第22話 冥土の土産

 御当主様に連れられ僕とオニヒメさんは、暗い影に包まれた屋敷の中を歩き回っていた。


「………」


 だが、御当主様は何も言わずただ静かに廊下を歩き続ける。

 気まずい空気が立つ中で、ひんやりと肌に照りつく冷たい空気が際立っていた。

 それは、まるで今から行くところは今以上に冷たく寒い所なのでは無いかと思う程。

 肌が徐々にひりついていき、喉が凍り付く様な感覚に囚われていく。


「今から、どこに行くのですか?」

「まぁ………来てみれば分かる」

「………」


 僕がそう質問して見せても御当主様は、そう静かに答えるだけで行先は全くと言っていいほど答えてくれない。

 ただ目的地に着けば彼の言いたいことも、彼女が持っている力の事も分かるのかもしれない。

 御当主様が案内する屋敷の中をただ静かに歩き続ける。

 さすがに暗さに慣れてきたと言われても、徐々に音も無くなり、肌に来る寒気と言うものは、すぐに慣れてもその威圧感、恐怖感に囚われる。


「すまないがここから先は君たちで行ってくれないか」

「………え?」


 すると急に御当主様は、足を止め彼の目の前にある一つの洞穴に案内するように体をどける。

 だが御当主様が案内しようとしていた洞穴は、屋敷中に漂っていた寒気や威圧感を集中したような雰囲気に包まれており、洞穴から流れ出てくる冷たい空気は僕の肺の中にある空気を凍らすかのように、一息吸うだけでも体の芯から凍りそうになった。

 それだけでは無く、洞穴の奥には深淵が広がっており、見つめるだけでも体がふと吸い込まれるような感覚に溺れ、生気が奪われる感覚を覚える。

 立っているだけでも十分とした気力が必要で、これから一足踏み入れるにも粗糖の勇気と精力、または必要だった。


「お父様、ここには一体……何があるのですか?」

「行ってみれば分かる。ただ今は、それしか言えん」

「?」


 御当主様からそのような返答を頂くと首を傾げながらも、僕とオニヒメさんは暗く冷たい洞穴に足を踏み入れていった。


「君……いや、ヘクトパスカル君」

「? 何でしょうか」

「……気を付けたまえ。忠告だが、絶対に娘から離れるなよ」

「? 分かりました」


 洞穴に足を踏み入れようとした瞬間、僕は急に御当主様に呼び止められ、そのような忠告を受ける。

 その忠告には一体、どのような理由があるのか理解できなかったが、今から入り込む場所はそれほど酷く辛い場所なのだろうと、本能が密かに僕に唱えた。


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 洞穴に入って大体、三十分近く経っただろうか。

 もう随分歩いたというのに、この暗闇は未だに晴れることはなく、ただ感じるのは冷たく寂しい雰囲気と温かく優しい雰囲気を纏ったオニヒメさんの気配だけだった。

 それ以上のことを感じようとした瞬間、本能は急にそれを制止しようと必死になる。


「どうかしましたか?」

「いや、先が長いなと思って」

「確かに暗いですが、私はいったい何があるのか少しだけわかるようになりました」

「もしかして、夜目でしょうか?」

「さぁ、そこまでは知りませんが多分、慣れだと思いますよ」

「そうですか……」


 慣れ、と言われても僕の瞳には何も映らず何も感じない。

 そのせいか、足元に落ちている石ころさえも徐々に感じる取る力がないように思えてしょうがない。


「お、オニヒメさん」

「はい、何でしょうか?」

「す、少し休んでいきませんか?」

「? はぁ、いいですけれども」

「ありがとうございます」


 勇気ある一言が先に行こうとするオニヒメさんの足を止め、何とか休む機会を得られたが、この場に長く居てはいけないとひしひしとどこから感じる本能が更に今ある状況を宜しくない方向に転がっている気がする。

