第14話:アルフレド




 成人式。


 オレは、とうとう十五歳になった。

 何だかわからない内に飾り立てられて、馬車で会場へと向かう。


「成人、おめでとー!」

「おめでとう」


 相変わらずの明るいキラ。


「やあ、アンジェリカ。……この前は本当にすまなかった」

「いいんです。気にしないでくださいね」


 そして相変わらず申し訳なさそうなレオンだった。

 オレは知らなかったが会場にはアルフレドもいたらしい。

 挨拶くらいはしても良いんじゃないかと内心思ったが、キラとレオンに張り付かれて結局、その日は会えず終いだった。







 そんなこんなで翌年。


「アンジェ。久しぶり」


 生垣を挟んで声が聞こえた。


「アルフィ?」


 声がする方の生垣の葉っぱを手で触る。


「そうだよ。アンジェ」

「結婚したんだって?」

「うん。来年、子供も生まれるんだ」

「そう。良かった」


 素直にそう言うと、アルフレドは生垣の向こうから手を伸ばしてきて、オレの手を握ってきた。


「ごめんね。君と結婚するつもりだったんだけど」

「こっちこそ黙っててごめん」

「ううん。言い訳になってしまうけど、本当に僕は君と結婚するつもりだったんだよ。お祖母様がレオの話を聞いてしまって、もう君には会わせないって……」

「そうなんだ……」


 オレはお祖母さんの気持ちがよくわかった。


「君に辛い思いはさせたくなかったのに……!」


 アルフレドの悔しそうな呟きを聞いて、オレは慰めるように言葉を紡いだ。


「わたしもアルフィと結婚するんだって思ってた。あなたは小さい頃から私を気にかけてくれていたし」

「アンジェ……」

「でも、これで良かったんだよね。いつも助けてくれた、あなたが幸せになってくれたら、それで良いんだ」

「アンジェ。今から出かけない?」

「え……どこへ?」

「ゆっくり話せる所へ。支度して、こっそり抜けてきて。門の脇道で待ってるから」

「えっと……うん。わかった」

「待ってるからね」


 アルフレドは最後に、きゅっと手を握り締めてきた。

 一度、自室に戻って外套を被って外に出る。

 腕を引かれて、馬車らしきものに乗り込んだ。


「アンジェ。しばらく見ないうちに益々、綺麗になったね」

「そういう事は奥さんに言ってあげた方がいいよ?」

「うん……そうだね」


 アルフレドは黙り込んでしまった。

 どこかに着いて、アルフレドが手を引いてくれる。


「はぐれちゃ駄目だよ」

「うん」


 ざわざわとどこか懐かしいザワめきが聞こえた。

 スラムとか、市場とか、そんな感じの心地よいザワめきだった。


「どこへ?」

「すぐそこだよ」


 キィと音がして、ふんわりといい匂いの場所に来た。

 中は静かで、人の気配がしない。


「お飲み物は?」


 静かな女性の声がして驚く。

 二人きりだと思ったからだ。


「紅茶を二つ。あと何か甘いものを」

「かしこまりました」


 女性は静かに去っていった。


「さ、座って」


 何だか、とても柔らかいソファーに座らされて、ここはどこだろう? と疑問に思う。


「アルフィ。何か話があるんだよね?」

「うん。実は……」


 そこへ先ほどの女性が現れて飲み物をおいていったらしい。

 カチャカチャと音がして、何も言わずに出て行ってしまった。


「とりあえず飲もうか?」

「うん」


 アルフレドは、いつものようにカップを持たせてくれた。


「アンジェ。僕の側室になってくれないかな」


 身分の高い者は複数の奥さんを娶る事がある。

 それは得てして政略的なものだったりするのだが。


「わたしの家ってあんまり身分良くないし、何よりお祖母様に嫌われているでしょう?」

「家柄とかお祖母様は関係ないよ。僕は君を、この手で幸せにしたいんだ」

「来年、子供が生まれるんだよね? 奥さんに悪いよ」

「僕の事を嫌いになってしまったの?」

「嫌いじゃないけど……」


 何故か急に力が入らなくなって、ふっ……背後に倒れ込む。

 随分、広いソファーだな。


「ごめんなさい。……っ……気分が、悪いみたい」

「大丈夫?」


 アルフレドは心配そうに抱きしめてきた。

 こうしている間にも意識が飛びそうになる。


「何か、変だよ……。アルフィ……」

「疲れたんだね。アンジェ。眠っていいよ。安心して」


 しまった。

 オレはようやく気がついた。


「紅茶に何か、入れた……?」

「……ごめんね」


 眠気に負けて意識を手放そうとしていた、その時。

 何やら不穏な感覚が身体を襲い始める。


『一人で楽しめ! アルフィ! オレを巻き込むんじゃねぇ!』


 保険で暗示をかけておいたが、効いたかどうか確認する余裕などなかった。



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