コラボして下さい
九十九 少年
第1話 コラボして下さい
マジで世の中、チョロいもんだよ。スマホ一台持っているだけでこんなに楽に金が稼げるんだから。
俺、
本校は生徒を毎年、有名大学へ輩出する進学校。生徒は参考書やノートと睨めっこしていて自分も”もっと成績を”と日夜、高みを目指している。
そんな訳で俺も切磋琢磨しなければいけない所なんだけど、1年の12月頃に告白が失敗したのをキッカケにピタッと勉強する事を辞めた。張り詰めていた糸が突然切れたように何もかもやる気を失ってしまったのだ。必死に頑張る事もアホらしい。
それから成績はガタ落ち、面談で教師には今後どうしたいか聞かれたけど「特に無い」と言った所、進学クラスの道は絶たれ、”総合クラス”とは名ばかりの落ちこぼれクラスに身を置く事となった。
2階の窓の向こう青々とした空に大きな入道雲が悠々と流れていき、気温が著しく上昇している昼休みの教室の端で俺は椅子を揺らしながらスマホを見つめる。
「お、再生数も登録者も伸びてんなー。このままいけば豪邸暮らしも夢じゃなかったりして」
ニタニタとその間取りを頭の中で設計しているとツンツンと立った短髪、黒髪の男子生徒が話しかけてきた。
「おい、翔、見たぜ。お前ヤバすぎじゃない?」
クラスメイトの
「いや、まだまだだな。視聴者はもっと刺激を求めている」
「お前いつか死ぬんじゃね?」
冗談まじりに健は言った。健が見たのは物、それは動画投稿サイト”toutube” の俺のチャンネル。
俺が成績競争を辞めた去年の冬、ふと聞いた話でトップtoutuberの年収は一般人のレベルを遥かに凌ぐらしく調べてみるとその額は軽く億を超えていて今まで勉強一筋の俺にとっては未知の世界だった。その時、俺はtoutuberとして道を切り開こうと決意したのだ。
それからすぐにチャンネルを設立して先駆者達を手本に商品の紹介だったり、蓄えてきた少しばかりの雑学や勉強方法など、自分なりに工夫して見解を持った動画を数多くアップロードしていくのに明け暮れた。しかしながらそのどれも再生数が伸びる事はなくチャンネル登録者すら平行倍のままだった。
ある休日、だらだらとしていると母親が喝を入れてきたもんだから俺は外に電車に乗り何かネタでもないかと放浪した。そして辿り着いたのは無いもない田舎。希望はないだろうと思いながらブラブラと夕方の田舎道を散歩していると乗り捨てられたボロボロの乗用車を見つけた。田舎という事もあり周りには誰もいない。むしゃくしゃとしていた俺はスマホを道に固定。その乗用車をボコボコに破壊する動画を収めアップロードすると陽が落ちる前に帰宅する事にした。
その翌日、自分のチャンネルを見てびっくりした。”乗り捨てられた車ボコボコに壊してみた!”の再生数は何と50万を超えていた。チャンネル登録者数も10倍になっている。
(こんなんでいいのか、そっか、視聴者はもっと刺激を求めているんだ!)
