第7話:暗示
オレは月経の度に寝込む羽目になった。
目が見えない事をこれほど悔やんだ事はない。
いつ始まったかわからない上に、それが学校だったりすると大変な騒ぎになった。
学校側やうちの連中はオレの事情を加味して快く休ませてくれたが、生徒たちの中にはそれを快く思っていない者と、それ以上に興味深々な様子が伺えた。
「アンジェ、気にしない方がいいよ。仕方ないんだから」
キラはそう言ってくれたが、キラの目の届かない所では相当酷い言われようだった。
これみよがしに下世話な事を囁かれても、一体、誰が言ったのかもわからない。
閉鎖された世界で標的になると、どういう事が起きるのかという事は分かっていたつもりだったのだが。
「私、用事があるから、少しだけ、ここで待っててくれる?」
「うん。わかった」
キラと別れて廊下で佇んでいると、急に誰かに腕を掴まれ、程なく背中を突き飛ばされる。
「っ、何……?」
手探りで周囲を伺う。
机らしきものに触れたので、どこかの教室だとわかった。
ドン。
背中を押されて倒れこんでしまった。
「っ……?」
まずい。
と思った時には制服の上着を無理やり脱がされそうになっていた。
「やめ……!」
叫ぼうとした矢先に、ごつい手で口を塞がれる。
しばらく揉み合っていると、やがて胸や腹部や足に手の感触がして縮こまる。
暴れつつ、何とか口に絡みつく手に噛み付くことに成功した。
「いっ……!」
男の声。
しかし、誰だかわからない。
『お前はオレに興味がなくなる』
言葉だけで暗示がかかるのか?
しかも、愛憎を捏造できるか?
危ぶみながら、オレは一縷の望みを託す。
「好きだ……ゴウル」
やっぱ、ダメか。
『好きにしろ。ただし一人でな!』
暗示の取り扱いが難しい所は、根本的な考えや思想までは仕込めない所にあった。
例えば、元々好きなものを嫌いだと暗示にかける事は難しい。
しかし、好きなものを愛に変える事は容易だった。
中でもオレの得意技は、してもいない事を欲望のままにしたと思わせる事で。
オレの傍で欲望通りにその男は一人で楽しんでいるようで、安心したのも束の間。
(……何、だ?)
急に身体中から力が抜けてしまい、その場に横たわり、肩で息をする。
今まで暗示を使ってこんなに疲れた事などなかった。
(今のうちに逃げようと思ったのに……)
しばらく身動きできずにいると、やがてオレの身体を一撫でして男は無言で出ていった。
(この状態で誰かに見つかったら……)
しかし、身を起こそうとしても上手くいかない。
手に力が入らなかった。
「誰か、いるのか……?」
レオンの声だ。
(何で、こんな時に、こんな場所へ?!)
疑問に思っていると、レオンは息を詰めた。
「アンジェリカ……!」
「レオン、様……」
今、オレはどんな状態なんだ?
スカートをはいているような感触はするが、上半身は裸かもしれない……危ぶみつつ手に絡みついていたブラウスを手繰り寄せて身体を隠そうとしていると、レオンは無言で頭を撫でてくる。
やがて衣擦れの音がして、服を肩から被されたような感触がした。
流石に下着を手渡された時には、情けなさで泣きそうになる。
「……手伝おうか?」
「だ、大丈夫です……。あの……誰にも、言わないでください……」
あの男が勘違いしたままでは不快だったが、暗示の事がバレるともっと都合が悪い。
オレの変な力は、怪しげな力を持つ者たちが集うスラム街でもツマ弾きにされるほど異端なモノだった。
「でも、アルには言っておいた方がいい」
「言わないでください……お願いします」
「しかし……」
「お願いします……!」
「わかったよ。ところで……誰がやったかわかる?」
「わかりません……」
「声を聞けばわかるかい?」
「……」
一言二言聞いただけでは、判別は無理だろう。
オレは首を横に振った。
結局、オレはレオンに抱かれて保健室へと運ばれた。
何故か疲れきっていて、身動きできない状態だったのだ。
「アンジェ。貧血で倒れたんですって?」
キラの声がした。
「ああ。今寝てるから静かにね」
「大丈夫なの?」
「うん……」
レオンの声は暗く沈んでいた。
「アルは?」
「馬車の手配してるから、すぐ来るわ」
「そう……」
「レオン。あんたも大丈夫? 顔色悪いわよ」
「ああ、大丈夫だよ」
やがてアルフレドがやって来て、いつものように馬車で送ってくれた。
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