第26話 御婚約はミディアムにしますか?

「……やっと戻ってきたか」


 冥界から出た僕たちは、地上に、生者の世界に戻ると、そこには御当主様が、そわそわとして歩き回っていた。


「…………お帰り」

「はい……ただいま戻りました」


 すると、御当主様は恥ずかしそうにそのような事を言う。

 先程の、父らしからぬこの家の当主としての言葉を飛ばしていたが、今は違う。

 その言葉は間違いなく、父としての言葉。親としての言葉だった。

 不器用で、娘に娘としての付き合ったことのない、親の言葉だった。

 正直なれない大人には、優しく、温かく、見ている僕からも十分と感じられた。


「どうだった?」

「………もう来なくてよいと」

「! ………そうか………よかった」

「!! ………え?」


 すると、正直に漏れた言葉にオニヒメさんは驚いた表情を見せる。


「私は少し、心配だったのだ。娘にこの家を任せることがな。私が今まで背負っていた責務を、役目を、人柱つみを、全て、シャルトットに押し付けることができなかった。私には、亡き妻がいたがいた。亡き妻の為にと思って、責務を果たし続けたが、愛も恋も知らない我が娘にそれを任せるには、私に辛かったんだ」


 あぁ、そう言う事か。

 御当主様が今までオニヒメさんに厳しかったのはそれが理由か。

 他者から離れさせていたのはそう言う事か。

 言葉足らずも、その言葉に秘められた内容を悟る。

「では、」

「では、なぜ、嫌から出さなかったんですか?」


 僕がそう質問を切り出そうとした瞬間、僕の言葉を遮り、オニヒメさんが御当主に質問を投げかける。

 一人の娘として、一人の女として、オニヒメさんは、自身の父であり、男である御当主に投げかけていた。


「………怖かったのだ」

「なぜ?」

「………愛娘に余計な虫がつくのが」

「「………は?」」


 何と言った? いや、何と言った?

 僕の耳が壊れていなかったら、この悲し気な展開に、この御当主様は自身の娘可愛さに、家を出さなかったとでも言っているのか?

 う~ん、壊れたかな? 耳。


「お父様………自身が何を言っているのか分かっておられるのですか?」

「分かっているつもりだが………だがしょうがないだろう。どこの父親だって娘に変な男が着くのは嫌になる」

「では、なんで、夜は大丈夫だったのですか!」

「それは、シャルロットが鬼に変化して」

「では! ユラ様を許してくれたの何でですか!」

「………私に似ていたからだと思う」

「!!?」


 本当に何を言っている⁉

 僕が黙っていると、何故か話が進む。

 と言うか、オニヒメさんが進行してしまうために、勝手に話が進んでいる気がする。

 それに似ている⁉

 僕が⁉ 誰と⁉

 もし、僕が御当主様と似ているというのなら、今すぐ腹を切りますが?


「似ているって、お父様とユラ様は似ておりませんが?」

「いや、似ている。亡き妻との出会いに」

「お母様と?」


 あ、ここら辺で止めないと変な方向に話が行っちゃう。


「そうだ、あれは、私と亡き妻の出会いがな~~」


 【悲報】もう無理。方向転換できない。

 これは、思い出話が続くタイプだ。それも長い。

 僕、もうそろそろ、宿に戻りたいのに………何でこんなことになったのか?

 ………よくよく考えると、僕自身のお節介が原因かもしれない。

 けど、心配になっちゃったしなぁ。無理も無いよなぁ。


「~ということだ」

「感動的な話でしたわ」

「??????」


 もう理解できない。

 と言うか理解したくない。

 満足家に話す御当主様に、どこからか出したのか分からないハンカチ片手で涙を流しながら聞いているオニヒメさん。

 誰もいいから、この場を収めてくれる人を急遽募集したい。賃金やその他条件に関しては、要相談ですが、仕事は簡単、今この場の収集ただそれだけです。でないと、僕の精神が徐々に擦り削れて行きます。