確信した俺はチャンネルの180°方向転換、過激で炎上を狙った物へと変貌した。今までに”駅前のタバコのポイ捨て注意してみた!”などなど、垢BANスレスレの映像をアップロードして再生回数を獲得していた。
お陰でそれなりの広告収入も得られていて生活は潤っている。ちなみに動画内ではマスクを被っているので俺だとは未だ気がつれてはいない。健ともう1人の生徒を除いては。
「翔、この前の動画見たんだけど、全然食べてなかったじゃない」
健との会話に割って入って来たのは進学クラスの
「お、晴香見てくれたのかよ。サンキュー」
「サンキューじゃないわよ。見てて全然気持ち良くない」
「別に悪い事はしていないだろ」
「そういう問題じゃない。撮影の許可は取った? それに捨てるのもお金は掛かるし、第一もったいないじゃない。店員さんすっごい嫌な顔してた」
「いいじゃん、罰金はちゃんと払っているんだし」
いつも発展する雰囲気に対して健は「まぁまぁ」と俺達を宥める。そんな中で健が唐突に何かを思い出し切り出した。
「そういえば翔、お前のチャンネルってさクルーとかいんの?」
その質問に対して俺は眉を寄せながら答えた。
「は? いる訳ないじゃん。俺1人に決まってる」
健は不思議そうな顔をした。
「でもさ、今回もラーメン食ってる時に後ろにいたじゃん」
「何が?」
「ほら、顔は見えないけど、白い服着た女の人」
「白い服の女?」
俺はスマホを操作して自分の動画を再生した。するとズルズルと苦しそうにラーメンを啜る後ろの方で長い髪で顔を隠した女と思われる人物がいた。晴香も覗き込んでくる。
「何これ……気味が悪い」
それから幾つかの動画を確認してみるとそのどれにも同一人物と思われる女が写っていた。流石の俺も背筋がゾクッとする。
「な、何だろな! 俺のファンかな!?」
「バカ言ってんじゃないわよ。ビビってるんでしょ? これに懲りてtoutuberの人生なんて辞めなさい」
「ビビってなんかねぇよ!」
昼休みを終えるチャイムが校内に流れると晴香は自分のクラスへと帰っていった。
……きっと偶然だろ……
気がつけば放課後を向かえ部活や家路に戻ろう生徒で校庭は溢れた。陽が沈みかけていく夕暮れ、今日は何をしようか?
「……駅前にいるヤンキーにでも突撃してみるかぁ」
そうして俺は身支度を整えて校門を出た。
一度、家に帰って撮影時に使用するマスクを取ってこようと身に染みた通学路を行く。家まで半分の距離に差し掛かかり夕日を背にして住宅街の中を行く途中、目の前の道の中央に影が立っている。看板? ……いや、あれは人だ。不気味な事に一歩たりとも影は動かない。不気味に感じ違う道を行こうと来た道を戻った。
”……ぺた……ぺた……”
確実に後をつけられている。きっとさっきの影に間違いない。
何故か今日は人一人いない通りを気にする間にも後ろから恐怖が追ってくる。次第に脈も呼吸も激しくなっていき、汗が止まらない。
(……誰か誰か!)
耐えきれずに駆け出そうとした瞬間!
「あっ!!」
俺のズボンのポケットからスマホが落下してしまった。慌てて拾い上げようとした瞬間、それを先に拾い上げたのは爪先が全てヒビ割れ、真っ白で細くガリガリの手だった。その腕の先をゆっくりと目で辿っていく。
「うあ!」
思わず短い声を上げてしまった。長い髪で顔を隠し白いワンピースを着た女、正に俺の動画に映り込んでいた女だ。そして髪の間から薄らと見える片目、それは力一杯未開かれていて目の中には赤い線が葉脈のように血走っていた。どうして良いか戸惑いつつ、俺は恐る恐る話しかけた。
「あ、ありがとうございます。返してもらえますか」
「……」
女は右手に俺のスマホを握ったまま黙っている。
「あ、あの返して下さい!」
「……さい」
「え? 何?……」
女は何か小さい声でボソボソと繰り返している。俺は聞き取ろうと注意深く耳を立てるとその言っている事が分かった。
