第13話:救いの手




「それで、アウルムの王子様に選ばれてしまった、と……成程、アウルムの次期王候補はなかなか面白い人物ですな」


 その紳士は、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「その話。全て私にお任せを」

「……貴方に?」

「そうです。私はリンデール卿。隣国・アリジェントムの駐屯大使です」


 アリジェントムは軍事国家で精力的に領土を増やしていたが、アウルムの現王であるヴィズ王が選んだ正妃がアリジェントム出身のラミア妃だったので、現在アウルムとアリジェントムは友好な関係を築いており、盛んに交易があった。


「何故、見ず知らずの私を?」


 尋ねると、紳士は独特なイントネーションの思慮深い声を発した。


「貴女は私の従兄弟の女性に似ているのですよ」

「従兄弟の?」

「はい。ついでに説明しますとジェシカという私の姪も貴女に似ているのです。今、アリジェントムにいますが」

「……?」

「まあ、細かい事は気にせず、私にお任せ下さい。お疲れのようですし、少し眠った方がいい」

「はい……」

「貴女の家には連絡しておきます。何も心配しなくていいんですよ。アンジェリカ様」

「あの……宜しくお願いします」


 こうしてよく分からずも隣国の紳士に任せる事にした。







「アンジェ!」


 紳士の用意してくれた馬車に乗って家に戻ると、両親が抱きついてきた。


「王子からのお話はなかった事になった」

「それ……本当? お父さん」

「ああ。アリジェントムの大使様が口添えしてくれたんだよ」


 父の声は弾んでいる。

 母は無言でオレの身体を抱きしめてきた。







 それから度々リンデール卿はゴウル家に遊びにきた。

 主に両親と話している事の方が多かったが。


「ご気分は如何ですかな?」


 自室を訪れたリンデール卿は、丁寧な口調で尋ねてくる。


「良好です。あなたのお陰です。リンデール様。本当にありがとうございました」

「少しでもお力になれて光栄です」

「何かお返しが出来ればいいのですが……」

「貴女のその笑顔が最大の礼です。アンジェリカ様」


 裏はないようだが、駐屯大使ともあろう者が何の理由もなく小娘を助けるだろうか?

 オレはそう考えたが、リンデール卿が余りにも紳士的なので、とりあえずは信用する事に決めた。


「ありがとうございます」

「また、お伺い致します」

「いつでも居らして下さいね」


 リンデール卿と別れると、その日の午後は何故かキラも訪れた。


「聞いたわよ。家を飛び出したんですって?」

「うん……」

「あんまり心配させないでよねー」

「ごめん。……ね、今、騎士団で何やってるの?」


 話題を変える為にオレは身を乗りだした。


「勿論、訓練よ。剣術、体術、馬術。色んな事! すっごく楽しいわ!」


 オレの知ってるキラはかなり強い。

 流石に訓練生の頃は知らなかったし、オレは頭脳派だったので手合わせした事もなかったが。


「怪我とか大丈夫?」

「全然、平気。むしろ相手の男の心配したほうが良さそうね」

「キラは強いんだ? 手加減してあげたら?」

「何で私が? 向こうがしてくれて当然よ」


 オレは久しぶりに笑ってしまった。


「また明日も来るわね」

「うん。ありがとう」


 まるで学生時代に戻ったようで懐かしい日々が続いた。



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