第16話:水晶玉
そんなこんなで月日が経ち、アウルム城内に不穏な噂が流れ始めた。
「レオン王子は、王の本当の子供ではないそうだ」
そんな根も葉もない噂だった。
末端のゴウル家の従者たちまでもが噂するくらいなので街中では大騒ぎだろうと予測した。
実際、過去の記憶を辿っても、その当時のレオンの噂は酷いもので。
王が若くして崩御してしまうので、数年もしない内に、王位継承権上位共が争いを始めるのをオレは知っていた。
「アンジェ。久しぶりだね」
「お久しぶりです。レオン様」
お互いに十八歳になり、すっかり大人の声に変貌していたレオンは、時折、必ず何かしらの手土産を持って我が家を訪れた。
本来ならば、従者たちを引き連れている筈の王子様なのだが、ここへ来る時はいつも一人だった。
もしかしたら外で待たせているのかもしれない。
「アンジェリカ。占いって興味あるかな?」
唐突な質問と共にレオンは、それを渡してきた。
それは小さな箱に入っていて。
「占い? これは何ですか?」
「水晶玉だよ」
「開けてみても良いですか?」
「ああ。凄く手触りがいいんだよ。触ってみて」
手探りで箱の蓋を開けて、中から丸い物を取り出す。
「本当だ。すべすべ」
手のひらと同じくらいのその水晶玉とやらは滑らかにオレの手の中で転がった。
「アンジェリカ……」
「? なんでしょう」
「それ、僕には必要ない物だからアンジェリカにあげるね」
「え? でも……」
これだけデカい水晶だと、思いっきり高いと思うんだが。
「正室の件で迷惑かけたからね。君に貰って欲しいんだよ」
「そう言って、いつも何かしら高価な物を頂いていますけど?」
先日はとっても肌触りの良い毛皮のコートを貰ってしまっていた。
「気に入らなかったら捨ててしまって構わないから」
そう言われても、王子から貰ったものを無下にも出来ない事くらい分かってると思うんだが……。
「大切にしますね。ありがとうございます」
「そういえば、アンジェリカ。前から気になっていたんだが」
「何でしょう?」
「その敬語。何とかならないかな?」
「えっと……」
とは言え、王子という身分の人に敬語以外を使うのは躊躇われた。
「私たちは……同級生だろ。せめて友達みたいに、なりたいんだけど。これって我儘だったりする?」
もしかしたらレオンは噂を気にしているのかもしれない。
そう思ったオレは首を横に振った。
「いいえ……ううん。我儘なんかじゃないよ。あなたに友達だって言って貰えて嬉しい」
「ありがとう。アンジェリカ」
「夕方であればキラも来てくれるし。いつでも息抜きに来てね」
「よかった。また来るよ」
あれから一日もかかさずに騎士団の訓練の後、キラはオレの顔を見に来ていたのだが、やはり話題はレオンの事で。
「信じる方が、どうかしてるわよ。あんなに似てるのに」
キラは不貞腐れた。
誰が何に似ているのかといえば、王とレオンが、だ。
「そんな調子だと騎士団にも派閥が出来てるんじゃない?」
何気なく切り出してみる。
「そうなのよ。レオン推進派と否定派で真っ二つって感じ。雰囲気悪いわよー」
キラは吐き出すように述べた後、思い出したかのように笑った。
「あ、でもね。良い事もあったわ。レオンにおかしな友達が出来たのよ」
「おかしな……友達?」
「そう。夜、憂さ晴らしにお忍びで飲み歩いていた時に出会ったって言ってたわ。まるでチンピラみたいなヤツなんだけど、意外と真面目でね。腕っ節はからっきしなんだけど、心強い味方が出来たわ」
「ふぅん。名前は?」
「マルスよ。苗字はないんだって」
お。もうそんな時期かー。
なんてオレは他人事のように感慨深く思った。
「よかった。レオン、落ち込んでるんじゃないかって心配だったから」
そう言うと、キラはオレの肩を軽く叩いた。
「大丈夫よ。何だかんだ言ってレオンには味方が多いもの。反対派の連中の中にだって、上から命令されて仕方なくってヤツもいるんだから。アンジェは心配しなくていいのよ」
「うん。そうだね」
「本当なら輝石があれば、すぐに分かるんだけどねー」
「輝石……」
オレの言葉にキラは声を低くする。
「あら、アンジェは知らなかったのね。随分前に輝石は盗まれてしまったのよ」
「盗まれた?」
とぼけて聞いてみる。
というのも輝石を盗んだ張本人はオレで、その後、レオンと話し合う機会がありレオンに返したのだが、オレ以外にも輝石を狙っている者が多数いるらしく、城の内部ではない信用できる筋に預ける……とレオンは言っていた。
「今、国中を探しているらしいのだけど、まだ見つかっていないのよ」
「そうなんだ」
そういえば、オレが死んだ後、オレが持っていたあの石はどうなったのだろう。
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