第7話 獣
「よし、乾きましたね!」
「はい、そうですね……」
小さな潺が流れる河原で、木の枝を使って洗った服を干していたプルターニュさんは、元気のよさそうな声を上げているが、僕はほとんど衣服を剥がれ河原で横になっていた。
既に彼女に恥ずかしい所も見られているため、何だろうか、男としての大事な物を失った気がする。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでも………」
ただ、尊厳が無くなりそうなだけです。
乾いた衣服を手に取りながら、プルターニュさんは僕の方へと向かって来る。それを渋々受け取り、その身に纏う。
「さて、行きますか。ユラさん?」
「はい」
服を身にまとった僕たちはそのまま、河原に作った焚き火を消すと、その場を立ち上がりすぐさまこの場から離れる準備を始める。
あぁ、やっとかと、そんな事を思いながら僕はふぅ、と安堵の息を吐くと、プルターニュさんは不思議そうな表情で僕の事を見てくる。
「どうか「なんでもありません」そうですか……」
僕のため息の意味を知られてしまう前の僕はプルターニュさんに断りの言葉を入れておく。
でなければ、彼女のことを傷つけてしまうかもしれない。例えそれが無自覚の行為ではないと言っても、人を傷つけることなんて案外簡単なことなんだから、丁寧に物事を見ていかなければいけない。
「私、なんか怒らせることしましたか?」
「していないですね」
「そうですか……」
とは言え、なぜか僕がプルターニュさんのことを傷つけている様な気がする。
もしかして僕も、彼女と同じく無自覚で人のことを傷つけていたのだろうか。
「………何か不味いことしました?」
そして先程までとは逆の立場で僕はプルターニュさんに質問する。
「え、それはどういう事ですか?」
「え、だって、僕が何か不機嫌にさせる様なことでもしたのかなと思って………その、顔が」
そんな凹んだような表情を見せられてしまえば、僕とて無視できる状態ではない。
「もしかして、怒っていると勘違いされたんですか!?」
「あ、少し違いましたね。何だか、ナイーブな表情を見せておりましたので……」
「あー、そうですね。すみません、貴方のことで少し気になっていただけです」
「え?」
プルターニュさんはそんな事を言っていたが、僕は彼女と考えている真逆な事を考えていた。
「不機嫌、ですか?」
「えぇ、先程からまともな返答が聞けませんでしたから………怒らせるような事でもしてしまったのかと………」
「いえいえ、違いますよ! 怒ってなんていません!」
「そうなのですか?」
プルターニュさんはきょとんとした表情で僕のことを見ていたがまったくもって、勘違いと言う言葉に全く合うものだった。
「では、なぜ、貴方はそのような顔を?」
「………僕ですか? あぁ、それは………」
プルターニュさんが僕のことを不機嫌と勘違いしたのは多分、服を追剥よろしく奪われたことに不甲斐なさを感じていたからだろう。
でなければ、今になって凄く恥ずかしさと後悔の気持ちがこみ上げてくるなんて起き上がるはずがない。
そう、そのはず。
「後悔と挫折ですかね」
「急になんですか!?」
「いや、こっちの話ですよ。えぇ、こちらの話ですよ」
「………」
僕が遠い空を眺めながら語ると、プルターニュさんは気まずそうな顔で僕のことを見つめてくる。
そんな目で見ないでくれ、一思いに笑ってくれた方が僕的には気が楽になるというものなのだが………。
「はぁ」
深い溜息を吐きながら渡る旅路は、足が重たくなるような感覚を持たせる。
「む、村が見えてきましたね」
重たい足を旅路に乗せていると、森の先には一つの柵が目に入る。
それは人のいる証であり、僕らの足を休めれる場所でもあった。
「あぁ、やっとつい「待って」…………え?」
僕が安堵の息を吐こうとした瞬間、プルターニュさんが俺の目の前に立つ。
一体、何なのだろうか、と思いながらプルターニュさんの背から彼女の前にあるものを覗き込む。
「………えっ?」
僕達の目の前にいるのは、一つの人間がいた。
いや、人間と言っていい物だろうか。僕の目の前にいてプルターニュさんを見つめていた存在は、ありえないほどの血に塗れ、その手には漆のように血に濡れた斧を手にじっとりと鼻に来る死臭の香りを纏っていた。
ポタリ、ポタリ、と見ているだけでも恐ろしく、血は衣服や髪の先から滴り落ちてその姿は東方に存在している魔物【鬼】と言うものに僕は見えた。静かにその存在を眺めていると、ぎろり、と金色に輝く瞳が僕たちにへと向けられる。
「………‼」
ひっ、と僕はその口から漏れ出そうとするが、その口を押える。
本当は口の中から漏れ出したかったが、何を思ったのか僕はその口の塞ぎ漏れ出す声を出さない様に抑え込む。
「貴方は下がってください」
「プルターニュさん………」
僕のことを庇うかのようにプルターニュさんはかの存在の前にへと立ち塞がる。
まるで姫を守る騎士かの様に僕のことを庇い、その背中に背負う大きな得物を手に触れ、かの存在を睨みつける。
「………」
「………」
静かで空気がピリピリとする感覚が辺りに広がる。
まるでほんの少しでも動いた瞬間、この場の全てが動き始めるかのように、今いるこの場が一枚の画の様に時間が止まっていた。
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