第15話 秘密は知る時がある

 宿に戻った僕達はそのまま、宿の中にあるROTEN BURO、野外に設置された自然の浴場に使った後、部屋に戻り情報を整理していた。

 とはいえ、その情報を整理していたのはプルターニュさんで、僕の話を聞いた後はバックの中にあるノートを取り出し、それに書き記していく。

 そのため、あっという間に、僕の役目が無くなり暇になってしまう。

 

 それに僕とプルターニュさんは同じ部屋であるために、僕にとっては気まずい空気が流れていると思った。

 年齢的には離れていてもこちらは立派な思春期とやらに入り込んでいる。

 とはいえ、反抗期と言える反抗期は来ていないために、思春期さえも着ているのか分かっていないが、この羞恥心は十分、その物だと思われる。

 本音を言うのなら、ここから出たい。


「ふむ、こんな感じですね」


 すると、ノートを纏め上げたプルターニュさんは満足そうな表情をしながら、纏め上げたノートを手に持ち、眺める。


「あ、終わりましたか」

「はい、ご協力ありがとうございます」

「それにしても、そのノート。一体、何が書かれているんですか?」

「っ」


 僕がそう質問すると、プルターニュさんの表情が固まる。

 どうやら、触れてはいけない物に触れたかのように、どこか説明に困ったような顔に見せていた。


「もしかして触れてはいけない物でしたか………?」


 プルターニュさんのその表情につられる様に僕もどこか気まずくなる。


「いや、別に触れていけないというわけじゃないんです」

「では、なぜ、そのような不安そうな表情を?」

「………少し、昔話をしましょう」

「?」


 するとプルターニュさんは態勢を変え、紳士な表情で僕に話しかけてくる。


「私は昔、ある学院に所属していたんです」

「確か………カンブリア学院ですね」


 その話は、屋敷にいた時に当主様と話している際に聞いた。

 だがそれとそのノートがなぜ関与してくるのだろうか?


「えぇ、そこでは私以上にたくさんの天才がいたんです。そんな中では、私は凡才でしかなかった」

「え?」

「辺りには無限に輝く原石がいたけれど、私は入学した時からほんの少しだけ突き抜けた頭の良い子でしかなかった。カンブリア学院は実力主義の学院であった為に、【いじめ】が平然とありました。けれど、される者は何も言えない。実力がないのですから……」

「………」


 重い。

 本能的に感じた感想がそれだった。

 語る言葉が、言葉から漏れ出す感情が、何一つとして重い。

 体にかかる負担が何よりも重く、それに影響され心にまで来る。


「実力主義の学院では、私は格好の的でしたから。すぐに多くの人にいじめられました。けど、実力がない。無ければいじめの格好の獲物でしかありませんでしたか。ですから、私は努力しました。必死に努力して、妬まれ馬鹿にされ、いつの間にか学院の頂点にいたんです」

「学院の頂点………もしかして、カンブリア学院主席生徒の事ですか!」

「えぇ、よく知っていますね」


 知っているのも何も、知らないのがおかしい。

 カンブリア学院主席となると、どこかの国家の中枢に入ることが約束されるほど、ましてや、王族にだって入ることが許可されるはずだ。

 そのため、多くの平民が自身の才能を伸ばし、かの学院に入る。

 けれど、その学院に入ってもそのような事が平然とあるのか………。世界はそう簡単にできているわけでは無いと自覚しているが、それは酷すぎる。


「その過程になったのはこのノートなんです」

「え?」

「このノートは私の知らない知識が入っていますし、私が忘れたい思い出も刻み付けています」

「………なぜ、そのような事をしているのですか?」


 何でそんなことをするのだろうか。

 自らの事を傷つけようとすることを、茨の道と世間は言うかもしれないが、僕から見てみればそのノートに書くという事は、自らの体に呪いを植え込むのと同じような事だった。

 なのに、なぜするのか、理解できなかった。


「なぜ、ですか。それは

「っ!!」

「凡人が天才たちに縋りつくためには、誰よりも努力しなければいけません。力を手に入れ、知恵を手に入れ、実力を示す。それが私があの学院で学んだことですから」


 

 もし、彼女プルターニュさんにそのような言葉を付けるとしたら、その言葉が妥当だった。

 先ほどまでの重さはこれの為の布石なのでは無いかと思ってしまう程、プルターニュさんの瞳は酷く濁っており、先程までの煌びやかな瞳の色彩はどこにもなかった。

 ただあるのは、。または、と言えばいいのだろうか。

 人が抱く本来の狂気と言うよりは、深淵に近いものがある。


「ま、これら全て、恩師の押し文句ですが」

「………え?」


 だが先ほどまでの深い感じが霧散するように、軽い感じでそのような様子を見せる。

 けれども、プルターニュさんは気にする事は無く、ただ平然とした顔を向けている。まるで、何も無かったかのように………。

 

「満足しましたか?」

「………えぇ」

「そうですか! でしたら、早く寝ましょう! 明日も早いと思いますしね」

「そう、ですか………」

「えぇ、ですから早く寝ましょう!」


 プルターニュさんはそう言いながら、敷いてある布団の中に入ると、そのまま、顔を背ける様に僕に背を向ける。

 僕の瞳にはプルターニュさんは背中は、切なく見えた。


「早く寝るといいですよ。長いですから」

「………」


 そうプルターニュさんさんに言われると、僕は何も言わず、布団に入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る