第12話 怖くないのでしょうか

 先ほどの爆発寸前の火薬庫に収まりが付いた所、僕達は静かに屋敷を歩いていた。

 プルターニュさんは先程までの熱も今では借りたきた猫のようにおとなしくなり、静かになる。


「そう言えば一つだけ質問を良いでしょうか?」

「………何でしょうか?」

「先ほど、オニヒメさんの名前がシャルロットという事が少し気になるのですが、もしかして、父君や母君が………」

「えぇ、その通りでございます」

「わぁお」


 僕は先程から気になっていた内容をオニヒメさんに言うと、オニヒメさんはこちらに顔を向けようともせずとも僕の質問に答えてくれる。


「母方が西欧諸国の出身でございます」

「そうなんですか」

「えぇ、ですから、西の名前を取り入れたものです」


 あぁ、だから。

 僕は彼女の言葉に納得するが、オニヒメさんのことをを見てみると、彼女からは僕達と同じ西欧系の雰囲気を感じさせない。

 まるで、こちらの側の人間では無いかと思わせる程。


「こちらで少しお待ちください」


 オニヒメさんに案内されたところは、大きな間でその床には多くの畳が敷き詰められていた。


「は、はい」


 プルターニュさんは先程から何も言わない。

 そのため、僕が返事をするとオニヒメさんは頭を下げて、扉のような壁を閉めるとそのままその場から消える。


「………プルターニュさん、さっきからなんで黙っていたんですか?」

「聞きたいですか?」


 先ほどから一言も何も話さなかったプルターニュさんは僕が話しかけると、プルターニュさんは息を吹き返したかのように話し始める。


「えぇ、少しだけ」


 けれども、先程までより雰囲気は柔らかく、しんっとした空気では無い。

 だがどこか真剣そうな表情しているように見えた。


「では言いますよ。彼女がですよ」

「え?」


 するとプルターニュさんから漏れた言葉はそのような内容だった。

 何を言っている、と瞬間的に思ったが、それ以上、プルターニュさんは何も言わない。いや、言えない。

 なぜなら、


「どうかしましたか?」


 いつの間にかオニヒメさんが背後にいいたのだから。


「いや、何でもありません」


 オニヒメさんの気配の先程とは違い。その敬拝はどことなく鬼と言う魔性の気配を感じさせた。

 オニヒメさんだけじゃない。

 この屋敷全体が、そのような気配に包まれる。


「そうですか、御茶をお持ちしました」


 そうしてオニヒメさんは何事も無いような様子で、僕達の前にお茶を出す。

 出されたお茶に、僕達は数秒手に取れなかったが、静かに僕がお茶が入っている器に手を伸ばしお茶に口をつける。


「美味しい」

「!!」


 瞬間、口の中に爽やかな風味が広がる。

 味わえば味わう程、深い味わいが口の中に広がり続ける。

 僕がそんな感想を言うと、プルターニュさんたちは驚いた表情を見せるが、すぐに冷静さを取り戻し、お茶が入っている器に腕を伸ばす。


「む、旨いですね!」

「ですよね、この深み、僕は好きですよ」

「そうですね………これほど、良い物だとは」


 プルターニュさんもお茶を飲むとその味わいに驚いた表情を見せている。

 その様子に僕もついつい、このお茶の味わいを熱く語ってしまう所であったのだがその中で、一人だけ僕のことをジッと見ている人がいた。


「な、何ですか?」

「い、いえ、何でもありません」


 オニヒメさん。

 彼女はなぜか僕のことを見つめてくる。

 もしかして、作法と言うものが間違えていたり!? 貴族間のやりくり交流では正しい作法があると聞いたことはあるけど、もしかしてこちらの文化にもきちんとあるのだろうか!?

 はっ、そう言えば、『SADOU』と言うものがあると書物に読みましたがまさかそれか!?


「ユラく………さん、多分違いますよ」

「えっ、そうなんですか!?」


 衝撃!

 かの有名な『SADOU』は、武術の一環でありながらとても文化的な物と聞きましたよ!?


「たぶん、その本は間違っていますね」

「う、うそぉ………」


 衝撃の事実に僕は凹みながらも、ちびちびとお茶を飲み続ける。

 そんなぁ、あの書物は割と本気で読み込んでいたのに、勇者が町を出るまでずっと通っていましたよ?