「……コラボして下さい」
女はそう言っていた。こいつもtoutuberなのか? いや今はどうでも良い。こんな気持ち悪い所早く抜け出したかった。
「い、いや、すいません。そういうのやってないんで」
「……コラボして下さい」
「ふざけんな! 気持ち悪いんだよ!」
俺は勢いに任せ、女の手からスマホを強引に取り上げ突き飛ばした。
「お前! 俺の動画に写り込んでるみたいだけど止めろよ! 気持ち悪りぃ! 今度やったら警察行くからな!」
俺はその場から走って逃げたけれどそれから女が追ってくる事はなかった。急いで家に戻り鍵をかける。玄関で切らしていた息を整え汗を拭い、閉まったスマホに手を伸ばす。
”ぬる”
ポッケトで感じる嫌な感覚。恐る恐る目の前に出してみる。
「うわあ!!」
スマホには血がベットリとついていてそれに驚いた俺はスマホを投げ出した。
……
奇妙な体験をしたあの日以降、特別に何か変わる事はなかった。そして気を取り直し過激系toutuberを再開、”立入禁止の廃墟に肝試しに行ってきた!”は先日上げたばかりだ。再生数もうなぎ上りでこのまま行けば100万再生も夢ではないと思っている今日の教室の昼休み、2人はまた俺に話しかけてくる。
「翔、めっちゃくちゃ怖かったぜ! よく1人で行けたな!」
「健! 何で盛り上げるの! 翔、お願い、もう本当に辞めて」
「大丈夫だって、心配すんなよ」
その時、俺のスマホがコメント着信の通知で鳴る。
「お、コメント来たわ。どれどれ?」
コメントを確認した時、俺はピタッと止まった。
”コラボして下さい”
そこにはその一文とURLが貼り付けられていた。ユーザー名をチラッと見ると文字化けしているようだった。
俺の指は無意識にそのURLをクリックしてしまった。飛んだのはtoutubeの動画ページだった。読み込み中でくるくると白い円が回っている。間もなく読み込みが終わり動画が再生されると俺はスマホを投げ出し椅子から転げ落ちた。
「うわああああ!!!」
「うお!」
「ちょっとどうしたのよ!?」
俺はガタガタと震えた。おかしくなった俺に戸惑う2人はその元凶であろう動画が流れるスマホを覗き込む。
「……おい、これって」
「翔、なんか変だよ。お願いもうtoutubeは辞めて」
俺のスマホにはあの女が俺達の学校の校門で1人無言でこちら見つめるだけの動画が流れていた。
……
時間は経ち遂に放課後を迎えてしまった。窓から眺める風景に変わりはなく夕方の校庭に溢れる生徒達。恐る恐る校門を見てみたけれど異変はなかった。俺は緊張を解く為に深呼吸をし鞄を掛け教室を後にする。廊下の先、曲がり角、階段、至る所に恐怖を感じた。
(あの女は一体何者なんだ? そもそもコラボって何なんだよ!? ストーカー!? どこかで俺の事を見ていて襲ってくるんじゃないか!?)
恐怖が俺を包む。そして玄関で下駄箱から靴を取り出し履き替え校門へ向かう。どんどんと近づくそれに心音が高くなる。そして学校の敷居を跨いだ。
「……なんだ、何もないじゃんかよ」
何も起こるでもない現状に安堵し家路を辿った。
西から差す強く鮮やかな夕日を背にいつもと同じ住宅地の中を行く。スマホを手にしバラエティチャンネルで気を紛らわそうとしていた。だけど不意に周囲の雰囲気が変わった事に気が付く。イヤホンを外すとやけに静かだ。見渡しても人気配がしない。嫌な予感がした。そして前方を見てみるとあの日と同じ影が立っていた。
「うわあああ!!」
堪らず声を上げ、俺は走り出した。
「助けて! 助けて!」
叫びも虚しく空に響くだけ。この間とは違い、後ろから走ってくる音が聞こえる。命を危機を感じる。そのまま走り続けていると目の前には廃墟となったスーパー。無我夢中でそこに飛び込んだ。中に入ってみると陳列棚、カート、かご、レジが至る所で倒れていて天井は剥がれ落ち荒れ果てた不気味で薄暗い空間が広がっていた。後ろを振り返ってみると女が人間とは思えない体の動きで追いかけてくるのが分かる。
