第15話:決着




 気づいたら、物凄い疲労感が全身を襲っていた。


「アンジェ。起きた?」

「……アルフィ……?」

「今、服を着せるからね」


 その言葉を聞いて、頭から血の気が引く。

 アルフレドは嫌がるオレの身体を支えつつ下着から上着までキチンと身につけてきた。


「アンジェ。愛してる」


 アルフレドはキツく抱きしめてきた。


「もう一度お祖母様に相談してみるね。勿論、君のご家族にも話をするから」

「アルフィ……待っ……」


 口を開けるのも一苦労だった。


「何の、話……?」

「レオンに正室になって欲しいと言われたんだろう? 君は僕のものだ。誰にも渡さない」

「……ダメだよ。わたし、ダメ……」

「アンジェ。僕は君を愛してるんだよ。君もだろう?」

「レオン様……とは結婚しないよ。だから、も……こんな事……しないで?」

「でも……」

「今日のことは、誰にも言わないで……」


 疲れきったオレの身体を支えながら、アルフレドは馬車で家まで送ってくれた。


 その途中で甲高い子供の声が。


「……旦那様、お恵みを!」

「向こうへ行きなさい」


 アルフレドは子供を追い払っているようで。


「友達が病気なんです! 薬代が必要なんです! お願いします!」

「金はないんだ。向こうへ行きなさい」

「待って」


 アルフレドを制して、オレは普段から服の裏地に括りつけてある革袋から硬貨を取り出す。

 手触りからして恐らく少額硬貨だろう。


「これを……持っていって」

「いいの?」

「これは神様があなたのために用意したお金だよ。神様に恥じないように使ってね?」

「……う、うん。ありがとう! お姉ちゃん!」


 パタパタと裸足であろう足音が遠ざかる。


「何で恵んだりしたんだい? 返って気の毒じゃないか」

「一つのコインが人生を左右する事もあるんだよ……アルフィ」


 昔を思い出して懐かしく思った。

 恵んでもらった一つの硬貨で、オレは王の隠し刀とまで称される職位に就けたのだから。


「アンジェは世の中を知らないんだね」


 気の毒そうにアルフレドは溜息をついたが。

 物を知らないのは、どっちなのやら。

 一人の善意が、一人の人生を劇的に変える事を知っているオレは、そんな事を思った。


 自分の屋敷に着き、何とか人に会わずに部屋にたどり着いて、身体を探って胸をなでおろす。


「随分、酷い貧血ね。お医者様を呼ぼうかしら」


 翌日、母はベッドから起き上がれないオレを見て、心配そうに頭を撫でてきた。


「どこか痛い?」


 オレの頬を流れる熱い何かを拭った母が尋ねてくる。


「何でもない……少し、気持ち悪いだけ」


 とにかく最悪の事態が回避出来てよかった。

 その日、夕方辺りにキラがやってきて臥せっているオレの手を握った。


「一体、どうしたの? 私に出来る事があったら遠慮なく言ってよね」

「いつも、ありがとう。キラ……」


 キラは心配そうだったが、取り繕う余裕がないくらいの疲労が残っていた。

 もしかしたらアルフレドの薬のせいかもしれない。

 翌朝、大分よくなってきて安心するが、安堵したのも束の間。


 アルフレドは午後、正式に側室の話を持ってきた。

 そして。


「先日、娘さんと愛を確かめました。やはり僕にはアンジェが必要なんです。どうか娘さんを僕にください」


 そう、宣言したのだった……。


「アルフィ……話したら駄目だって言ったでしょ」


 オレの部屋を訪れたアルフレドが、両親に話をした事を告げてきた。


「どうして? 愛し合ってるのに」

「お茶に薬を入れて、無理やりにするのは愛じゃないよ。あなたは、わたしの事を本当の意味で愛していないんだよ」

「そんな事ない。僕は……君が怖いんじゃないかと思って……」

「相手が、わたしじゃなかったら犯罪だよ。もう絶対にしないでね」

「アンジェ……」

「突然あんな事されたら……辛いし、痛いし、凄く怖いんだから。女の子には優しくしないと駄目だよ?」


 何が悲しくて貴族の子供なんかに常識を教えなきゃならんのだ。

 しかし、今後のアルフレドの為にも、しっかり教育しておかねば。


「何よ、それ!」


 キラの声がした。


「まさかアルフレド。あんた!」

「違うんだよ。キラ!」


 何が違うんだ?

 オレは疑問に思う。


「アル。言い訳は見苦しいぞ」


 おっとレオンも居たのか。

 もう、仕方ないなぁ。


「わたしアルフィが幸せになってくれたら、それで良いよ。だから、この話はもう終わりにして。ね?」


 こうして正室や側室の話はなかった事になった。



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