして接待?」

「だが、魔王たるもの負けたままでは許されん! 魔王の冠をかけてでも必ず五冠王に勝つ!」

 こぶしを握り締め、吠える魔王。道場内の視線がすべてこちらに向けられている。

「あのー、お客様」

 魔王の腰をたたく手があった。浅黒く焼けた肌、白髪混じりの髪、そして魔王には劣るものの、屈強な筋肉の付いた体。一見空手家のようだが、その実態は理事の岩田九段であった。

「なんだ貴様」

「初めてかもしれないですが、将棋というのは静かに指すものでして。他のお客様の迷惑になりますので、ちょっと気を付けてもらえませんか」

 さすが強い。動物園に行くとゴリラも頭を下げるとの噂だ。

「そうなのか。知らなかった。気を付けよう」

 意外と魔王も素直だった。もしくは魔王にも通じる強者のオーラなのか。

「それと、彼は若手有望株の中でも最弱。五冠王はまだまだ先にいます」

「なんだと!」

 なんか実は岩田さん楽しんでないか?

「というわけで、今回お引き取りを……」

 ずだだん、という大きな音とともに、目の前から魔王が消えていた。床が抜けたんじゃないかとびっくりしたが、よく見ると魔王が土下座をしていた。

「人間界で五冠王を倒すまで戻らんと言って魔界を出てきたのだ。ここで雑魚に負けておめおめと帰ったとなれば末代までの恥!」

「ざ、雑魚……」

「勝つまで、弟子として居させてくれ!」

 僕は、岩田さんと目を合わせた。何回か頷く岩田さん。頭を抱える僕。

「その、頭を上げてください。仮にも王と名の付くもの、僕なんかが師匠というわけには……」

「田山君」

「いやでも、ほら、岩田さんはじめベテランの皆さんの方が……」

「たーやーまーくーん?」

 シャチにもお歳暮を贈らせると噂の視線が、僕の頭を射抜く。逆らえば権力や暴力でなんやかんやされてしまいそうだ。

「わかりました……弟子にします……」

「そうか! 言っておくが、勝ったらすぐにやめるぞ」

「もちろんそう願います……」

 そんなわけで、たまたま連盟に来ていたら、なぜか魔王の師匠になってしまったのであった。

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