 その書物が置いてある図書館。


「………」



 それでもなお、オニヒメさんの視線は何一つ変わらない。

 ただじっと僕のことを見てくる。獲物を取るような視線では無く、ただ観察し眺めるだけの狩人の様に、何もしてこない。

 逆の何もしてこないと恐怖心しか湧かない。

 いや、何かをしてくるのも怖いけど………。


「すみません」

「なんでしょうか?」

「すみません、少しだけ花を摘みに行きたいのですが………」

「そうですか、綾子」

「はい、何でございましょう」

「お花を摘みに行くようです。ご案内を」

「分かりました」


 すると、プルターニュさんがそのように言い、席を立つ。

 と言っても、席があるわけでは無いが、僕とオニヒメさんだけがここに残されるのは少し辛かった。


「では行ってきます」

「あ、はい」


 とはいえ、僕にはそれほど強い拒否権が無く立った二人に残される。


「すみません」

「は、はひぃ!?」


 こ、声が裏返った。

 二人きりと言う状況に緊張感に僕が抱えていると、急にオニヒメさんに話しかけられる。


「な、何ですか………」


 僕は先程の失態を覆そうと、縮こまりながらも僕はオニヒメさんに話しかける。


「………貴方は、わたくしが怖いんですね」

「………え?」


 すると急にオニヒメの言葉に僕は呆気に取られる。

 その言葉には先程までの空気のような感覚で鋭い刃のような物では無く、人の想いが篭っている言葉という事が分かった。

 ほんの少しの人間らしさ、悲しさと寂しさ、孤独を感じさせるものであり、どことなく


「先ほど、怖がっていたでありませんか」


 どこか悲しそうな瞳で語り続けるオニヒメさん。

 そんな彼女に僕は何も言えず、静かに見つめることしかできなかった。


わたくしは鬼です。人を襲い、食い、蹂躙する存在です。魔性なる者です。生きてはいけない存在です。だからこそ、皆、怖がり逃げていく、貴方もその一人です」

「………そう、ですかね?」

「先ほどわたくしに怖がっていたではありませんか」

「確かに怖かったですよ。貴女のような鬼に会うのですから、誰だって最初は怖いです。僕が今まであったことがある鬼と言うものはでかくて強くて人の事なんて丸のみにするような方でしたから」

「鬼に会ったことがあるのですか?」

「オーガですが………それにあちらは僕達の意志なんて気にせずに襲い掛かってきますし、御話なんてできません。知能があるとは思いますが、彼等にはまともにお話したことも無いですよ」


 今考えても勇者たちと廃城に墨かにしていたオーガたちは社会性があるとも思えなかったし、平然と仲間を殺し、動物の首で酌を取っていた種族だから、今思い出しても怖い。

 まぁ、それより怖い存在なんて人間ですけど。

 話せても理解できないからなぁ、変な風に同情感とか覚えると勝手に自爆の方向に行くから………人間怖い。


「けど、貴方にとって鬼とは怖い存在ですよね」

「………むー、そうですね。勝手な解釈ですが僕はそう思いませんよ」

「え?」

「だって貴女は

「………え?」


 僕がそう言うと、オニヒメさんは驚いたような表情で僕のことを見てくる。

 え、僕変なこと言ったかな!? けど、事実言っただけだし………。


「本当に変わっていますね」

「そうですかね? だって事実じゃないですか、綺麗な鬼には悪いも悪くないもあんま関係ないと思いますよ。悪いことをしたら、その分の罰が来る。しなければ、しなかった分の良いことがやってくる。何事も自分自身に帰ってきますから」

「………それは人を殺した私には」

「?」

「罰が来ますか?」


 すると、オニヒメさんが顔を下げたと思ったらすぐにその顔を上げて、僕の方を見る。

 その瞳はどことなく妖艶な雰囲気を纏った赤い瞳をしており肌は死者の様に白く、そしてその瞳には口紅かと見間違えんばかりの角が生えていた。


「分かりません」


 一瞬、オニヒメさんの変化に目を奪われてしまったが、僕は静かに口に着けていたお茶のは言った器を置くとそう静かに言う。


「なぜですか?」

「逆に聞きますが、僕のような人の生としてはあまりにも未熟な僕に何かを問い、そのような答えを聞きたいのですか?」

「………」

「貴女がどのような事を考えていても分かりません。僕、人間ですよ? それも若造。それでも貴女は答えが欲しいというのであれば、貴女は


 僕がそう言い切ると、再び置いていたお茶に口を着け、飲み始めた。


「そうですか」

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