第3話:婚約者
どうやらアンジェリカ・ゴウルというのが今のオレの名前らしい。
らしい、というのも相変わらず目が見えなくて確認できないからだった。
アンジェリカは十二歳の女の子で、生まれつき目が見えないようだ。
ついさっきまでは口もきけなかったらしく両親の喜びようといったら大変なものだった。
アンジェリカは良いトコのお嬢さんで侍女や従者もこぞって喜んでくれた。
……夢にしては現実的過ぎる気がしたが、他にやる事もないので、仕方なく少女のフリをしてみた。
やってみると、意外と面白いもので。
特に女の身体を体験する、というのは男にとって永遠に味わえない筈の珍事だった。
目が見えたら、もっと楽しめそうなものなのに……ったく気のきかない夢だな。
「アンジェ。あーそぼー」
近所に住むアルフレドという少年が手を引いてくる。
いつも遊んでいたらしくアルフレドは親し気に接してきた。
「アルフレド」
中庭で砂遊びをしている最中、こっそりと話しかける。
「僕の事はアルフィって呼んで?」
「んじゃ、アルフィ。ここってアウルムだよね?」
「うん。そうだよー」
「城下町って近い?」
「ううん、遠いよー。毎年行ってるけど馬車で半日もかかるんだ。お尻が痛くなっちゃう」
「そっか」
馬車で半日って事は、大して離れた所ではなかった。
「アルフィってメナス家なんだよね?」
メナス家というのはアウルム王族に近い貴族で、確か郊外に別荘を持っていた筈だ。
しかも、アルフレド・メナスと言えば、聞いた名だった。
尤もオレの知ってるアルフレド・メナスは、もっと大人で貴族にしては芯のしっかりした生真面目で寡黙な男だったが。
「うん。うちはアンジェの所と違って居心地最悪でねー」
「そりゃアレだけ王族に近ければなぁ」
王位継承権のトップクラスに位置しているのだから。
「毎日、勉強しなさいって。おばあちゃんが煩いんだ」
「で、ここにサボりに来てるって訳か」
「本当に煩いんだもん。アンジェと遊んで来るって言うと、簡単に許してくれるからねー」
「何で?」
「アンジェが僕の婚約者だからだよ」
「……え?」
「僕のお父様と君のお父様は小さい頃から親友でね。子供が男同士や女同士だったら友達に、そして男女だったら結婚させようって話してたらしいよ」
「そんな勝手な……」
「君のお父様は渋ってるみたいだけど……僕は婚約者がアンジェで良かったと思ってるよ」
「何で? 目の見えない子を貰っても意味ないんじゃ?」
庶民はともかく貴族であれば、そういった軋轢がありそうなものだが。
目が見えないだけならまだしも、少し前までろくにしゃべれなかったというのに、よく婚約させたものだ。
オレは感心してしまった。
「関係ないよ。アンジェって可愛いんだもん」
アルフレドは抱きついてきた。
「アルフィ。他の子と結婚した方が良いよ。オ……わたし、本当に目が見えないし。他に可愛い子、幾らでもいるでしょ?」
「嫌だよ。ようやく、こうしてアンジェとお話出来るようになったのに。とっても嬉しいんだよ」
駄々をこねるアルフレド。
「僕、成人したら、すぐに君と結婚する」
「わたし達、まだ十二歳だよね?」
早熟っていうか……貴族の子供って皆こうなのか?
オレは困惑した。
「ね、約束して。他の男の子を好きにならないって」
アルフレドは両手を握ってきた。
「そんな事、約束できないよ。アルフィ」
「君はとっても可愛いから、もし学校へ行くことになったら心配なんだよ。いいでしょ?」
「ああ、もう。わかったよ」
「やったー」
アルフレドは本気で喜んでいるように思えた。
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