第17話:ニアミス
最近、昔の記憶が曖昧になっているな……と感じていた。
もう何年もアンジェリカとして生活しているのだから、当然の事かもしれないが。
それにしても、もうすぐ昔のオレ――マルスが死ぬ大事件が起こる筈で。
何とか出来ればいいのだが、目が見えない今のオレに出来る事は少なかった。
そんな、ある日。
またしてもレオンがオレの部屋を訪れた。
「前にあげた水晶玉、今でも持ってるかい?」
「うん、あるよ。必要なの?」
「ああ、悪いけど……」
「待ってて」
オレは手探りでクローゼットを開け、服に仕込んであった鍵を取り出す。
「鍵なんてつけてたのか」
「だって、あなたからの贈り物って高価なものばかりなんだもん」
クローゼットの床の所に敷いてあるマットをどけて、鍵穴に差し込む。
「隠し扉か。随分、厳重なんだね」
「コレは従者や侍女たちを守るための保険なんだよ。なくしてしまって盗んだとか噂をたてられたり、そんなつもりなくても魔が差したりする事が人間ならあるでしょ?」
「侍女や従者たちも知らないの?」
「うん。私だけの秘密だよ。昔アルフィに貰った玩具の宝石箱についてた鍵を使って、夜中にこっそり作ったんだ」
「……そんなに大事な秘密を、私に見られてもいいのかい?」
オレは思わず笑ってしまった。
「レオンから貰った物だもん。隠しても意味ないよ」
「そう言えば、そうだね」
「あった。……はい」
レオンは小箱を受け取ると、オレの事を優しく抱きしめてきた。
「ありがとう。アンジェリカ。君には、いつも驚かされるよ」
「ね……レオン」
「何だい?」
耳元でレオンの低い声が優しく響く。
「守刀に気をつけて」
アイツがレオンを刺す場面を思い出して身震いした。
「え……?」
「何があっても無理しないでね。約束だよ」
「ああ、約束するよ。アンジェリカ」
レオンは身体を離すと、小指を絡めてきた。
◆
レオンが去ると、暇になってしまったオレは中庭を歩くことにした。
部屋に篭もりきりだと家族や家の者が心配するからだ。
「失礼。お嬢さん」
そう言って声をかけてきた男がいた。
知っている者の声ではない。
低いような高いような、とても聞き心地のいい声の持ち主だった。
「あなた……誰?」
尋ねると、男は驚くべき事を言い放った。
「オレはマルス。ちょっと通りがかってね」
思わずオレは後ずさる。
前のオレって、アンジェリカに会ったっけ?
……覚えてない!
「そんなに怯えないでくれよ。傷つくなぁ?」
「な、何のご用ですか……?」
「あんたには借りがあるんだよ。手を出しな」
思わず、身を引こうとして逆に腕を引っ張られてしまう。
「何にもしやしねぇってば。いいから、手ぇ出せよ」
無理やり手を握られて、手の中に何かが残った。
「借りは返したぜ?」
感触からいって、おそらく少額硬貨だった。
そうだ。
あの時の子供……!
「待って!」
去っていくマルスを引き止める。
「お願い。待って!」
「……何だよ。あんたから貰った金、神様に恥じないような使い方をしたぜ?」
「あなた今、幸せ?」
「あぁ、勿論。あんたのお陰で、すっごく面白い人生になったよ。ありがとな」
「もうすぐ大きな混乱が起きるの……だから。どうか……どうか命を大切にして!」
「あんた見かけによらず情勢に敏いな。心配してくれてありがとよ」
軽い口調のままマルスは行ってしまった。
残されたオレは、何故だか急に身体に力が入らなくなって、その場にしゃがみこんだ。
思い出した。
あの時、オレは幸運のコインを恵んでくれた女神を偶然、見つけて、同額のコインを返したのだ。
それがゴウル家のアンジェリカだとは知らずに……。
幸運のコインをくれた女神――アンジェリカは。
少しばかり年上で。
流れるような長い金髪が印象的な。
何故か視線をあわせない、色素の薄い灰色の瞳を持った。
華奢で人間離れした、女神と称する値する、とても美しい女性だった――。
オレが唯一、美人だと思えた女性。
それが、オレだったのだ……。
過去の自分の記憶を通して、オレは初めて今の自分の姿が"見えた"。
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