第23話 人とは違う何か

 深い闇夜の世界を歩き、既に何分が立ったのだろうか。

 既に感覚と言う感覚と言うものは無くなりかけていた。


「ユラさん」


 オニヒメさんの声が聞こえる。

 だが何も見えない。

 オニヒメさんに引きつられるまま、僕は影の中を歩いていると、その足が止まる。

 急に止まったもんだから、一体、何がと思ってしまったがそこには僕の瞳でも見える大きな広間が広がっていた。


「なに、これ………」


 青白く照らされる辺りの風景に呆気に取られるがそれ以上に、青白く照らされている岩場の隙間から何かが覗いているようでしょうがない。

 じろじろと奇異な瞳と陰湿な憎悪の瞳が僕の体に張り付いて来る。

 生にしがみつこうとする者の視線、生に憧れを抱く視線、生に失望した視線、生に憤怒する視線、常人にとっては耐えきれない程の感情を含んだ視線が突き刺さる。噂が噂を呼ぶように、視線の量は徐々に増えていく。


「なんですか……この感覚………」


 だがその中でも感覚は鋭く感じるものが一つだけある。

 辺りの視線なんて関わらず、逆にその力が弱まるように僕達の目の前の圧倒的な存在感は薄くなる。

 存在感と言うのか、いや、それ以上に存在感以上の威圧感。

 人には出せない、通常なら失神しそうなほどの威圧感が僕の目の前にいる。

 影の中で目に捉えられ見えない存在感が僕の事を見つめてくる。


 その存在に目を見つめられることに吐き気を催し、今すぐにでも倒れひれ伏しそうになったのだが、目の前の存在は僕達の事を気にしない様にただじっと見てくる。

 だけども徐々にそれも落ち着いて来る。

 オニヒメさんの纏っている青白い炎が僕の中にある負けそうな気持や吐きそうな気持を全て投げ飛ばそうとしてくれる。いや、落ち着かせてくれると言うべきか。

 そのお陰で僕は目に見えないその存在威圧感に冷静に目を向けられる。


?」


「「!?」」


 威圧感が強くなる。

 心臓がドッドッ、と急に早くなり背筋に氷を突き付けられたような感覚に溺れる。

 それは僕だけじゃない。一緒にいるオニヒメさんもその表情に、怯え、畏れのものを感じさせる。

 荒い息を吐きながら、僕は目の前に佇む存在を見つめる。


「もう一度聞く、誰だ?」


 すると、その存在は徐々にその姿を現し、僕たちの前に静かに佇む。

 その姿を一言でいうのであれば、死神。多くの御伽話や神話に語られてきた死神という存在が目の前に佇んでいた。

 黒い外套を身に纏い、死んだ魚のような真っ黒な瞳をに中年近くそうの男性そうな表情。背は高く、それがさらに異様性を強くする。

 ただ違うのは大きな鎌なんて手に持っておらず、小さなリードだけを持っていた。


 リード?

 急に視界が止まる。って違う。視界ではなく思考が止まる。

 圧倒的な存在感と似合わないものが、僕の中にあった危機感を歪ませる。


 キャン、キャン!


 キャンキャン?

 なぜだろうか。このような場所で子犬の声が聞こえる。

 いったいどこからかと思うと、その存在の足元に一匹の可愛らしいワンちゃんがいた。


 キャン、キャン、キャン!


 だが一つだけ訂正を入れるというのなら、その子犬は首が三つあった。

 ナニコレ。


「もう、貴方様ハーデース様、少し威圧的ではありませんか?」


 すると、黒い外套を身に纏った男性の背後から一人の女性が出てくる。

 その女性はその男性とは違く、その身に纏った白い衣が男性との相違感を感じさせるが、彼女から生み出される威圧感に関しては男性と何一つ変わらなかった。


「だが生者が冥界に来るなど、界の約として許されることだぞ。故に私はただ与えられた仕事をこなすのみだ」

「もう、貴方様ハーデース様ったら」

 キャンキャン!

