第21話 父親と言うものは恥ずかしさと不器用さと優しさが三割ずつ投与されている
「そう、ですか」
僕の一言を聞いたオニヒメさんはどことなく、先程までの不安定な表情は無くなり、安堵のような表情を向け息を吐く。
「誰だ?」
だが安堵の息を吐き出した瞬間、辺りの空気が凍り付く。
静かに背後を振り向くと、薄い壁のような所から入るはずの無い月の光から生み出される人の影が目に入る。
それを見た以上、体の中に入り込んだ空気が一気に冷め、肺の奥から凍り付く様な感覚に襲われる。
まるで、生きていないかと思わせるかのように。
ススッ、
すると、静かな音を立てながら壁は動き影はその正体を現す。
だが心の奥底では、お願いだからその正体を見せないでくれと願わんばかりで、けれども世界はそのような願いを聞き入れてはくれず、その姿を僕の前に映す。
「一体、誰がいる………!! 貴様は………」
あうち。もう無理だ、おしまいだ。
開かれた壁の先から、声の主、御当主様が佇んでいた。
「………ふむ、貴様が」
だが何か様子が変だ。
これ程の血肉の量を見て、平然と保てる御当主様に異常性を抱きながらも、背後から漏れ出すその威圧に怯えを隠せなくなる。
「貴様がこの状況にしたのか?」
「え、え?」
この状況、というとこの血みどろの部屋にしたという事だろうか。
もしかして、クリーニング代を要求される⁉
「お父様、違います! これら全てが
「シャルロット、黙っていなさい」
「!!」
「で、君は確か………プルターニュ殿の側近、いや使いの者だったな」
「は、はい」
背後に聳え立つ果ての無い威圧に、オニヒメさんはあっという間に黙り込み、その威圧は僕の方に向けられる。
御当主様の威圧は、オニヒメさんの狂気に似ている気配とは全く別な物であり、神格化された神気がそのまま威圧として生み出されているように感じられた。
「名は………?」
「ユラ・ヘクトパスカルと言います」
「ヘクトパスカル………聞いたことの無い名だな」
だろうね。
この名前自体もどこにも申請を出していない偽名ですし、ほんの少しの調査をしてしまえば、これが嘘だと一瞬でわかる。
「ではヘクトパスカルと言う者よ。貴様がこのような状況を生み出したのか?」
「このような状況と言いますと、この血でしょうか?」
「違う。シャルロットの事だ」
「?」
オニヒメさんの事?
御当主様の人コットで更に僕は何を言っているのか分からなくなる。
もし、ここで話すとなるのなら、この場の惨状を全て僕に押し付けることぐらいだと思うのに、ここでオニヒメさんの話に入るとなると少し話しが変な方向になる。
「シャルロットさんの事、でしょうか?」
「あぁ、娘を、こんな姿にしたのは君か?」
「!!?」
こんな姿⁉ 僕は別にいかがわしい事をした記憶はないのですが⁉ ………いや、少しだけあるかもしれない………‼
けど、別にそのような事はしていませんかけど!
「こ、こんな姿? それは一体………?」
「見て分からないのか?」
「え、えぇ」
見て分からないのか、と言われましても別段いかがわしい事なんてしていませんし、さっきまでは殺伐とした状況が繰り広げられていただけなんですが?
だがこんなことを思っていても、御当主様の顔色は何一つ変わらず真剣な眼差しで僕の事を眺め続ける。
「………はぁ、本当に分からないのか?」
「はい、全然!」
「………」
沈黙が走る。
血肉と匂いに包まれたこの部屋でただ御当主様は僕の目の前に佇み、じっと見止みつける様にその真剣な眼差しで僕のことを見る。
「………この鬼の姿を見てもか?」
「え?」
すると、ぽつりと漏らしたその言葉に僕は呆気に取られる。
「娘の姿………鬼の姿を見てもそう言えるのか?」
「………」
真剣な眼差し、威圧の無い声音、無意識下に起こされる心の落ち着き。
それら全て、
「全然、ていきませんけど、少し、動揺しました」
「!!」
「……やはり、か。君も、同じなのだな」
僕の回答に、オニヒメさんは驚いた表情を見せ、御当主様からはどこか悲しげな表情を見せていた。
それはそうだろう。
誰だって、親しくなったものに『怪物』と呼ばれれば、苦しくなるに決まっている。
「けど!!」
違うんだ。
違うんだ!
違うって言いたいんだ。
オニヒメさんは僕と違って、鬼でありながら人であろうとするんだ。怪物でありながらも涙を流すんだ。
僕と違くて、僕に似ている。
僕とは程遠くて、案外近い存在なんだ。
けど、なぜかそのような事が言えない。
まるで理性の中では必死に弁解しているのに、本能はそれを無視をする。
否定しながら、その否定を更に否定する。
何がしたいんだ? 何をしたいんだ?
そんな自問自答を繰り返しながら、まとまらない回答が脳裏に浮かぶ。
「似ているんです」
「なに?」
「似ているんです。オニヒメさん、娘さんと僕は………」
似ている。
だが似ていない。
否定文と肯定文が交差する中で、僕は必死に回答を無理やり吐き出して見せる。
けれども、
「怪物と呼ばれ身近な人から疎まれ怖がられたのは、一緒ですから。それに制御できない力の危うさも知ってしますから」
僕は間違いのない言葉を吐き続けた。
我ながら何を言っているのかと思いながらも、僕が導き出し、吐き出した答えはこれだった。
「………」
だが僕の回答を聞いた御当主様の反応はあまり宜しいと言えるものでは無かった。
沈黙。
その解答に僕はどことなく不安を抱きながらも、ただ静かにド当主様が何を言うのかを待っていた。
「………意味が分からん」
「!!」
………やはり、駄目か。
矛盾した言葉じゃ、意味のある言葉じゃなきゃ、理解できることじゃなきゃ、誰だって理解してくれない。それが人間と言うものだが、これ程僕には才能がないとは。
「………結局の所、君は娘の事をどう思っているのかね? 他の者と同じく、恐れているのか? それとも、恐れてないのか?」
「………恐れていないとなると嘘になります」
「では、君は………」
「けれど、僕はオニヒメさんを恐れている理由は力では無く、異性として他人として恐れています」
「……どういうことだ?」
「本当に怖いというものは目に見える力では無いと言うことです」
実際に最も恐れるのは見える力では無く、人の目に捉えられない超常的な証拠。
それこそが最も恐れる物なのだ。
人の目に分かるほど具現化し行動するとなると、その過程や中身は確かに恐れるものだが、一番恐れるものは人に見えず、触れられず、ただ感じ取れるものが恐ろしい。
「……そうか」
すると、僕の返答にどこか満足したような声を出した御当主様は、静かにその場を振りむき、部屋を出て行こうとする。
「ヘクトパスカルくん」
「はい」
「ついてきなさい。君に案内したいところがある」
「………?」
すると、御当主様はこちらを見ずにそう語ると、そのまま、部屋の中から出て行った。
「シャルロット、お前もだ」
そう最後に一言、言い残して。
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