第14話:アルフレド
成人式。
オレは、とうとう十五歳になった。
何だかわからない内に飾り立てられて、馬車で会場へと向かう。
「成人、おめでとー!」
「おめでとう」
相変わらずの明るいキラ。
「やあ、アンジェリカ。……この前は本当にすまなかった」
「いいんです。気にしないでくださいね」
そして相変わらず申し訳なさそうなレオンだった。
オレは知らなかったが会場にはアルフレドもいたらしい。
挨拶くらいはしても良いんじゃないかと内心思ったが、キラとレオンに張り付かれて結局、その日は会えず終いだった。
◆
そんなこんなで翌年。
「アンジェ。久しぶり」
生垣を挟んで声が聞こえた。
「アルフィ?」
声がする方の生垣の葉っぱを手で触る。
「そうだよ。アンジェ」
「結婚したんだって?」
「うん。来年、子供も生まれるんだ」
「そう。良かった」
素直にそう言うと、アルフレドは生垣の向こうから手を伸ばしてきて、オレの手を握ってきた。
「ごめんね。君と結婚するつもりだったんだけど」
「こっちこそ黙っててごめん」
「ううん。言い訳になってしまうけど、本当に僕は君と結婚するつもりだったんだよ。お祖母様がレオの話を聞いてしまって、もう君には会わせないって……」
「そうなんだ……」
オレはお祖母さんの気持ちがよくわかった。
「君に辛い思いはさせたくなかったのに……!」
アルフレドの悔しそうな呟きを聞いて、オレは慰めるように言葉を紡いだ。
「わたしもアルフィと結婚するんだって思ってた。あなたは小さい頃から私を気にかけてくれていたし」
「アンジェ……」
「でも、これで良かったんだよね。いつも助けてくれた、あなたが幸せになってくれたら、それで良いんだ」
「アンジェ。今から出かけない?」
「え……どこへ?」
「ゆっくり話せる所へ。支度して、こっそり抜けてきて。門の脇道で待ってるから」
「えっと……うん。わかった」
「待ってるからね」
アルフレドは最後に、きゅっと手を握り締めてきた。
一度、自室に戻って外套を被って外に出る。
腕を引かれて、馬車らしきものに乗り込んだ。
「アンジェ。しばらく見ないうちに益々、綺麗になったね」
「そういう事は奥さんに言ってあげた方がいいよ?」
「うん……そうだね」
アルフレドは黙り込んでしまった。
どこかに着いて、アルフレドが手を引いてくれる。
「はぐれちゃ駄目だよ」
「うん」
ざわざわとどこか懐かしいザワめきが聞こえた。
スラムとか、市場とか、そんな感じの心地よいザワめきだった。
「どこへ?」
「すぐそこだよ」
キィと音がして、ふんわりといい匂いの場所に来た。
中は静かで、人の気配がしない。
「お飲み物は?」
静かな女性の声がして驚く。
二人きりだと思ったからだ。
「紅茶を二つ。あと何か甘いものを」
「かしこまりました」
女性は静かに去っていった。
「さ、座って」
何だか、とても柔らかいソファーに座らされて、ここはどこだろう? と疑問に思う。
「アルフィ。何か話があるんだよね?」
「うん。実は……」
そこへ先ほどの女性が現れて飲み物をおいていったらしい。
カチャカチャと音がして、何も言わずに出て行ってしまった。
「とりあえず飲もうか?」
「うん」
アルフレドは、いつものようにカップを持たせてくれた。
「アンジェ。僕の側室になってくれないかな」
身分の高い者は複数の奥さんを娶る事がある。
それは得てして政略的なものだったりするのだが。
「わたしの家ってあんまり身分良くないし、何よりお祖母様に嫌われているでしょう?」
「家柄とかお祖母様は関係ないよ。僕は君を、この手で幸せにしたいんだ」
「来年、子供が生まれるんだよね? 奥さんに悪いよ」
「僕の事を嫌いになってしまったの?」
「嫌いじゃないけど……」
何故か急に力が入らなくなって、ふっ……背後に倒れ込む。
随分、広いソファーだな。
「ごめんなさい。……っ……気分が、悪いみたい」
「大丈夫?」
アルフレドは心配そうに抱きしめてきた。
こうしている間にも意識が飛びそうになる。
「何か、変だよ……。アルフィ……」
「疲れたんだね。アンジェ。眠っていいよ。安心して」
しまった。
オレはようやく気がついた。
「紅茶に何か、入れた……?」
「……ごめんね」
眠気に負けて意識を手放そうとしていた、その時。
何やら不穏な感覚が身体を襲い始める。
『一人で楽しめ! アルフィ! オレを巻き込むんじゃねぇ!』
保険で暗示をかけておいたが、効いたかどうか確認する余裕などなかった。
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