「ごめんなさいね。可愛い人の子、この人はこう人だからごめんなさいね」

「「……」」


 そして、女性と男性は仲睦まじい夫婦の談笑を見せるが、その姿に少しだけ僕とオニヒメさんは戸惑いを隠せなくなった。

 先ほどまで見せていた人間ならざる威圧感と存在に、僕たちはおびえていたというのに、先ほど見せたあの姿はまるで、人といってもさして変わらなかった。

 何なのだ、


「人の子よ。名の名乗れ」


 そうして、再び存在がそういうと、体が強く締め付けられる。


「ハーデース? もしかしたら……」


 すると、オニヒメさんが何かぶつぶつと言っている。

 もしかしたら、この場を挽回する手段でも持っているのだろうか。

 もし、きちんと思っているのでしたら、僕も使いたいのですが、というか便乗したい。


「早くしろ、人の子よ」


 ふぇ、催促される。

 もう無理なんだけ、これ以上の最速は心に来る。というか崩壊に近いものを感じる。


「はっ、我が主、ハーデース様。我、主の眷属。オニヒメ家の一人娘、シャルロットと言います。そしてこの者は我が友であり、婚約者のユラ殿でございます」

「シャルロット……オニヒメの令嬢か。父君は息災か」

「はっ、今でも政務に取り掛かっております」

「うむ」


 すると、オニヒメさんは目の前の存在、ハーデースと呼ばれる人物と平然と話していた。

 そのことに僕が某としていると、ハーデースの隣にいる女性と子犬がじっとこっちを見ていた。


「では、その婚約者……ユラとやら」

「は、はい⁉」


 すると急にハーデースはこちらに向き始め、僕に話しかけてくる。

 急に話しかけるのやめてほしいな⁉ 心臓に弱いから!


「貴様はなぜ、ここに来た? 婚約者から、という理由だけではないな」

「え、えっと……」


 り、理由かぁ。そういえば、僕自身、全然、分からない。

 急に御当主にここに行けと、言われ、オニヒメさんについていけば彼女の何かがわかるといわれただけで、僕自身、本当に何かわからなかった。


「それはわたくしからお答えになってもよろしいでしょうか? 主よ」

「うむ、理由がわかるというのなら、オニヒメの令嬢からでも変わらぬはずだな」

「はっ、ありがたき幸せ。この者、我が婚約者旦那様わたくし真姿しんめいを知る為に、この場にやってきた所存でございます」

「ふむ、真姿しんめいか……」


 オニヒメさんはそのように、目の前のハーデースに丁寧にそのように説明すると、ハーデースはどこか疑い深い瞳を向けてくるが、それは長くはなく、ふむ、という言葉と共に口を開き始める。


「貴様、真名しんめいを答えて見せよ」

「え?」

「我が前に立つのに、何故、偽名を使用する?」

「!!?」


 すると背筋に冷たい感覚が走る。

 首元に刃を突き付けるかのような感覚が、感じ取れる。

 そうして、僕自身、再確認する。目の前にいるのは、僕たち以上の恐ろしい存在であり、いとも簡単に僕たちの命を刈り取り管理する物であるということを。

 額や背には嫌な汗が流れ始めるが、今やその汗さえも冷たく感じる。

 空気が重い、肺の中から全てが漏れ出したような感覚が僕に突き付けられてくる。

 この状態になれば、偽名を教えていたというオニヒメさんには罪悪感ゆえに助け船なんて出せれるわけがない。自らが撒いたタネだ、自分で回収しなければ、僕は僕でいられなくなる。


「……まず貴方様の前で嘘偽りの名を出したことを申し訳ございません」


 逃げ場はない。

 もはや必要ない。あったところで、絞首台に立たされて、首に縄がかかっているというのに、逃げられるものか。

 逃げたら、首に縄が締まるだけだ。

 だからこそ、僕は逃げない。

 逃げられない。

 不必要なものをそぎ落とすように、僕は丁寧に自らの首に何回も何十回も何百回も縄を締めると、目の前の死神に口を開く。


「僕には理由があり、人目から隠れるためにそのような、嘘偽りの名を使わせていただきました」

「ほう、では、貴様は真名を言えると?」

「はい」

「では言って見せよ」


 冷たい息を吐きながら、燃え上がるような緊張感を殺すように、一言一句、無駄にしないように必死になって目の前の存在に向かってこう述べた。


「僕の名前しんめいは、リトル・アルスター。元は神に愛され呼び出された勇者と共に世界を旅した者の名です」

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