(早く、隠れる所を見つけないと)
そうして奥へと進んでいくと鮮魚コーナーであったらしい場所に着く。冷蔵コンテナの後ろに窓があり部屋があった。そこは魚を裁く調理場だ。調理場には外の光が届いていて少しだけ明るい。そして調理場で何かキラリと輝いた。横にある両開きの扉を開け調理場の中に入る。そして先程輝いたものを探した。
「……あった!」
俺が手にしたのは刃渡り20センチ程の包丁、これで防衛は出来るだろう。そう思っていると気配を感じ調理台下に身を隠した。先程開けた両開きの扉が”ギィ”と鳴るのが分かる。そして” ”……ぺた……ぺた……” とその足音が近づいて来た。
恐怖に身を寄せている中でふと俺に魔が刺した。
これをライブ中継すればとんでも無い試聴回数を記録するんじゃないか? 合わせてアーカイブに残し公開すれば……
目が眩んだ俺はスマホを取り出しライブ中継を始めた。
「皆さん今日は……ギリギリチャンネルです……今日なんですが、凄いです。なんと今、俺はストーカーに追いかけられていて身を守る為にとある廃墟のスーパーに隠れています。やり過ごすのがベターかと思いますが、可能なら撃退したいと思います」
息を殺しカメラを向ける。すると長く黒い髪を床まで垂らした裸足の女が入ってきた。ドキドキと高鳴る心臓。ゆっくりとその足が近づき遂に俺の目の前で止まる。まるでピタッと時間が止まっているようだった。全身から汗が吹き出し止まらない。
(気が付いているのか!? どっちなんだ?!)
焦り出した次の瞬間! 女は這いつくばり床に右頬を押しつけた!
「コラボして下さい」
狂気の声にそのボロボロの顔、俺は咄嗟に手にしていた包丁を「うわあああ!!!」と叫びながらその顔面に突き刺す!
「ぎゃあああ!!」
そんな状況下でも俺はその場で顔を押さえ苦しみ踠き続ける女を撮り続けた。
「み、皆さん、やりましたよ! 俺は撃退しました!!」
慌てて調理台から抜け出し脱出を試みようとしたが女は俺の左足を掴む!興奮していた俺は倒れている女の腹に再び包丁をグチャグチャと突き刺した! そして計6回刺すと女は動かなくなった。白いワンピースが赤く染まり息絶えている。そんな女を俺は撮り続けていたが次第に自分がやった事が怖くなり血だらけの包丁を投げ捨てて走り出した。スーパーを出るとそこには夕日が輝き、人の気配が戻っている。ライブ配信を切ることも忘れ、俺は駆け抜けていくとその様子に多くの人が振り返った。
(なんて事をしてしまったんだ! 俺、人を殺してしまった!! い、いやよく考えろ! これは自己防衛だ! 仕方なかったんだ! それにあれは人間じゃないかもしれない! そうだ! 俺は何も悪くないんだ!)
自分に言い聞かせながら家に辿り着き直ぐに鍵を閉めた。呼吸を整えもう一度両手を見る。
そこには血の一滴も付いてなかった。
俺は安堵しその場に倒れ込んだ。
「何だ……夢でも見てるのかよ」
その時
「コラボして下さい」
突然、後ろからしたその声に驚き振り返ると廊下の奥、血だらけのワンピースを着た女がいた。
「ぎゃあああああ!!」
叫んだ瞬間、女は襲い掛かり俺の意識は無くなった……
……
『昨晩未明、県内私立高等学校に通う17歳男子生徒が自宅玄関にて遺体で発見されました。死因は不明。しかしながら男子生徒は当時をtoutubeでライブ配信していた模様。映像にはただ1人で逃げ惑うしか写っておらず何から逃げていたのかは不明、現在調査中です。また配信は全世界で高い視聴回数を記録しました。次のニュースです……
コラボして下さい 九十九 少年 @999boooy
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