「という事は、お父様はユラ様をわたくしの旦那様として認めてくれるのですか?」

「いや、それに関してはまだ許すつもりはない」

「なぜ!」

「さっき言っただろう。余計な虫だ」

「違います! ユラ様は虫ではありません!」

「だが………」

「お父様だって言っていたではありませんか! この方は虫ではない。父上と同じ立派な御仁です!」

「……」


 御当主様を目の前にして、オニヒメさんは立派に反論すると、その姿を見た御当主様はどこか哀愁を漂わせる。


「分かった。許そう」

「え⁉ いいのですか!」

「あぁ、大丈夫だ。ユラ君。娘をよろしく頼む」

「本当によろしいのですか?」

「あぁ、大丈夫だ。君になら、娘を託せそうだ」

「……そうですか」


 だが僕自身はその言葉に強い感動や信頼性を感じられない。

 もし、託してもらってけがなんてさ褪せてしまったら、僕が御当主様が起こられてしまうのではないかと思ってしまうし、一時の恋は人の道を狂わせることだって平然になる。

 だからこそ、僕自身、オニヒメさんを連れていくことには、賛否両論。

 嬉しいものがありも、断りたい気持ちに包まれている。


「だが、娘に手を出したらゆるさん」

「あっ、はい」


 そんなことは無くなった。

 御当主様がきちんと親の気持ちを持ってくれるのなら、僕に強い緊張感が走る。

 親バカもここまで行くと、人のことを安心させてくれるのは嬉しい。責任を与えられるだけではなく、その責任を共に背負って罰を与えてくれる人がいるのなら、ほんの少しでも気持ちは和らぐ。和らぐはずだ……うん。


「……では御当主様。貴方様の御息女をお預かりいたします」

「あぁ、頼む……そういえば宿は取ってあるのか?」

「は、はい……それが何か?」

「娘をそこで泊まらせることはできるか?」

「はい?」


 聞き間違いかな?

 泊まらせてくれ?

 本当にどういうこと?

 エンカウントおかしくなったのかな?


「いや、こちらで泊まるという選択もあるが、だが部屋は別だぞ?」

「何を考えているのですか?」

「いや、何を勘違いしているのかわからないが、此方で泊めると空いたもう一度こちらに来ることになりますが」

「それでもかまいませんが……なぜにそのようなご提案を?」

「いや、確か君の御同行している人は」

「あぁ、そうですね……」

「大丈夫か?」

「分かりません」


 御当主様が一体、何に心配しているのかと思っていると、その心配が一体、何を現しているのかを理解させる。

 簡単に言えば、オニヒメさんが僕に関わる女性を襲わないかということらしい。

 僕も勇者と一緒に旅をしていた頃は、勇者の色恋沙汰のせいで迷惑というべきか、女性の本当に酷い争いを見たことだってある。

 それを危惧しているのだろう。というか自分の娘にそのようなことを想う時点でダメな気がするけど、まぁ、いいか。


「けど、僕もうそろそろ宿に戻らないと、プルターニュさんに迷惑をかけてしまいますし」

「プルターニュ? それは一体誰ですか?」

「え……一緒に旅をしている人ですが」

「女ですか?」

「え、そう、ですか」

「……」


 急に黙らないでほしい。

 まるで僕は変なことを言ったようではないか。


「側室ですか?」

「まだ結婚もしていませんが?」


 何を言っている?

 結婚はしていないし、ましてや、側室なんて二回目の結婚をしているじゃないですか!?

 僕は結婚をしていませんよ!

 だがそのような言葉を語りかけたところで、オニヒメさんは反応するのだろうか?


「では、わたくしが正室では変わらないですね」

「ちょっと待って」


 話聞いてる?

 聞いていますよね。

 なんで、そうなっちゃうんですか?

 僕は一切、結婚する気はないんですけど。

 僕の話を聞いてくれるのかな?


「いや、結婚は予定ないですが」

「でしたら、わたくしとの婚儀にはご契約を為さるということでしょう?」

「しませんが?」

「え、しないのですか?」

「しませんよ」


 やっと話を聞いてくれた。

 だがなぜだろうか。会話の中に混じりこんだ不穏な言葉が何故か拭えない。

 嫌な予感がするけど、今は放置するのが一計、だよね。


「で、一体どうするのだ?」

「え、何がです?」


 すると、御当主様はそんな話の間に入る様に、会話の中に入る。


「ここに泊まるか。それとも宿に泊まるか」

「宿で」

「……本当に大丈夫か?」

「大丈夫、だと思います」


 正直不安。

 オニヒメさんがこの様子だと、プルターニュさんに迷惑をかけてしまいそうで、何より説教とかしてきそうで、少し不安が残る。

 あぁ、胃が痛い。


「……そうか、なら……がんばれ」

「は、はい」


 こうして、御当主様に慰めの言葉を貰い、オニヒメさんと共に屋敷を出て行った。

 大きな不安と不自由が僕のことを縛り付けてくるが、しょうがない。これも僕が選択した道と考えれば、気も少しは楽になりたいと思う。

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