第24話 答えのない答えと無差別に向けられる優しさ
久方ぶりに出す自らの名前。
苦しくはない。悲しくもない。怒りもない。喜びもない。
だがどこか、空虚感だけが残される。
溺れるほどの空虚感だけが残されて空しいだけの気分になる。
「繝ェ繝医Ν繝サ繧「繝ォ繧ケ繧ソ繝シだと?」
「………………え?」
すると、ハーデースの言葉が聞こえない。
いや、聞き取れないの方が正しいのだろう。僕の耳が一瞬、おかしくなかったのではないかと勘違いするほどの嫌な音が、ハーデースの口から語られる。
「もう一度聞く。貴様の名前は繝ェ繝医Ν繝サ繧「繝ォ繧ケ繧ソ繝か?」
「え? えーっと、僕の名前は、リトル・アルスターですが……」
「……」
すると深刻そうな表情をしてハーデースは、僕の顔を見てくる。
別に間違いを言った覚えがない。
自分自身の名前で間違えることなんてない、はず。うん、ないはず。
そのはずだ。
なのに、なんでこんなに、聞きにくいと思うのだろうか?
いや、彼らの言葉を聞いていると、徐々にこちらがおかしくなる。不思議な気持ちだ。
おかしいと思ってはいないはずなのに、不思議と頭の中がぐわん、グワン、と歪んでくる。
「分かった。そういうことか」
「?」
すると、勝手にハーデースは納得し始めて、振り向き背中を見せる。
「貴様に対して言うことは何もない」
「え?」
「お前には見る必要のないものだ」
「え? え? え?」
急の拒絶に僕は戸惑いを隠せず、背中を見せるハーデースのことを見つめる。
だがどれほど彼の背中を眺めて見せても、浮かび上がるは哀愁の背中。その背中からは何も語ってはくれず、何も見せてはくれない。
言語でしか理解できない人間では、目の前の存在は真に理解を示すものではないということなのだろうか。
だがどれほど求めて見せても、目の前の存在は何も示してはくれない。
「そう、ですか」
何も語らない真の拒絶に僕は、潔く諦めると、ハーデースはどこか納得してくれた状況を理解してくれたようで、再び振り返り僕の方を見る。
「どうせ、貴様には分かることだ」
「……」
分かることだ。それはまるで、今では教えてはいけないものだと言っているようだった。
いや、言っているのかもしれない。
今では理解できないことが、それを先延ばしにされると知りたいという好奇心が沸き立つし、拒絶された虚無感が強く胸の奥底で混ざり合う。それはもう、ぐちゃぐちゃに味わい深い飲み物にミルクを混ぜるのと同じように、黒が白になり、白が黒になり、灰色が無になる様に、口の奥底から何かが漏れそうになった。
「ねぇ、貴方」
「言うな。私さえもその正体がわからないのだ」
「我々、元老院の神でもですか?」
「あぁ、神眼を持ってもその正体が見えぬとはな」
「魂の色は?」
「……何色でもなかった」
「!!? そのような事実があるのですか?」
「あぁ、私とて初めての感覚だ」
気味の悪いほどにな。
ふとそんな言葉が僕の脳裏に走る。
何気ない声。ふと聞こえた言葉に意識が元に戻る。
「え、えっと、どうかしましたか?」
「「⁉」」
すると、僕が声をかけただけで、彼らは驚いた顔を見せる。
僕はそれほど変なことでも言っただろうか?
いいや、言った覚えがない。そのはずだ。
「いや、何でもない」
「けど、謝らせてください。ごめんなさい」
「え? え? え?」
急に謝られても困るのだが。ほら、隣にいるオニヒメさんの戸惑っている。
というか、オニヒメさんのその視線は僕に向けられている。まるで、神様に謝れているお前は何者なんだといわんばかりの視線を、いや、僕は普通の人間ですよ?
元 勇者パーティー所属以外は普通の。
「……あぁ、本当にごめんなさい。我が子よ。貴方に、貴方にほんの少しでも良いから、人としての幸福を、我ら神々の加護を」
「????」
まったくと言っていいほど理解できない。
急に謝られたり、急に加護をなんて宗教みたいなことを言われたり、本当に分からない。
なのになぜか、心が少しだけ休まる。
今までの苦労や緊張を全て拭ってくれるこの状況に、あらゆる縛りから解き放たれる。命の重みや命の苦しみからも何もかも、緩み解かれ沈んでいく。
けど僕はそれが怖かった。
怖いものを見る以上に、それが一番、苦しく恐ろしかった。
誰かに許されるのが、誰かに優しくされるのが、誰かに愛されるのが。
だが例え、そのような言葉が浮かぼうとも、その言葉は口から洩れることはなった。
洩れることはないのだ。
我慢してきた人生は急に変えろ言われるのは、難しい。いや、無理に近い。だからだろうか。苦しくなるのが猶更つらい。
必死に何かで塗り固めることに必死になったというのに、なんで? なんで?
お願いだ。
僕に優しくしないでくれ。
苦しくなるから。
悲しくなるから。
痛くなるから。
辛くなるから。
吐きたくなるから。
だからそんなに、優しくしないでくれ。
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