 だが先にオニヒメさんに行かれるよりはましだろうと、頭の中で結論を出すと、近くに転がっている岩で一息つく。


「大丈夫ですか?」

「す、すみません。オニヒメさんはきちんと見えているのに、この洞穴、なんでか僕の目じゃきちんと見れない気がして」

「え?」

「それに少し寒くないですか?」

「そ、そう、ですか?」

「はい、なんだが、寒くて……」


 僕がそういうと、僕の体は我慢しきれず、抑えてきた震えを今この場で開放する。

 背筋に走る寒気に、肺まで凍りそうな空気を呼吸するたびに体の芯は凍り付くような感覚に囚われ、生気と共に体のあらゆる熱が奪われていく。

 奪われ、閉じ込められ、凍り付き、灰になりそうなほど、体の内側から壊されていきそうになる。


「だ、大丈夫ですか⁉」

「あ、だ、だい、じょ、ぶ、です」

「いや、大丈夫じゃないですよね!」


 オニヒメさんが必死に僕に向かい声を声をかけてくれるが、徐々に聞こえなくなりそうになる。

 目も霧に包めれていき、辺りが徐々に白く染まっていくのが体感的に感じられる。


 もう何もしたくない。

 寒い。

 寝ればよくなる。

 あらゆる苦しみから解放される。

 あらゆる幸福から逃避できる。


 そのような声が聞こえる。

 そのような願いが聞こえる。

 そうか、それでいいのか。それでいいのか、と内心徐々に侵食される。


「え、えと、どうすれば、いいんでしょうか⁉」


 その傍らでオニヒメさんは何か慌てている様子を見せている。

 なに、しているんだろう。


「え、えっと、分からないからこの火をぶつけてみればいいんでしょうか?」

「っ゛‼」


 すると、オニヒメさんがは僕の体に叩きつけられる。


 ~~~~~~~~~~~~!!!!


 瞬間、その蒼い炎は僕の体に入り込み、繊維の隅々までに走り、凍り付くような灰の声を燃やし尽くす。

 その証明かと言わんばかりに体が徐々に軽く感じて、温かく感じる。


「あ、あれ?」

「あ、気が付きましたか?」

「え、え? え、えぇ、これはいったい?」


 霧に包まれていた視界もはっきりしたところでやっと、僕は今の状況を飲み込もうと頭を回転させる。


「え、えぇ、一から説明しますと」

「は、はい」

「ユラさまは死にかけました」

「はい………………はいっ⁉」


 どういうことだってばよ⁉

 もう少しかみ砕いて説明してください!

 じゃないとさすがに何が起きたのか理解できない。


 だがオニヒメさんの必死の説明を聞いている中、そのような文句を言えるわけではなく、そっとその声は僕の胸の中に秘めた。

 そんなことを考えながらもオニヒメさんは必死に僕に分かるように説明をしているようで、しどろもどろな内容にふと僕は首を傾げながらもオニヒメさんの話を聞いていた。

 だがオニヒメさんの説明を聞いてみると、その結論はオニヒメさんの先ほどの言葉、一度死にかけた、という結論に至る。


「本当に危ないところだったんですね」

「はい……………何か体に異常に?」

「あ……いえ、大丈夫です。どこも変化がありません」


 何度も僕は体に触れてみるが、痛みも苦しみも先ほどまでの寒気や寂寥感せきりょうかんさえも無くなり、ただ僕の中に残っていたのは静かな温もりだけだった。

 だがこう体が平常に動くとなるのは、どうにも不思議な感覚だ。

 先ほどまで死に際まで言っていたからだがこうも平然として動く姿は、何とも言い様がない不思議な感覚に包まれる。


「そうですか」


 僕がそう言うと、オニヒメさんはほっと安堵の息を吐き、僕の体に触れてくる。

 何も言わず、ただ僕の体を絹のように触れるオニヒメさんの指先はこそばゆく、何か言って貰わなければくすぐったくてしょうがなかった。



「………ど……どうかしましたか?」


 それに我慢できなかった僕はオニヒメさんに向かってオニヒメさんは、僕の体に触れるその指を離す。


「あ………す、すみません」

「いや、良いんですよ? ですけれど、何か理由が………?」


 もしかして、僕でも気づかなかった身体に異常でも見つかったのだろうか。

 だが触れたその手はどうも、そのような物ではない。

 心配、と言うよりも、興味? に近いものであったと思う。


「あ………いえ………少し、気になった………のです」

「気になった?」


 一体、どこが気になったとでもいうのでしょうか?

 僕自身、身体に異常がないというのに、気にする所でも?


「あ、いえ、何でも無いですから……」

「………そ、そうですか?」


 一体、何を理解したのか僕にも分からなかったのだが、ここに長時間居座るのも宜しくない。

 先ほどの感覚が再び、僕に襲い掛かってくる前に、僕はその場を立ちあがり、影が広がる世界に潜り込もうとする。


「さぁ、行きましょう。オニヒメさん」

「………はい」

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