第8話 ケモノ

「………!」


 すると森の中に一つの風が流れ込んでくる。

 草木が揺れ、一枚の葉っぱが僕らの前にへと通り過ぎると、出来事は動き出した。

 一枚の画からあらゆる登場人物、風景、物、それら全てが動き始める。


 ガキンッ、

 重く鈍い音が僕の目の前で響き渡り、プルターニュさんとかの存在は互いの手に取っている獲物同士がぶつかり合って睨み合っていた。


「何者です」


 プルターニュさんはそう静かに言うと、ボロボロで綺麗な装飾をされている服を着ている謎の人物は、じっと何も言わず獲物を握る強さを強くする。


「ふんっ!」


 大きな掛け声とともに、プルターニュさんは手に持つ直角定規のような獲物を大きく振り払う。


「!!」


 振り払った瞬間、先程まで襲い掛かってきた人物の瞳が一瞬だけ僕の方にへと向けられる。

 向けられた瞬間、なぜか襲撃者は驚いたような瞳をしながらも逃げる様に草むらにへと再び入り込んだ。


「な、なんだったんだ?」


 まさに嵐が過ぎ去ったかのような静けさだけが、辺りを包み込んでおり、残された僕とプルターニュさんは何が起きたのかと思いながら目の前の状況を見ていた。

 辺りに散らばる血肉の臭いが気持ち悪いほど酷く、吐き気がこみ上げてくる。


「ぐっ!」


「大丈夫ですか!?」


「あ、いえ、大丈夫です………」


 人の死体の山に影響されながらも、僕はすぐさま体の中で免疫を付ける。

 このような血肉の臭いは前職では、嫌という程感じた事もあったため、慣れと言うものは案外、恐ろしいもので血肉の臭いが慣れてしまうと、その臭いはどこに行っても染み付いて離れない。

 この時代は、そんな時代だ。

 冒険が普通であるが故、血肉が離れる事の無い時代。


 優しげな瞳を向けるプルターニュさんを払いのけて、僕はその足を進める。


「行きましょう」


「けど」


「行きましょう………僕はこのままでも十分です」


「ですが………」


「もしここで止まれば、休むにも休めないでしょう? だからこそ行きましょう」


「それなら、良いのですが………」


 それに、あの人物はこの先の村に合えるような気がした。


 僕はプルターニュさんを押しのけて、目の前の道を静かに歩き続ける。

 道を進むと、目の前には見たことも無い文化を思った村がぽつんとあった。


「これは、和文化に似ている?」


「え、えぇ、そうですね」


 目の前に広がっている村は、今まで僕が見てきた村とは違うように見えた。

 今までの村は西洋の雰囲気を持ちながらどことなく優しさを感じられたが、目の前に広がる村は、綺麗な建物が立ち並んでおり、穏やかな雰囲気とは全く言えず、まるで小さな都でも見ているような気がした。


「ここが本当に村なんですか?」


「えぇ、地図では……きちんと村と表記されていますね」


「そうなんですか………」


 不思議がる僕にプルターニュさんは、いつの間にか持っている地図を見せながら説明してくれるが、僕はその状況を飲み込めるような力は無かった。

 それほど目の前に広がっている村に驚きを隠せず、その活気ある村の姿に興味深い視線を向けていた。


「これが、和文化なんですか………」


 目の前に広がる新しい情報は新鮮で、見ているだけでも十分、僕を楽しませるものだと理解した。

 見た事んおない風景に、文化、社会性はあまり変化が見られないけど、ここの村はまさに『異世界』と言っても過言では無かった。


「おや、そこにいられるのは一体、どなた様かな?」


「「!?」」


 するろボーっと立っている僕たちの前に一人の老人が現れる。

 何も普通の老人に見えたのだが、先程までそこにいなかったのに、急に現れた。

 いや、多分いたのだろうが、気配が無かった。


「え、えっと………」


 急に目の前に現れた老人は不思議そうな視線を向けながらも、僕達は狼狽えながらも答えようとするが、


「すみません。旅をしている者ですが、少しだけこの村に泊まることはできないでしょうか?」


「おやおや、これはこれは旅の御方でしたか。でしたら、ここの道をまっすぐ行きますと、小さな宿がありましてね。そこにでしたら部屋は空いていると思いますぞ」


「そうですか。ご案内、感謝いたします」


「いやいや、気にしないでくださいませ」


 隣にいたプルターニュさんが全て済ませてしまう。

 結局の所、僕の出るところは何一つ無かった。

 戦闘と言え、こういう簡単な人の会話さえもプルターニュさんに取られてしまうと、少しだけ申し訳なく感じる。


「あちらが宿のようですね」


 僕のことなどあまり気にしない様にプルターニュさんは、その足を宿にへと進める。

 それにしても辺りを見れば、文献で見たことある建造物や生活、文化があった。

 知っているはずの建造物や生活圏、そして何よりも村の奥にある神殿のような建造物が気になってしょうがなかった。

 なぜならその近くに、今から止まる宿があるからだ。


「ここが紹介された宿、ですか?」


 プルターニュさんに案内されながらも、僕達は先程の老人に紹介された宿に着くと、紹介された宿は想像していた所よりも綺麗で、一言で言うのならそこら辺の宿よりも大きく広かった。


「すごい………」


「そうですね………これほど大きな宿は初めて見ます」


「へぇ、そんなですか。学者さんと言えばいい所に泊まれるのかと思いました」


「あはは、なんですかそれ」


「だって、綺麗な服を着ていたので………」


 今はずいぶん汚れているが、プルターニュさんが着ている服はそこら辺で買えるような安物の物では無いように見える。

 完全に一級品で、生地から相当、選ばれているものだと感じられる。


「………これはこれは、驚きました。まさかそこまで『目』がよろしいとは」


「いや、ただの貧乏人の勘ですよ」


「まさか、そう言いながらその口ぶりは商人あきないにんみたいですよ」


「………そうですか」


 プルターニュさんはそう言いながら宿の扉を開くが、僕は彼女が頭に過った。


「商人か………」


 プルターニュさんのその言葉に、僕は自身の手を見つめる。

 僕の手は小さく、細く、白い。見ているだけでもとても弱弱しいものだと理解する。

 けど、僕も何かできるのかもしれない。


「やってみようかな」


「どうかしたんですか?」


「いえ、何でもなりません」


 そう言うと僕は先に宿に入ったプルターニュさんを追いかける様に、宿にへと入った。

 だが気付いていなかった。僕はこの決断が、自身の見る世界を変えることを……。

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